自転車を作るフレームビルダーだから言える「弘法筆を選ばず?」【革命を起こしたいと君は言う……】
Bicycle Club編集部
- 2021年01月02日
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道具のせいにするな
弘法大師のような技術の高い達筆者はどんな筆でも立派な字を書いたという。
職人の世界では道具の文句ばかり言わず、どんな道具でも一流になるように仕事をしなさい。そんな意味で、私も父によく言われたものだ。精度が出なかったりうまくいかないと、よく機械や材料のせいにしていたのだが、「4000年前にあれほど精巧なピラミッドを作ってるんだから、現代のこの設備でなにが足りないっていうんだ?」そんなこともよく言われたのを思い出す。
ちなみにピラミッドは、諸説あるが紐、光、水を駆使し精度を出していたという。
当時あれだけ大きな物の精度を出すには、相当なアイデアや知能があったのだろう。昔の人の知能は劣っているどころか、今の人より優れているかもしれない。
学校での仕事
フレームビルディングを教えて10年近くになるが、いまだに慣れない日々を過ごしている。講師という立場が向いていないというのも理由のひとつだが、もうひとつの理由にトーチや道具、ガスやフラックスが私の工房の環境と異なることも要因だ。
大勢の生徒の前で溶接や仕上げのデモを行うのだが、工房の業務よりも緊張する。
私の道具や環境に似せて作業をしたいところだが、学生たちと同じ環境でデモをしないとあまり意味がない。私なりに練習し腕を上げ今では学校のどんな道具でもひととおりの高いレベルで作業ができるようになった(いまさら)。
やっとこれで「弘法筆を選ばず」だな、なんて思ったが、はたしてどうなのだろうか。
機械作りの大切さ
機械はある目的のために作られ、その目的以上の作業はできない。その機械に不満を感じたら、新たな機械を作る。
このプロセスが発想力の原点となり新たな製品が生まれる。しかし機械を作る発想が抜けるとそこで止まってしまう。
機械を作ってこなかった日本人は、ぼんやりと「機械作り」と「手作り」という対立概念を生み、差別化しているのかもしれない。日本人特有の概念とも思う。
道具は大切か?
結論からいえば、私はとことん筆を選ぶ。
自身の道具は工房では別の場所に保管し、ほかのスタッフは使えないようにしている。
使いたいときにベストな状態で使えないのはストレスであり、それではもちろんいい仕事はできないからだ。
トーチも体の一部のようなもので、これがなくなったら同じクオリティのフレームができないのでは?と眠れない夜もある。
私の道具は自分が使い慣れた物や自作の物が多い。じつは自転車専用という道具はほとんどない。安価なホームセンターで見つけた道具でも私にとっては一軍であり、かけ替えのない道具たちだ。他人から見れば一見スクラップのようでも私にとっては大事な相棒といえる。
道具の大切さをみずから多くの方に訴えているのだが、「道具が大切」という言葉だけが先走りし、道具の存在を履き違えてしまう若者も多くいる。
ブランド工具にこだわり、道具自体に思いを馳せる。道具フェチ的趣味もあるかもしれないが、物作りにおいては、私はあまり共感できない。なんのための道具なのかを考える必要がある。
弘法は筆を選ぶ
道具とは手段であって、目的はいい仕事をすることだ。
けっして主役ではない。なんのための道具なのかを理解せずに、いい道具にこだわり続けるのはよくない。道具主体の物作りになってしまう危険もあり、自分にも言い聞かせている。
実際、弘法大使はさまざまな和紙を試して熟知し、すべてに最適な筆を知っていたという。
筆を選ばないのではなく、どんなに使いにくい筆でもそのポテンシャルを最大限に引き出す知識や経験が必要なのだ。
これは自転車にもいえることでトッププロやベテランライダーはその自転車の効率のいい走らせ方を引き出しているものだ。
一見なんの変哲もないバイクがとんでもない化け物であることも自転車界では多い話だ。
みなさんも値段やブランド、希少性などに振り回されないように。たとえば眠っている自転車のポテンシャルを探ってみるのも、おもしろいはずだ。
Cherubim Master Builder
今野真一
東京・町田にある工房「今野製作所」のマスタービルダー。ハンドメイドの人気ブランド「ケルビム」を率いるカリスマ。北米ハンドメイド自転車ショーなどで数々のグランプリを獲得。人気を不動のものにしている
今野製作所(CHERUBIM)
革命を起こしたいと君は言う……の記事はコチラから。
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