vol.5「自転車の最速マシンとは?」|天使よ自由であれ!byケルビム今野 真一
Bicycle Club編集部
- 2022年10月31日
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スチールバイクの限界に挑む今野製作所「CHERUBIM(ケルビム)」のマスタービルダー、今野真一の手稿。今回はスーパーカーからインスピレーションを得たケルビム流“かっこいい”の定義のお話。
スーパーカー消しゴム
70~80年代に幼少期を過ごした方の中には、スーパーカーブームのなかで育った方も多いのでは?
何を隠そう私もその渦中におりスーパーカー消しゴムを集めていた。ランボルギーニ社ではカウンタックにミウラやイオタは当時の憧れの的で、悪ガキたちとどれが一番カッコいいかなどともめていた記憶もある。
そしていつの日か自分もあんなスーパーな乗り物をデザインしてみたいと願望は膨らんでいった。
そんな時代背景がわれわれの作るフレームデザインやショーモデルに具体化されていることは紛れもない事実だ。私の頭の中ではスーパーカーも自転車も大差なく同じ思いでデザイン&製作を行っている節があることに、最近気づいたのであらためて整理してみたい。
私はいたるところでロードレーサーの美しさや完璧なフォルムを語っており、ロードレーサーの問題点を挙げるのはいささか気が引けるが勘弁して頂きたい。機能重視という観点から見れば少々無理やりな考察でもあるが、小学生に戻って、自転車の何が「カッコいい」のかを子どもの言い合いレベルでお楽しみいただければと思います。
ロードバイクはカッコ悪い?
では、あらためてスーパーカーとロードレーサーの相違点はなんだろう?
というか二輪車と四輪車の相違点と言ってもよいだろう。推進力はエンジンと人間、むろん全くと言っていいほど異なるのだが、クルマだろうが自転車だろうが製作者の思いは変わりはしない。私の独断だがいくつか挙げさせていただこう。
クルマにはヘッドチューブ(ヘッド小物も)やフォークがないのだ! クルマのホイール系はむろんフォークも無く、タイヤぎりぎりの限界までボディやフェンダーがせめぎあい、ラインが描かれており、そのスピード感とフォルムは子どもが見ても最高にカッコいい。想像してほしい。クルマの4輪全てにヘッドチューブないしはフロントフォークがついていたら……カウンタックのフォルムも台なしだ。
一方自転車の前輪の真上にはヘッドチューブや「お供え餅」のようなヘッドパーツが鎮座する。私はどうしてもそれが気に食わなかった。今となっては、構造上優れていて最も合理的な策なのは誰よりもわかっているはずなのだが……。
どうしてもこれを克服したく、問題と葛藤し打開策を発表したショーモデルもいくつかあるので機会があれば見て頂きたい。
ヘッドチューブをなくすことは機構的には可能なのだが、フォルム重視で重量や操作性に影響を及ぼし、非力な人間エンジンの扱うマシンとしてこれは得策ではない。
じつはオートバイの世界ではヘッドチューブがない構造がいくつかあり商品化もされている。イタリアのビモータ等が有名だ。しかし私から見れば、せっかくヘッドチューブがないのにも関わらずハンドルが通常と同じ位置に取り付けられており残念だ。感覚的にヘッドチューブやフォークの存在が見えてしまい私の理想とはかけ離れている。
自転車はホイールが主役なのか!?
じつは多くのクルマは、ホイールは主役ではない。ホイールやタイヤはフェンダーやボディが覆いかぶさりシルエットを作る役割からは除外されている。面積的にもホイールはほんの一部でありむしろ隠す方向に進んでいる。
これらは空力的に見ても理にかなったデザインだ。全体のフォルムからは車輪という孤立した要素は排除される傾向。またタイヤというのは、じつは靴の裏を見せているようなものであまりきれいではないと思っている。できれば覆い隠したい。
みなさんもランドナーなどを見て、優雅さや上品さを感じた方もいるのではないだろうか。タイヤむき出しのロードレーサーとは決定的に違う部分であることが理解できる。私もフェンダー付きの自転車は好んでいるが、どうせならタイヤ全てが覆いかぶさるデザインを模索している。以前にはフェンダー自体がフレームの構造体として存在するフレームも作った。
ではF1などに代表されるレーシングカーのタイヤはなぜホイールがむき出しなのか?
それは、国際自動車連盟(FIA)によるレギュレーションなどの多くの縛りにより形成されたフォルムであって、安全上の配慮やむしろスピード規制のためといってよい内容だ。
F1業界ではむしろスピードを出し過ぎないためのレギュレーションが多く実施されている。そういった意味でもF1よりも私はスーパーカーの方が相当にかっこいいと思っている。スピードを追い求めればホイールを覆うフェンダーは不可欠だ。ほかにも相違点や自転車のフォルムの課題は多くあるだろうが、スペースも限られているのでこのあたりにしておこう。
F1に乗る時代は終わったのか!?
ロードレーサーのデザインはどうだろう。クルマ業界と自転車業界が決定的に異なることは、自転車の場合F1級のレーサーも一般道を走っていることだ。プロが駆るロードレーサーとほぼ同じロードレーサーで一般道を走り、アマチュアでもレースを走っている。
でもここで私が言いたいのは、プロ仕様のUCI規格ロードレーサーは最速マシンじゃないよ、ということだ。FIAのレギュレーションと同じく、レース運営側のUCIレギュレーションに沿ってデザインされた自転車であって、じつはスピードの追求を極めたデザインじゃないのだ。
しかし諦めてはいけない。多くのみなさんは、アマチュアであり鎖は最初から外れている。一般ライダーは自由。そんな自由なライダーの依頼で一台のマシンを製作している。それが、リカンベントだ。知れば知るほどにスピードの実態が明らかになる。
リカンベントの謎
一般的にリカンベントはロードレーサーより格段に速い。依頼されたフレームはこれぞリカンベントの王様というべきスタイルで平地はもちろん下りでの安定感も抜群だ。レギュレーションがなければ間違いなくロードレースはリカンベント一色になるだろうとさえ思える。
しかし弱点がある、どうしても急勾配の上りではロードレーサーに勝てない。これについては多くの考察があるが、はっきりとした原因は解明されていないとの事だ。
私の仮説だが、前後のトラクションが大きく影響していると思われる。ロードの場合、ライダーは無意識的に前後のトラクションバランスを操っているというのが一つの真実だ。上りと下りに平地、スピード域で絶妙に調整している。リカンベントは致命的にこの構造に欠けているといえる。ここの克服が鍵と試行錯誤を繰り返している。この先に本当の最速マシンがあると信じて。
リカンベント製作は、現工房の体制で作れるのかという課題もあったが、私の独断で引き受けてしまった。現状の自転車の枠に収まらない自由なライダーこそ自転車界の財産だ。大きな思考の時を与えていただき心より感謝している。
ケルビム 今野真一
東京・町田にある工房「今野製作所」のマスタービルダー。ハンドメイドの人気ブランド「ケルビム」を率いるカリスマ。北米ハンドメイド自転車ショーなどで数々のグランプリを獲得。
▼ケルビム今野 真一の過去の連載記事はコチラから。
ケルビム今野 真一の世界
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ロードバイクからMTB、Eバイク、レースやツーリング、ヴィンテージまで楽しむ自転車専門メディア。ビギナーからベテランまで納得のサイクルライフをお届けします。
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