湖を泳いで渡る自転車レースにはシュノーケルが必要!?|竹下佳映のグラベルの世界
竹下佳映
- 2021年12月02日
2020年と2021年、新型コロナウイルスによるパンデミック中にアメリカでのグラベルレースもフォーマットを変えて開催された。DIY(=Do It Yourself、自分でやる)になったレースも多かった。そのなかでももっともインパクトのある大会といえば「ザ・
『ザ・クラッシャーEX』~エンハンスト・グラベル~
2020年と2021年のパンデミック中にフォーマットを変えて開催されたこの大会に2連続で参加しました。今回は2020年に参加したときのストーリーです。グラベルと出会ってもう8年が過ぎようとしていますが、アドベンチャー度で言うと、このザ・クラッシャーEXに勝るものは私は個人的にはまだ経験していません。
北の地、ミシガン州アッパー半島、Upper Peninsula、略してUP
カナダ国境に面し豪雪地帯である、ミシガン州の三分の一を占める面積をもつアッパー半島(以下UP)は、州人口のたった3%しか住んでいない、大自然に溢れる場所です。UP最大の市(2万人強)であるマーケットの緯度は北緯46度32分47秒、半島北端の市のコッパー・ハーバーは北緯47度28分8秒、半島の北に浮かぶ島々で構成されたアイル・ロイヤル国立公園の位置は北緯48度6分0秒になります。北海道宗谷岬にある日本最北端の地の碑が北緯45度31分22秒ですので、UPがどれほど北に位置しているのかがわかると思います。
例年どおりならば、コッパー・ハーバーからマーケットまでの約400kmのレースだったのですが、パンデミックの影響で2020年にフォーマットが大きく変わりました。
大人数での集会になるのを避けるため、開催日は予定していた特定日ではなく、7月頭から9月末までの3カ月間に変更。
事前にメールで届く「パスポート」と呼ばれる資料とGPSコースファイルに基づき、登録者それぞれが行いたい日時に出発し、制限時間以内に完走するというこのフォーマットは「EX」と呼ばれ、一番速いタイムの完走者だけを称えるのではなく、完走者全員を表彰するというものになりました。パンデミックで特に2020年にはほぼ全てがキャンセルされているなか、この「少人数グループでの冒険」が爆発的な人気になり、参加者の数はいつもの年より多くなりました。
主催者からのメッセージ
『 君たちが参加登録をしたのは、ただのグラベルレースではない。これはエンハンスト(強化された)グラベルレースだ。君たちを待ち受けているのは、自転車を背負って登る岩壁、幾つもの川の横断、岩だらけの下り、4輪バギー専用の荒いトレイル、腰まで深さのある池、砂に泥の道、ありとあらゆる虫、熊、狼、山猫にヘラジカだ。人里から離れた荒野を走り抜けるのは容易ではない。昼と夜の気温差は20℃以上ある。冗談でも過剰表現でもなく全てが事実だ。ミシガン州の最高地点まで上り、スペリオル湖に合流する川を渡り、悪名高い「蚊の渓谷」を通り抜ける。
準備を万全にして、覚悟してこい。道中は仲間と協力しあうのを忘れないこと。想像を越える障害物に出遭うたびに、それは僕たち主催者が意図的にしたことだと思い出すんだ。クラッシャーを乗り越えられるか? それともクラッシャーに打ち砕かれ潰されるのか?』
内容は偽りのない全くの事実で、軽い気持ちで始めたり準備しきれていないと、脱落は免れないイベントです。準備万端であっても、なにせ長いコースですから、天気が崩れたりメカトラだったり、何が起こるかわかりません。
パスポートには、大会の背景・概要、ルール等が記されています。コース上に指定されたチェックポイントでは、証拠としての自撮り写真を撮ることになっていて、位置の経緯度とそこにある「何と」一緒に自撮りしないといけないのかが書かれています。また、ルールの一部として、携帯必須グッズのリストもあります。
グラベル経験者ならば普段のライドから持っているべきものもリストアップされていますが、他の幾つかを紹介します。
- スタート地点で携帯する補給食 3000 kcal
- 携帯する飲料水の容量 3リットル
- 雨具、予備バッテリー(携帯・GPS)
- 前後ライトの他、ヘルメットライト
