白夜と氷河の西部フィヨルドを5日かけて走るWFWC【後編】|竹下佳映のグラベルの世界
竹下佳映
- 2023年01月02日
アメリカで活動するグラベル界の第一人者、竹下佳映さんが4つのステージで構成される、5日間のバイクパッキングスタイルのウルトラ系イベント「ウェストフィヨルド・ウェイ・チャレンジ」に参加した。
今回の記事はレース編。不慣れなテント泊でスタートした5日間のレース。寒さや疲労と戦いながら、ゴールを目指す!
▼ウェストフィヨルド・ウェイ・チャレンジ前編はコチラから。
ウェストフィヨルド・ウェイ・チャレンジ
ステージごとに設けられた文化的コネクションが素敵!
今年初開催のこのイベント、13カ国から約70人が参加しました。町を出るとフィヨルドの入り組んだ地形に沿って道があり、しばらく前に走っていたところが岸の反対側に見える!の繰り返しでした。放牧羊の親子がそこらじゅうを歩いていて、若いアザラシを見かけたりもしました。
アイスランド文化に参加者全員がもっと触れ合えるようにと設定された「文化的コネクション」がステージごとにいくつもあり、各参加者は必ず最低2カ所に立ち寄らないといけません。カフェ、博物館、レストラン、地熱の天然プール・温泉、農家、歴史的な「なにか」が主で、バイクから降りていろいろ体験したり、地元の人と触れ合い、軽食を取ったり、休憩したりすることができるスポットです。そこで過ごす時間は走行時間から引かれるため、時間に追われずゆっくり楽しむことができ、レース結果に影響しないのでこれは素晴らしいアイデアだなと思いました。
ワッフルとコーヒーが楽しめる
飲み水の心配はいらない!?
渡航前から聞いてはいましたが、限りなく溢れる新鮮で冷たい水に感動しました。湧き出るところからそのまま飲めるので、レース中に飲み水がなくなるという心配はまずありません。地球の反対側では(米国内でも)常に水不足なところがたくさんあるのに、あるところにはあるのだな、自分の住むところが干乾びたらアイスランドに移住かな、なんて思ってしまうほどでした。山のてっぺんには残雪もあり、氷河も遠くに見えました。
空気が新鮮! テント泊にも慣れて好調なスタート
手ごたえを感じたステージ1
ステージ1の前半は平坦で、後半に大きな上りが出てきました。風とのバトルは大変でしたが、この日は青空を拝める気持ちのいい日でした(基本曇りで空が白か灰色なので)。
対して標高の高くない頂上付近には真っ白な雪がたくさんあり、そこの空気は特に凛として冷たかったです。肺に入る酸素が新鮮!
自分のパフォーマンスには手応えがあって満足でき、とても良い日でした。たった数日前シカゴでは時期外れの38℃と猛暑で、急な気温差・時差に、寝不足と旅の疲れも重なったのか、テント2泊目は爆睡できました。
翌朝、濡れたテントと寝具を片付けて、さぁ朝食です。
キャンプの準備・片付けは自分で行うので、ホテル泊に比べると時間を食うし不便な部分もたくさん出てきました。
寒さと鳥と戦うステージ2
ステージ2は特に決まったスタート時間がなく、朝6時から8時までに出発してください、という設定でした。ステージレースという設定なのだから毎朝集団スタートにするべきでは、と思いましたが、初開催なのでこれに限らず今後改善点がたくさんありそうです。
私は7時頃に濃い霧に突き進んでいく形で1人で出発。真っ白で何も見えませんし、まるで小雨に降られているかのように、ウェアに水滴がついていきます。
最初の文化的コネクションである魔術博物館にたどり着くまでにはかなり体が冷えて、博物館内のカフェで、ルバーブのケーキ、スープとコーヒーでしっかり温まり、濡れたウェアをある程度乾かしてから再出発しました。魔術の勉強や魔物の研究をしている余裕はありませんでした。
途中でソロライダー2人に追いついたので、3人で走る区間もありましたが、大きな上りに入ってからはまた1人でした。この朝は霧が晴れてもずっと雨模様で、冷たい雨が降り始めた時には、直ちに止まって防水加工されているジャケットとパンツをグラベルロードの真ん中で着こみました。一度濡れたら乾かない気温です。それでも2日目もかなり調子よく進みました。
途中で、ヘルメットにコツっ!と何か当たった!? 何? 石? 誰が投げた? と思ったら、キョクアジサシ(極鯵刺)という白い鳥の空中からの攻撃に遭っていました。違う場所でも何度もです。しかも私だけでなくて、多くのライダーがしつこく追い回されたようです。
この日最後に立ち寄った文化的コネクションは、地元の農家で、たくさんの動物がいました。ここで出してもらったケーキと珈琲がおいしかった……!
