
「誰が履いてもいい」RC903開発者インタビューby 筧 五郎|SHIMANO

Bicycle Club編集部
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『筧 五郎さん、シマノのロードシューズ「S-PHYRE RC903」のフィット感にうなる|SHIMANO』に続く今回は、RC903に採用されている数多くのテクノロジーをご紹介。
シマノのサイクリングシューズ担当者、松井正史さんからお話をお聞きしました。松井さんは、シマノからシマノヨーロッパに出向されていたこともあり、ロードレースにおける第一線の知見もある自転車シューズのプロフェッショナルです。
編集部(以下、編):前回、筧さんは「日本人はシマノ足」と話されていました。
筧 五郎さん(以下、筧):シマノのシューズは「誰が履いてもいい」というのが前提にあって、これは多くの人の共通意見だと思います。と、同時に、どのようにシューズを開発されているのか興味がありました。松井さん、よろしくお願いします。
松井正史さん(以下、松井):よろしくお願いします。


テクノロジー1 360°サラウンドラッピングアッパー
編:筧さんはRC903の魅力にフィット感の良さを挙げていました。
筧:そうですね。
編:松井さん、RC903のテクノロジーの一つに、360°サラウンドアッパーという技術が使われています。「アッパーが足を繭のように包み込む」とのことですが、これはどういった経緯から生まれたのでしょうか。
松井:着想は2000年にさかのぼり、現在の形になったのが2014年に発売した「SH-R321」です。甲の部分を上から押さえつけるのではなく、甲周りをアッパーが全周囲から包むように保持する構造となっています。
筧:ずいぶん前から構想があったのですね。
松井:はい。その延長線上で包み込むようなフィット感をさらに強化しようと生まれたのがソール部分までアッパーで覆った360°サラウンドラッピングアッパーです。長年の開発経験から、ペダルを上死点から下死点に降ろすとき、ソールの剛性だけでなくアッパーの剛性も重要であることがわかっていましたので、ペダリング中の足のシューズ内での動きと、その際にアッパーのどの部分が変形するかデータ分析を進めて、より足に寄り添う構造を探求しました。

テクノロジー2 シームレスミッドソール構造
編:RC903にはシームレスミッドソール構造というテクノロジーも使われています。どのような効果があるのでしょうか。
松井:シューズをラスティングする(ソールとアッパーを組み合わせる)ときに、ソールを直接アッパーの内側に接着する製法を採用しています。インソールを外していただくと、その下にすぐにカーボンソールがむき出しになっているのがわかると思います。
編:一般的な製法の場合、ソールの上に一枚厚紙のような母材(ラストの土台)が入っていて、ソール、母材、アッパーの三つが接着されています。RC903はその母材を使うことなく製品化されているのですね。
松井:はい。母材がないぶんスタックハイト(ソールとペダルの軸感距離)が低くなり、ペダルストロークが安定し、パワーの伝達効率が上がります。フィット感においては足への密着感が高まるメリットがあります。シマノのハイエンドシューズの特徴の一つです。

テクノロジー3 ファンクション スペシフィック ゾーン
筧:ボアダイヤルを締めていくと足指部分のすき間にアッパーがピタッと吸着するような良いフィーリングを感じます。そのあたりの工夫はどうされているのでしょうか。
松井:Function specific Zones(ファンクション スペシフィック ゾーン)の考えをもとに、2種類以上の素材を適材適所に配置しています。解析ツールを使って、足への拘束性や柔軟性が部位ごとに異なることを検証したうえで、シューズ全体のフィット感と剛性を最適化しています。
筧:足指部分の素材も変わっています
松井:RC903はウェビングと呼ばれる帯状の素材に変わりました。より足指に追従できる伸縮性の高い素材を採用しています。
その一方で、先代のRC902まで採用されていたパワーゾーンガイド(樹脂パーツ)を使いたいというプロ選手の要望もあったことから、RC903ではRC902のパワーゾーンガイドにワイヤーを2重でかけたときと同様の締めつけが得られるように作っています。
編:構造成部品を増やすと複雑化しやすいので、今モデルでは新しいフィット感のもたらし方にチャレンジしたということですね。
筧:すっきりとしたデザインでいいなと思います。
松井:ウェビングおよびその他アッパーの素材は、縫製部分や素材のエッジが肌に当たらないようカッティングなども工夫しています。

テクノロジー4 シマノ ダイナラスト
松井:シマノのシューズにおいてシマノ ダイナラストも大きな特徴です。
編:一般的に「シューズの良しあしはラスト(足型)で決まる」といわれることが多いですが、どのようなものでしょうか。
松井:足の底部の筋肉群のストレスを最適化する設計で、効率のよいペダリングがかないます。加えて、かかとの角度を最適化した状態に保つことで、フィット性や拘束性を上げています。
ラスト作りにおけるデータ収集は、膨大な数のプロレーサーはもちろん、シマノのグローバルメンバーも協力しています。ヨーロッパ、アメリカ、南米、アジアの方々の足型を3Dスキャンしたビッグデータをもとに、シューズのカテゴリー別にラストの形状やボリューム感を適正化しています。
編:「〇〇人や△△人向け」というようなことではなく、もっとグローバルな視点で開発されているのですね。
松井:はい。どこの国の誰が履いても合わせやすいサイズ感を開発しています。そして、みなさまの多様な足型をできるだけカバーできるようにと、360°サラウンドラッピングアッパーや、シームレスミッドソール構造といった、足を包み込む形状の開発に力を注いでいます。
筧:私が感じていた「誰が履いてもいい」にはそんな背景があったのですね。ところで、ノーマルサイズとワイドサイズで日本での購入傾向みたいなものはありますか。
松井:以前はワイドサイズが多く、ボアダイヤルを採り入れてからはノーマルが多くなりました。
編:「日本人は足幅が広いからワイド」という通説は、シマノのシューズには当てはまらない、と。意外と知らない人も多いと思います。
松井:余談ですが、RC903のボアダイヤルの一つはアッパーが上から覆いかぶさる側に付いています。甲高の人も足入れやしやすく、ダイヤル締めつけ時は甲の低い人よりアッパーが上がり気味になるものの、それを見越して素材の大きさをベストな値にしています。どなたでもしっかりとしたフィット感を得られます。