長距離で大会側のサポートステーションもないので、まあそうでしょうね。ほかには……。
- 予備のブレーキパッド
- 予備のディレイラーハンガー
- 予備の靴下
- 携帯浄水器
- 携帯ナイフ
- ホイッスル
- 非常用ブランケット
- 防水マッチ
- シュノーケル
ん? 予備のハンガーは携帯することも多いし、予備ブレーキパッドも常に車にありますが、ここまでとなると、バイクレースと言うよりは大冒険に出かける感じかな……。シュノーケルに関してはもう意味がわかりませんが、必須アイテムと言うことでコンパクト収納できるものを用意し、他にもあったら便利だと思うものを用意していきました。
約400kmのコース上にある町はたった一つ。ここでのみ飲食料の購入が可能です。
24時間営業は存在せず、22時までには全ての店が閉まっているようです。ちなみに「EX」フォーマットでは、外部サポート可能となっているので、数は限られていますが、コースが舗装道路と重なってサポートと落ち合えそうな場所を数カ所を確認しました。また途中で棄権する場合の脱出手段も、参加者それぞれで用意する外部サポートとなります。
GPS追跡機器の携帯も必要です。コース上の90%で携帯電波が届きませんが、この発信機は衛星通信で一定時間ごとに位置情報を送信するので、圏外でも追跡ができるというものです。参加登録費用に機器のレンタルが含まれています。
機材に選択に関して。この大会、主催者は「エンハンスト(強化された)グラベル」と呼んでいますが、強化し過ぎて機材の第一候補にグラベルバイクは上がりません。
走りやすいグラベルロードもありますが、ジープはおろか4輪駆動バギーすら走れない場所もあります。この際マウンテンバイクのほうがいいのでは、とも思いましたが、残念ながら私がMTBを持っていません。
フロントシングルに変えれば、グラベルバイクに650Bホイールで50mmタイヤ装備も可能ですが、650Bホイールを持っていません。あるもので対応するしかないので、700CのカーボンCXホイールに、パナレーサー・グラベルキングSK 700×43Cで挑むことにしました。ここ数年の荒いグラベルはこのコンビネーションだったので、乗りにくい場所があったとしても(タイヤ幅が足りないなど)、全体的に見れば、特に心配することはないでしょう。
グラベルなんてそういうものです。コース上で「100%完璧なセットアップ」というものは存在しません。コースの一部で最適なセットアップは、別の部分ではそうでなく、ほかのセットアップの方が適している、ということは常です。
このように、ザ・クラッシャーEXの制覇・完走計画中に検討点は山ほどありましたが、一番気になったのは当時未経験の真夜中走行でした。
ソロ長距離走行もどんとこいですし、未知の領域に突入するのも躊躇しませんが、民家もないような野生動物が住んでいる深い森の中を一人で一晩中寝ずに走るのは、遭難リスクはもちろん、ほかにも危険要因があり過ぎます。コースオプションは40マイル、100マイル、225マイルと3種類。
今回私は225マイル(約362km)コースに登録したけど、どうしよう。集団スタートなら誰かしら夜間一緒になる可能性があるけど、EXになってしまったからには、誰か一緒に行ける人を探さないと……。
ある日ソロライドに行った先で鉢合わせた、同じくシカゴ郊外に住むアドベンチャーライダーのペトルと話していたら、彼がほか2人とザ・クラッシャーEXに参加予定だと知り、一緒に行くことになりました。チェコ出身のペトルは、アラスカの銀世界を1600km走り抜けるアイディタロッド(※)の2019年と2020年チャンピオン。この少人数グループ、とても心強く、もう何も心配ありません。
※ちなみにアイディタロッドに興味のある方はここから。毎年真冬のアラスカで行われる超長距離犬ぞりレースとして主に知られていますが、同じコースをファットバイクで走る自転車レースです。マイナス50℃にもなる超極寒・猛吹雪の凍り付いた1000マイル(約1600km)を3週間前後走り続ける過酷なものです。www.iditarodtrailinvitational.com
走り始めて、いきなりロッククライミング!
