モノ作りは安定しない【革命を起こしたいと君は言う……】
Bicycle Club編集部
- 2020年12月13日
つねに変化のなかにいる
「ゆく川の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず」方丈記より。
フレーム作りやメンテナンスに欠かせないシートリーマーという切削工具がある。さまざまなタイプがあるが、私が使っているのは外径が変えられるタイプとテーパー状の2タイプだ。
シートポストが入る内径の整形に使うのだが、これがなかなかのクセ者でもある。30年近く作業をしているが、精度を追い込むのはひと苦労で、毎回、外径を調整したり刃を変えたりと大変だ。
なぜかといえば、切削工具の全般にいえるのだが刃は使えば使うほど減り、切れ味も変わる。さらにはフレーム側の外径によっても具合いは変わる。また、塗装、メッキの厚み、パイプの材質によっても変化する。
そしてシートポスト側の寸法もまちまちで、カーボン、チタン、アルミと食いつき方も異なる。また職人の作業によって、つまり回転速度や力でも変わる。
むろん、公差ジグを作り使用しているが、摩耗は避けられず、ごくわずかにだが減っていく……。
これはヘッドやBBまわりなども同じで例外なくこの状況に陥る。もちろん定期的に精度や切れ味をチェックし基準を設けるしかない。
決められた刃物を使って、何も考えずに仕事をしていればたちまちクレームへとつながる作業だ。新米にひととおり教えて「お願いね」のひと言ですめばいいのだが、そうはいかない。
いうなればすべての条件が日々変わっているのだから当然だ。熟練した職人の勘が必要なのだが、職人もまた代わる。
私が目を見張りチェックして職人を育てて、よりシステマチックな体制を整えられないかと、いろいろと試し続ける。それが私の仕事でもあると覚悟を決めたこともある。
しかしよく考えてみてほしい。すべての仕事を見わたしてみればすべてが流動的であり、安定した仕事などひとつもない。
ジグや機械は日々摩耗し、いつかは交換しなければならないし、昨日と今日では当然違う。
また、いい自転車とは?そんな定義も道路や時代、ライダーによっても七変化する。「変化」こそが仕事であり、われわれはつねにその「流れ」のなかにいる。
安定しない性能
ケルビムで戦う3人の競輪選手が優勝し、工房を訪れてくれた。彼らの努力がいちばんの勝因なのはあきらかだ。
しかしフレームのお陰だと口をそろえ感謝の言葉をいただいた。ビルダー冥利につきる瞬間だ。
しかし、競走形態も日々一刻と変わり、選手の体力や状態は大きく変化する。今の走りに対してフレームが絶好調でも、明日は明日の風が吹くのが勝負の世界だ。
私は同じフレームを決して作ってはならないと思う。変わり続ける風を読み対応し勉強し常に追求していかなければならない。「殿堂入り」という言葉があるが、そんな思考回路に陥り探究心を欠いた瞬間、私の職人としての成長は止まる、そして勝てるフレームは作れない。
あのときと同じフレームを作れば選手が勝てるとか、ユーザーが喜ぶだろうなんて大間違いだ。安定したモノ作りや安定したいい自転車は存在しない。
つねに勝てるフレームはどこにもない。わずかな変化を感じとり流れに対応する。それこそがケルビムをケルビムたらしめているゆえんではないかと、今日も工房でリーマー作業をしながら大げさに考えてしまった。
Cherubim Master Builder
今野真一
東京・町田にある工房「今野製作所」のマスタービルダー。ハンドメイドの人気ブランド「ケルビム」を率いるカリスマ。北米ハンドメイド自転車ショーなどで数々のグランプリを獲得。人気を不動のものにしている
今野製作所(CHERUBIM)
革命を起こしたいと君は言う……の記事はコチラから。
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ロードバイクからMTB、Eバイク、レースやツーリング、ヴィンテージまで楽しむ自転車専門メディア。ビギナーからベテランまで納得のサイクルライフをお届けします。
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