宮澤 崇史のエタップ紀行「エタップと旅」後編
Bicycle Club編集部
- 2019年08月16日
INDEX
いざエタップがスタート
エタップ当日。
今回の準備としては、ゴール地点の標高が高いこと(2,365m)、夕方遅く到着する可能性を踏まえて、ゴール地点で受け取る預け荷物には厚手のウィンドブレーカーとタオルを入れる。
朝6時半、スタート地点に向かうもあまりにも参加者が多すぎてなかなか前に進めない。荷物を預けたりしているうちに時間が経ってしまい、我々の第3ウェイブの締切時間に間に合わず。が、すぐに気を取り直して目の前の第5ウェーブで出発。
これがある意味、良かった。
拍子抜けしたおかげで緊張が解け、スタートは集団の最後尾でゆっくりと、沿道の応援客に手を振りながら走り始める。誰も僕たちを抜いていく選手はいない。
緊張するイベントほど、誰かに抜かれるとついていかなければならないという気持ちになり、ついマイペースを忘れてオーバーペースのまま走ってしまう。
こうなると、いつの間にか体に疲労が溜まり、思ったように走れなくなる。
かなりキツそうなコースプロフィール
高低差表を見ると、ロスラン峠の手前に軽く上る部分があった。
実際に走ってみて、2kmほど続く結構キツイ上りだということに初めて気がつく。
このイベントのキツさは走ってみるまで本当にわからないのだ。
今回は三つの大きな峠が待ち構えている。
20kmのロズラン峠、頂上を過ぎてもまだ上る10kmのロンジュフォワ、ゴールへ向かう30kmの上りヴァル・トランス。
ロズランでは相当きつい思いをするだろう。
ロンジュフォアでは、気持ちを楽に保ち、ヴァル・トランスへの気持ちを整えること。
ヴァル・トランスでは、とにかく前へ前へと進み足を止めないことが完走へのポイントになると思った。
エイドでの心得
今回一緒に参加した久保田さん、広里さんを完走へ導くためにも、オーバーペースだけは避けなければならない。
エイドステーションで止まる時間は最小限に留めるべきである。ボトルのドリンクは止まる前に飲みきり、エイドステーションで費やす時間は食べること、水分をボトルに補充するだけに留める。
滞留時間が長くなると、走り始めた時に足の痛みを強く感じるからだ。
こうしてロス時間を最小限にとどめ、一定ペースで前に進んでいく。
エイドは人で一杯で普通に入っていくと渋谷駅のラッシュアワー並に身動きが取れなくなってしまうため、出口へ直行。この辺りは人が少なく、自転車を置くスペースも多い。
エイドには対応してくれるスタッフが笑顔で情報をくれる。
フランス人から得られる情報はどんどん吸収し、自分たちに優位な情報を選び取っていく。
完走へ向かって
ロンジュフォア峠から足が動かなくなってきた久保田さんにメッセンジャーでエールを送りながら、ゴールのヴァル・トランスへと向かっていく。
ヴァル・トランス入り口のエイドステーションについて間もなく、ヴォワチュール・バレ(回収車)が到着する。
もうすぐこのエイドが閉鎖される時間だ。それまでに出発しなければ完走はできない。
すぐに出発し、ヴァル・トランスへと上り始める。
ここまできたら、完走を目指してそれぞれのペースで上っていく。
ここまで来ると、参加者の10%くらいは自転車を歩いて押している。
完走できるかどうかの瀬戸際だとわかっていても、この疲労と暑さ、上りの果てしなさに打ちひしがれて自転車に乗れないのだろう。
たとえゆっくりでも前へ前へと進んでいる選手は、確実にゴールに向かって進んでいる。
そしてゴールへ
そして僕もゴールへ向かって全力で進んでいく。
30kmの上りは選手時代でも未経験、残り10kmですでに心身ともに限界を迎え始めた。
足の痛みが足の攣りに変化し、続いて腹筋、内転筋が攣り始める。残り4kmで35分の猶予があったのに、やむなく自転車から降りる。一度降りると、攣りが治るどころか動けなくなってしまう。