さらに携帯を落とすハプニング
UPに行くのが久し振りで、2日前まで自宅のあるシカゴと現地時間のタイムゾーンが違うことを放念していました。位置的には600km程真っ直ぐ北上するだけなのですが、一時間「失くなる」ため、当日起床時間はシカゴ時間の朝2時……。眠い目を擦りながら宿舎からスタート地点に向かいます。
開始後0.5kmに満たないうちにミスターン。初めての場所で外は暗くて、MTBトレイルの入口が見つからない! 昨日明るいうちに下見をしておけば良かったです。そして1.5kmで二度目のミスターン。どんなにヘッドライトで照らしても暗くてわかり難いものですね。
一つ目のチェックポイントは開始後たった数km以内に設置されていたので、始まりは簡単だな、と一瞬思いましたが、すぐに前言撤回となりました。目の前に、なんと両手を使って攀じ登らないとならないロッククライミングが登場しました。周りを見渡しても他に行き場がなく、GPSコースを確認しても辿るべきラインが岩の上に伸びています。「うわ、これ上るの?」
機材チョイスがどうのと言うレベルではありません。バイクを押して引き摺って、協力し合わないと登り切れませんでした。空が明るくなってきていたので、足場は確認できました。一筋縄ではいかないものの、やっとの思いでホグバック・マウンテンと呼ばれる頂上に到着して、そこから拝んだパノラミックな五大湖・スペリオル湖からの登る日の出の景色は、息を呑むほど綺麗でした。開始地点からたった3.5kmのこの場所まで来るのに、すでに1時間は経過していました。
私が途中で携帯電話を落とすというハプニングもあり、初っ端から更なるタイムロスに悩まされました。引き返して走りながら探すものの、携帯電波が届かないので鳴らすこともできず、見つけるのは困難極まりない状況でした。これ以上時間を無駄にしたくなく諦めようと思ったときに、静かな森の中に鳴り響いたのは朝7時のアラーム。「あった!」と、画面が下向きになって木の陰に隠れていたのをペトルが発見しました。これでひと安心してやっと前進できます。
シングルトラックをしばらく走って、これまた絶景な岩登り。登ったものは下らないといけないので、急な斜面の怖い長い下りを一歩一歩注意して、自転車を横に進みました。
木材伐採のための車両だけが通る林道に森の中の狭いトレイルを走り、小川の上にうまい具合に倒れた大木を橋の代わりに使い渡りました。大きくて深い泥穴がそこら中にあり、その中の一つにはまってしまったときはバイクは完全停止し、足を付けたらズッポリと沈みました。鉄の臭いが一気に充満しました。(UPは鉱山でも知られています。)
障害物だらけコースはスキルがあっても、バイクから降りて歩くところも沢山あり、果たしてこれはバイクレースなのか、ハイキングの間違いではないか、と思うような場所も多くありました。
うって変わって、広い幅の乗りやすいグラベルロードもありました。どこに行っても夏の緑色が視界に広がっていて空気は綺麗で気分は最高です。時間はあっという間に過ぎていきますが、走行距離は全くです。驚くほど進みません。
ミシガン州で一番高いマウント・アブロンまでの上りの道のりは、アップビートで楽しく過ごしました。その後は、反対側への長いデコボコ下りとなります。4輪バギー専用トレイルで、2016年にCXバイクに35mmのタイヤでおっかなびっくりで下った覚えがありますが、数年のグラベル経験もあり、かなり自信もってハンドリングできました。
下りが終われば森林に戻ります。
顔面にバシバシぶつかってくる枝や、倒木やらなんやらで苦戦しているところ、前を進んでいた2人はあっという間に視界から消えました。GPSをたどればいいだけなので特に心配もせずにいましたが、しばらく進んだところで、いわゆる「道」(獣道かそれ以下にしか見えませんが)が消えてしまいました。
四方八方に歩いても行き止まり。どう頑張っても渡れない崖に突き当たるだけです。足跡もタイヤの跡もないし、後方から来るはずのもう1人も来ないということは、完全に私一人が迷子ということ。結局元の方向に戻り、どうやらチョロチョロと流れる小川が進むべき「道」だったことに気付きました。ナニソレ。
北に向かい、五大湖最大のスペリオル湖に近づくにつれ、グラベルの砂の割合が多くなってきました。どんなにシクロクロス技術を大結集しても、砂に勝ち目ありの場所多々、スペリオル湖のビーチに出るまでにはもう歩くしかありませんでした。開けた視界に映った湖は、磯の香りがしない以外はまるで海のようです。
天気も気温もこれ以上良くならないだろうと言うほど! ヒューロン川がスペリオル湖に流れ出るところが自撮りスポットです。この日は水かさがあまりなく、歩いて渡るのに全く問題ありませんでしたが、かなり深くなる日もあるようです。キャンプ場が近くにあり、たくさん人がいました。いつかここまでバイクで走って一晩キャンプして、翌日残りを走るのも悪くないな、と思いました。
次に向かうのは、全行程上唯一の町、ラーンスです。この地域は昔フランス領だった影響で、フランス語の地名も多くあります。ラーンスの町に入る直前には舗装された道があって、すでに15時間以上振動受け続けた身体には良い息抜きでした。ほとんどの店が閉まる直前にラーンスに到着し、長めの休憩を取りました。補給食やドリンクを詰め直して、ヘルメットライトもセットアップ。気温が下がるのに備えてレイヤー着用。私にとっては初の徹夜ライドが待ちうけています。
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竹下佳映
北海道出身。19歳でパイロットを目指し渡米した。現在はシカゴで仕事をしながら、2014年に偶然出会ったグラベルレースの魅力に惹かれ、プロ選手に混ざって上位入賞するなどレースに出続けている第一人者。アブス・プログラベルチ―ム所属 https://www.facebook.com/kae.takeshita/
インスタグラム
https://www.instagram.com/kae_tkst/
Info
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PROFILE
札幌出身、現在は米国シカゴ都市部に在住。2014年に偶然出会ったグラベルレースの魅力に引かれ、プロ選手に混ざって上位入賞するなどレースに出続けている第一人者。5年間グラベルチーム選手として活躍し、2022年からはプライベーターとしてソロ活動。ここしばらく飛んでいないが飛行機乗り。