テクノロジー5 アンチツイストスタビライザー
編:RC903を見ていて目を引くのが大きなヒールカップです。アンチツイストスタビライザーという機構が採用されています。
松井:ペダリング時に脚全体で生み出す踏力をペダルに伝えるには、かかと部分がブレないように保持することが大切です。アンチツイストスタビライザーとは、「ロスがないよう真っすぐに力を伝える」ことを狙って開発したものです。かかとがしっかりサポートされていないと、踏んだ瞬間に内側や外側に力が入ってしまいます。
結果、ソールを中に抱え込むような構造と低スタックハイトの相乗効果もあって、軽やかでダイレクトなペダリング感を獲得できました。ヒザの動きがぶれにくい効果も期待できます。
筧:かかとをトントンとシューズに押しつけてからボアダイヤルを締めていくと、足がかかと側にしっかりとハマる感じがありますね。
松井:ヒールの内側に滑り止め効果のある素材を採用しています。かかと全体と接触するので、そのように感じられるのだと思います。
筧:ホールド感が高くて、とても気に入っています。

自社工場ならではの強み
筧:私はマチュー・ファン・デル・プール選手(オランダ)が好きで足元もよく見ています。製品化されたRC903は、マチューが履いていたテストサンプルと比べるとシューズの仕様が結構変わっていたように思います。プロライダーのテストはどのように進んでいくのですか。
松井:プロライダーは自身が慣れたシューズでないと成績に不安を覚える人もいるので、十分な練習期間が必要になります。そういう意味では複数回、テストサンプルを試してもらうことがあります。キャンプ期間、クラシックレース、ツール・ド・フランスが近い頃など、さまざまですね。みなさんの目に触れる機会もそういった時期が多いのかなと思いますが、並行して細部の修正を求められることもあるので、いざ店頭で手にしたときに「いろいろ変わった」と見えることもあるかもしれません。
筧:シマノのシューズは大きな進化があるかと思えば、とりわけアナウンスはせずに目立たないところを進化させてきたと感じることもあります。それもじつのところ楽しいです。
編:手の込んだテクノロジーも含めて、なぜさまざまなことを実現できるのでしょうか。
松井:360°サラウンドラッピングアッパーやシームレスミッドソール構造は、普通のシューズを作るよりも手間がかっています。アンチツイストスタビライザーも同様です。ただ、こうした特別なテクノロジーをカタチにできるのは自社工場があるからこそです。
筧:以前、他メーカーの方が「シマノには自社工場があって、開発チームがいて、だからやっぱり質がいい」と話されていたことがあります。
松井:OEM工場で生産するメーカーが多いなかで、自社工場で独自のシューズ形状や素材開発を追求し、細かなカスタマイズまでできることは大きな強みです。
サポート選手の中には、ごく稀に足型が合わない人もいて、かなりの短納期で専用形状のシューズを製作することもあります。ロードレースは硬いカーボンソールの上で6~7時間も走る競技ですから「困っている人には対応したい」というのがシマノの考えです。
筧:サイズもハーフサイズをそろえてくれていますしね。
松井:マチュー選手の話でいえば、「ハーフサイズ変えたものも欲しい」といった要望もありました。こだわりが強くて感覚も鋭いのでいろいろ試されています。フィットの点でもサンプルをお渡しする回数は多いですね。

よりよいフィット感をいつまでも
筧:シマノのシューズは手入れをすれば2年でも3年でも軽くもつと思います。耐久性に対するシマノの考えはどのようなものでしょうか。
松井:フィット感の高ロバスト性(経年変化、気候変化などの外的要因による変化の抑制)に気を配っています。プロライダーをはじめ、経験のあるライダーほど一度気に入ったシューズのフィット感を大切にされていますので、素材がヘタらずにフィット感が長く続くような製品作りを進めています。
編:シューズは消耗品ともいわれますが……。
松井:価格的にそう言い切れないところがあると思っていて、耐久性の高さはRC903に限らずどのシューズ開発においても重要です。ちなみに、プロライダーのワンシーズンの使用足数は2足です。推測になりますが、他メーカーの場合はそれ以上の足数になることが多いと聞いたことがあります。
「ボアダイヤルが破損してしまった」「ヒールが削れてしまった」といった構造的なことはサービスパーツなどで対応しています。

光を当てなくても光っている
編:筧さん、松井さんのお話を聞いて、冒頭の「日本人はシマノ足」の謎は解決できたでしょうか。
筧:「日本人はシマノ足」というより、「みんなシマノ足」なのですね(笑)。母親が作ってくれた味噌汁を飲んだ時の感じというか、「あー、これだ、これ」と思える履き心地は、これまでに積み重ねてきたデータや、テクノロジーの裏打ちがあって成し得ていることがよくわかりました。
松井:母親のお味噌汁、おもしろいたとえですね(笑)。
筧:シマノのシューズを愛用する人って、SNSをあげるようなタイプが少ないと感じますが、製品の確固たる良さはしっかりと感じていると思います。光を当てなくても光っている――それがシマノであり、RC903であり、その他のシューズにも通じているのかな。と。
松井さん、とても貴重な話をありがとうございました。
松井:こちらこそありがとうございました。

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- CREDIT :
- TEXT:タナカ ダン PHOTO:管 洋介
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