選手時代、移動の疲れから普段攣ることのない足が攣ることがあった。その時はセルフマッサージをしながらレースを走っていたことを思い出した。
28分で4km地点を通過したとして、1km7分で走れば完走できる。
それまでの7分間でこの足の攣りを治さなければならない。
足の攣りはナトリウムやカルシウム、カリウムやマグネシウムの不足と言われるが、僕自身はあまりそれを感じたことはなく、筋バランスが崩れることが原因だと考えている。
実際に、攣っている筋肉の付け根をマッサージして緩めると問題なく走り始められる。
ここまでに使った時間は5分。2分の猶予を得て走り始めて1km。
ええと。
さっき足を揉んでいた場所に、スマホを忘れてしまったー
戻る?進む?戻る?自問自答しながら結局は前へ進むことを選び、とにかく突き進む。
6分/1kmで進む中、もしかしたら戻った方が良かったんじゃないか?とまたもや迷いながら走っていると、残り1.5kmあたりで下り坂が現れる。400mほどの下りを過ぎると、ゴールまでまさかの10%以上の上り坂…
それまでの勢いは完全に止まり、一歩一歩踏みしめてゴールへと進む。
ゴールでこみ上げる感動
ゴールラインでは多くの観客が出迎えてくれ、完走するすべての選手へ盛大なエールを送ってくれる。
なんて幸せなんだろう!
顔も見たことのない、全く他人の僕達にこんなにも熱い応援を送ってくれる人達がいるんだ!話したことも、目も合わせたことのない人々が、こんなにも感動してくれるんだ!
そう思ったら、どんどん力が湧いてきた。
エタップを完走することの意味、それに対するリスペクトがゴールラインに集結している。
今まで見たこともないような、素晴らしいアルプスの山々を走る一万数千人の集団。
一体、この中の何人がゴールできたのだろう。
ただゴールすることだけが、この旅のゴールなのだろうか?
自問自答しながら、2019年のエタップは終わった。
去年は体重の2倍ワットでも完走できたが、それよりも厳しくなった2019年エタップは、完走するのに体重の2.6倍ワットの力が必要だった。
このあたりは経験を増やして完走への道筋を示さないとならないなと感じた。
エタップに参加して得られるものはただの数値ではなく、フランスという土地の雄大さ ー 皆が知っているアルプスの山々は想像していたよりももっともっと雄大であること、スケールの大きさに驚愕することなのだ。
世界一のレースを戦っている選手達の主戦場は、そういう場所だということ。
想像でわかった気になっていたことが実際には大きく異なることが実感できる、そんな場所なのだ。
エタップとは、ただ単にツールのコースを走るだけのイベントではない。
1/21のステージがこれほどまでに厳しいコースで、そこで決着がつくという、リアルがある。
ツール・ド・フランスは紛れもなく世界最高峰のレースであり、他の大会とは一線を画す。
ツールはもはや自転車レースとは呼ばない。
ツール・ド・フランスはツール・ド・フランスなのだ。
ツールの魅力は、実際にそれを見ることがない限り、本当に知ることはできない。
それはテレビですら伝えることができない。
実際にその道を走って自分自身がプロ選手の苦しみを味わうことで、ツール・ド・フランスのリアルが実感できる。
それこそがエタップの醍醐味と言えるだろう。
宮澤崇史
NIPPO、ブリヂストン・アンカーを始め、UCIワールドチームにも在籍したスプリンターで、北京オリンピック代表選手。2014年に現役を引退後、チーム監督やレース解説、若手育成など多くのバイクに携わる仕事に携わっている。
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ロードバイクからMTB、Eバイク、レースやツーリング、ヴィンテージまで楽しむ自転車専門メディア。ビギナーからベテランまで納得のサイクルライフをお届けします。
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