vol.6「自転車の信頼性とは」|天使よ自由であれ!byケルビム今野 真一
Bicycle Club編集部
- 2022年12月04日
INDEX
スチールバイクの限界に挑む今野製作所「CHERUBIM(ケルビム)」のマスタービルダー、今野真一の手稿。今回はデジタル社会の今だからこそ感じるものづくりの信頼性のお話。
ものに対する信頼性
あなたは自転車に何を求めているのだろうか? スピード、軽さ、寿命、精度、美しさ……求めることはさまざま。ひとつ言えるのは、人間は「もの」に何らかの信頼性を要求しているのは明らかだ。例えば、ハンマーは壊れずに物を叩け、ドライバーがあればネジを回せる。ハサミは紙が切れる。これらは、プリミティブで分かりやすい信頼性だ。
これらの信頼性は壊れなければよくて、刃物は切れればいい。
では部屋の照明はどうか。スイッチを押せば電気が灯され非常に便利なシステムだ。一見シンプルだが、スイッチという因子と電気という性質、そして電球……さまざまな因子が重なり、より個々の役割が複雑になってくる。つまり複雑な行為をシンプルにすることによって信頼性が増しているように見える。
スマホで天気がわからなくなったとき、あなたは何に不満を抱き何を信頼していたのだろうか? もはや途中経過や仕組みは理解を超えるほど複雑で、何のどこに信頼を置いているのかさえわからない状況といえる。
人工衛星?
電波障害?
アプリ?
電話会社?
便利になった反面、物への信頼性というのは、非常に複雑になり信頼性ということ自体の定義が曖昧になっている。
寿命という信頼性
寿命という信頼性を抱く方もいるだろう。1年、5年、10年、一生?
一般的なカーボンバイクレーサーでは5年前後では?というのが定説となっており、メーカー保証も3年くらいが妥当なところで長いと見るか短いと見るかはそれぞれだ。
クロモリフレームは一生の相棒とされる方もいらっしゃるが、やはり寿命はある。ヘビーユーザーでは3年で壊してしまったなんて人もいる。
クルマでは10年10万㎞なんて指標もあるが、状況によって異なることは言うまでもない。大事にメンテナンスをして乗っていれば20万㎞以上乗れるクルマもたくさんある。
競輪では同じフレームを1年以上乗る選手は稀だ。これは寿命ということではなく、競走スタイルや自身の脚も変化していくからだ。逆に気に入ったフレームを半年で手放してしまう選手もいない。体との相性もあり、よいフレームは体とのなじみが出るまでじっくりと付き合いたいと思うからだろう。
スポーツ車は限界の軽さ、剛性で作られており、落車も付き物であり、寿命ということを最大の使命として製作されていないことも事実。それよりも壊れたときにいかに安全に破損するかを重視する傾向にある。その間で製作するのがスポーツ車製作の悩みでもあるわけだが。
自転車は駆動系やブレーキシステムが露出しており誰でも構造が分かりやすいという特徴も挙げられる。一方、電化製品やパソコンは中身がブラックボックス化され理解しにくい構造だ。
この点で自転車とくにスポーツ車の寿命というのは、多くの方の同意を得やすく、みなさんの信頼性はある程度の平均値があるようにも思える。
精度の信頼性
選手からこんな声を聞くことがある。「違和感があるので寸法や精度をチェックしてもらえませんか?」。落車や使い込んでいるのであれば理解できるが、納めたばかりではいい気はしないものだ
もちろんチェックし対応するが全く問題がない……。ここで「全く狂ってないじゃないか!」と口論しても生産的な話ではない。どちらかと言うと申し訳ない気持ちとなる。なぜなら選手がわれわれのフレームを信頼していないという事実がそこにあるからだ。
こんなときは私も胸が痛む。私のあの態度なのか、うわさなのか、納期なのか、そこには選手にとって切実な思いが必ず隠されているからだ。
競輪フレームに限らずオーダーフレームは、まずはお互いの信頼関係から全ては始まる。
「全てお任せで!」という選手もなかにはいるが、そんな選手が前述のさまざまな寸法チェックの要望がある傾向がある。マシンを完成させるにはお互いプロ意識を持ち、双方の言葉や思いを尊重し意見を言い合える関係を築く必要がある。こうして完成したマシンが「真の勝てるフレーム」だ。単純に「注文どおりの精度の高いフレーム」を作っていてもそこに勝利はなく信頼性は失われるのかも知れない。
技の習得と技の放棄
私はクルマも好きで、最新と旧車の両方に乗っている。
最新の車はほぼメンテナンスフリーで扱い易く非常に安心だ。一方旧車は整備に手間もかかるが、これはこれで気に入っている。家族などで出かけるときに旧車を提案しようものなら、大反対の罵声を浴びることとなる。しかし私の中でどちらが信頼性が高いかと言えば旧車に軍配があがる。なぜなら、最新のクルマは見えない部分が多いからだ。
以前エンジンが掛からなくなったことがあったが、コンピューター制御が作動し全く反応しない。専用の診断機でチェックしなければどうにもならないと言うことでレッカーを頼みディーラーに運んだ。
旧車であれば、「キュルキュルキュルー」などから症状が見てとれ、バッテリーなのか燃料系なのか素人の私でもなんとか解決できる場合も多い。症状や原因がわかり、そうか!あの走りがマズかったんだなと、そこにクルマに対する不信感は少ない。
つまり自分自身がその構造や機構を理解していれば何かあったときでも対応ができる、という信頼性だ。決して最新のモノが信頼性が低いということではなくむしろ、手間(ある程度の技量)とストレスフリー(何も考えない)どちらが本当の信頼性なのか?があるのではないだろうか。
自転車の信頼性
電動変速機が主流となり、従来の機械式変速は下火となりつつある。しかしブルベなどロングライドでは、出先で何かあったとき対応ができないという理由から機械式を求める声も多い。しかし市場には商品が少ない事態となり心苦しい思いもする。
たしかに電動コンポーネントは、ユーザーを変速のストレスから解放し、気軽に楽しめるようになった。しかしストレスフリーになることと、信頼性とは別物で、トラブル時にも自身で対応できるということは非常に高い信頼感につながる。
考えてみてほしい、一人で100㎞サイクリングを走り、周囲に驚かれた経験はないだろうか?
サイクリストとしては当たり前かも知れないがまさに驚きの行為だ。それは体にあったいい自転車と出会い、自身で選び、体、技術、知識、頭脳を鍛錬しつづけた結果であり自身で手に入れた信頼性の結晶なのだ。
まとめ
自転車乗りにとって本当に価値のある自転車とは?といつも自問自答している。
少なくともスポーツ車を、最新のクルマやパソコンのようにブラックボックス化してしまいそれを信頼性と混同させてしまうことを是とは思わない。
お金やインターネットで簡単に手に入れられてしまうインスタントな信頼性や価値は低く、非常にもろく頼りないものだ。他者やものに対する本当の信頼性とは自身で勝ち取るしかないのでは?とまとめさせて頂きたい。
▼ケルビム今野 真一の過去の連載記事はコチラから。
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