ヒザの痛みに悩まされるステージ3
地熱の天然プールでリフレッシュ
ステージ3にもなると結構疲労を感じていて、朝から最初の2日間のようにはいかないか、と感じるほどでしたが、ウルトラ界レジェンド選手のリール・ウィルコックスと、カナダ及びパンアメリカンCX王者のマグハリー・ロシェットが率いるグループと一緒に走りながら楽しく過ごせました。彼女らの尽きることのないエネルギーと脚力に多大な刺激を受けました。
長くはないけど急でキツイ上りがいくつもあり、湾と湾の内陸側、険しい側面を持ち壁のようにそびえる、長細い山の向こう側に続く道を遠くから見たときは、これを登るのかと驚きました。こんなとこ車でも大変だよ!という場所まで。
じつはこのステージでほどいヒザの痛みが発生しました。長距離を走るのは慣れていますが、普段この距離・時間・獲得標高を “連日で”走ることがないので、短期間で負荷がかかり過ぎたのでしょう。
ちょうど中間地点での文化的コネクションにはレストランがあり、室内の温かい場所で昼食と取りました。大きなピザを1人1枚平らげます。アイスランドでは食品の値段がビックリする程高く、レストランメニューもかなり高額でしたが、あれもこれもと注文しました。
この後に立ち寄った文化的コネクションスポット、地熱の天然プールは最高でした。何度でも行きたいです。日本の温泉ほど熱くないですがちょうどいい温かさでゆっくりできました。地熱プールが海に続くような眺めは素敵だし、心地良くてなかなか去り難かったです。どうしてここが今日のゴール地点じゃないんだろう。
いい加減ヒザが悲鳴を上げていたので、最後の長い山の上りは厳しかったです。それでもウィルコックスに遅れを一切取らず登り切りました。山頂にかかる雲で周囲が見えなかったけれども、Patreksfjörður (パトレクスフィヨルズル)の町に向かって一気に下りました。寒さがほんと半端なかった。雲から出た瞬間に眼前に広がるフィヨルドと海の景色の美しさに、半分凍えながらも感動しました。町に到着したらしたで、海から流れてくる空気の冷たいこと!!
丸一日ではないですが休憩日を挟みます。ストレッチ、脚のマッサージ、ドライブトレイン清掃、チェーンに注油。食べて、食べて、食べて、また食べます。翌日、日付が変わると同時に最終ステージが始まるので、日中睡眠を取るつもりだったのですが、全く寝付くことができませんでした。トラブルにつながらないといいけど……。
バイクから寝落ちするステージ4
青い空に囲まれて感動のフィニッシュ!
最終日は真夜中の出発です。この日は全員同時にスタート。曇りだったので太陽は見えませんでしたが、白夜なので外の明るさは昼間とそれ程変わりありません。残念なことにリーダーボード(各レーサーの走行時間と順位)の更新がされず、この時点で自分が他の女性レーサーとどれくらいの時間差があるのか全然わからない状況でした。最終日は距離は220kmといつもより短いですが、獲得標高がぐんと上がります。初っ端から大きな上りが2つもあり、ステージ3の後半から感じていた右ヒザのひどい痛みが戻ってくるのを感じました。どうにか先頭集団の後方にくっついたまま山越え完了。
一つ目の文化的コネクションのレストランは、私たちレース参加者のために通常の閉店時間を過ぎても、夜通しお店を開けてくれていました。朝の2時にチョコレートソースと生クリームが山ほど乗ったワッフルを食べます。文化的コネクションで過ごす時間は、地元の文化を学ぶだけでなく、他のライダーたちと共有できる楽しい時間でもあります。
この日は私にとっては大変な1日となりました。文化コネクションから出た直後にトラブってせっかくの集団を失い、ソロ走行。気を取り直して前進するのですが、スピードが全然ついてきません。この遅さは、前に経験したことがある……。前に睡眠無しで24時間以上走り続けてたときに……でも進むしかない……。そして深い白い霧の中の山登りがまた始まりました。
最初は単に霧と薄暗さで見え辛いのかと思っていましたが、視界がはっきりしない状態が続きます。何かに視線を移しても、視点を合わせるのに毎回2秒くらいかかりました。これは睡眠不足、追いつかない疲労回復、そして寒さが原因だったのだと思います。自撮り動画を後で見返したら、自分の声の震え具合からかなり体が冷えていたのだ分かりました。実気温2℃、体感気温はもっと低かったかも。
どうにか次の文化的コネクションスポット、ウェストフィヨルドの宝石とも呼ばれる巨大な滝、Dynjandi (ディンヤンディ)にたどり着きひと休憩です。その後も全く脚に力が入らない状態で、亀のスピードで前進しました。あまりの眠さに走行中ウトウト。このWFWCコース全体で最も荒れた(そして最も迫力のある)長く続く Svalvogar(スヴァルヴォガル)というグラベルロードを走っている最中に眠気が特にひどくなり、ついに寝落ちして自分もバイクから落ちてしまいました。全然スピードが出ていなかったので、クラッシュというよりは単に「落ちた」という感じでした。大丈夫、無傷です。
小川が7つ程ある長い区間がありました。川の底は大きな岩がごろごろしていてバイクに乗ったまま渡ろうとしてホイール損傷した、という話も聞いています。どうにか川の細い部分がないのかと見渡しましたが、都合よくそういう場所もなく、ヒザまで届く氷のように冷たい水にシューズも靴下も浸しながら歩いて渡りました。
その後も1~3ステージとは比較にならない遅いスピードで何とか前進しました。次の文化的コネクションでは絶対に昼寝すると決めていたのですが、着く頃には何時間も経過していました。メニューから3人分注文し(食べるのは私だけ)、靴下を乾いた予備のものに変え、電池切れ寸前の携帯を充電します。私自身も充電しないと。ここにたどり着くまでに何人もに抜かれていて、私はレースモードというよりは生き残りモードに切り替わっていました。とにかく無事に生還しなくては。でも、ここまで来たなら、何が起こっても絶対に終わらせる!
数時間強風と闘い、最後の文化スポットでルバーブのケーキを食べ、最後の区間です。
最後の山登りが一番きついと噂に聞いていましたが、期待を裏切りませんでした。国内で標高が最も高い山の一つで、雪崩で事故多発してからは近くにトンネルが開通し、その後はもう誰も通らないメンテナンス皆無のグラベルロード、Breiðadalsheiðiという山道です(発音は何度聞いてもよくわからないので、片仮名に直せません。苦笑)。
後ろを見るたび景色は素晴らしかったですが登るにつれ気温も下がります。山のてっぺんから転がり落ちてきたのであろう大きな岩がそこら中にあります。そして、いつのまにか自転車レースに参加しているのではなく、雪山探検隊の一員となった気分でした。雪道というよりも、雪原? ここが公道だったことに驚きです。アイスランド人、タフだな~!!
やっと登り切ると、雲が分かれて青い空が見えました。感動のフィニッシュに相応しい天気になってきました!
デコボコで危なげな下りを終えて見覚えのあるイーサフィヨルズゥルの町並みが見えてきた時は「ああよかった、帰ってこれた」とホッとしました。
女子4位で完走! アイスランドは本当に美しい国でした
長いようで、あっと言う前に終わってしまったWFWC。最終的に完走できたのは40数名で、全員にフィニッシャー賞状が贈られます。最終日のパフォーマンスがひどかったですが、私の結果は女子4位となりました。文化的コネクションで過ごした合計タイムは女子では私が一番長く、目いっぱい楽しんできました。今回立ち止まらなかったスポットもまた機会があれば行ってみたいです。そして、寝落ちしたSvalvogarも、完全に目覚めている状態でまた走りたい!
レイキャヴィークに戻ってから、私のバイクスポンサー、Lauf Cycling 本社に行ってWFWCについて話をしました。聞くところによると、全体的に天気にはかなり恵まれていたようです。凄く天気のいい日、というのは存在しないようで、10℃あれば暖かい日らしい!? もしレース期間中終日雨だったら、リタイヤ続出だったかもしれません。
アイスランド訪問そのものを含め、初めての体験オンパレードでした。息をのむような景色の連続。出会った人々、動物、文化、土地と全てが素晴らしく、全ての瞬間が貴重なものでした。そして同じく挑んだ参加者やボランティアたちから刺激をたくさん受けました。新たな友人も得ました。一生に一度の経験みたいに思えましたが、何度でも戻ってもっと見たいし体験したいと強く思わせる、アイスランドは本当に美しい国でした。
私のInstagram(kae_tkst)のハイライト「Westfjords Way」にもっと写真がありますので、ぜひご覧ください!
バイクセットアップ
バイク:Lauf Seigla + SRAM AXS 12スピード
タイヤ:パナレーサー GravelKing SS+ 43c (最後の日はSK50でも良かったですが、レースの性質上、履き替えることは難しかったですね)
バッグ:Revelate、Topeak
超軽量テント・寝袋:Big Agnes
衣類:ネックゲイター、靴下、アームウォーマー、レッグウォーマー、ヘッドバンド、ベースレイヤー、ジャージ、ビブショーツは、ウールまたはウールブレンド。ネオプレン素材シューカバー、ChampionSystemウィンドベスト、Goreレインジャケット、ShowersPassレインパンツ、KPLUS Alphaヘルメット、BLIZ Breezeサングラス
サイコン:ガーミンEdge 830
おまけ
レースペースはちょっと、という人や、単に大会スケジュールと都合が合わない場合でも、いつでもWFWCのコースを走ることはできます。ウェストフィヨルドの「パスポートルート」をルールに従い自分のスケジュールで走って完走すれば、完走を称える賞状を受け取ることができます。詳細はこちら。
竹下佳映さんが登場、聞くバイシクルクラブBC STATION
SHARE
PROFILE
札幌出身、現在は米国シカゴ都市部に在住。2014年に偶然出会ったグラベルレースの魅力に引かれ、プロ選手に混ざって上位入賞するなどレースに出続けている第一人者。5年間グラベルチーム選手として活躍し、2022年からはプライベーターとしてソロ活動。ここしばらく飛んでいないが飛行機乗り。