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峠の肖像 #4 田口峠(長野)スイッチバック・アディクトに捧ぐ

ただ上り坂の厳しさだけが、サイクリストを峠に引きつける訳ではない。苦しみの先にある達成感だけではなく、山頂に漂う異界の空気に触れたくて、人は峠に登るのではないか。それまでに登ってきた坂と、山頂の向こう側への下りに、異なる雰囲気を感じたことのあるサイクリストは少なくないはずだ。

田口峠の奇妙な境界線

峠のこちら側とあちら側で、雰囲気ががらりと変わることはそう珍しくない。峠とは古来から自然の境界であり、風土の境界であった。交易が生じてからはクニの境界となり、今日でも行政地区の境界である。峠の肖像で取り上げた渋峠は長野/群馬県境、三国峠は山梨/神奈川県境であったことが思い出される。

今回訪れた田口峠は、その数少ない例外である。山頂には峠の名前を示す標識(これもあらゆる峠に共通のものだ)があれど、都道府県名を示すおなじみの看板は見当たらない。県境は峠をずっと南東、群馬県側に下ったところにある。山頂はまるごと長野県であり、峠を直線距離にして3kmほど下ったところでようやく群馬県に入ることになる。

すでに渋峠の名前も出ているが、我が国屈指の山岳地域とでも言える群馬/長野の県境は数多くの峠によって線引きがされている。十石峠、内山峠、和美峠、碓氷峠、毛無峠……と枚挙にいとまがない。この辺りを走ったことのあるサイクリストならば体感しているかもしれないが、おおよそ群馬県側はスイッチバックが連続し、長野県は比較的緩やかなカーブの峠道であることが多い。

スイッチバック・アディクトへ捧ぐ

田口峠は、そのなかでも傑出した存在といえる。群馬県側の麓から山頂までに175のカーブがあるとされるが、山頂近くの20のヘアピンコーナーは走りながら感じることのできる壮観さである。さしずめ日本のラルプデュエズと呼びたくなるが、実際に走ってみるとそこまで厳しい上りではないことにも気付かされる。数多いヘアピンのおかげで傾斜は緩やかに抑えられており、ロードバイクであれば180°コーナーにペダリングのリズムと、イン側への重心移動とを一致させて心地よく登っていける。

ここは日本のラルプデュエズというよりも、ラセ・ド・モンヴェルニエと呼んだ方がふさわしいかもしれない。ツール・ド・フランスでおなじみとなった17のヘアピンカーブが連続する2級山岳だが、ここを走ったプロ選手は、見た目ほど厳しい坂ではないと言う。九十九折は急勾配をいかに易しく登るかという人類の知恵でもある。

しかしこの峠をフランスのそれと比べるのは無理があるかもしれない。太陽が煌々と照りつけるラルプやモンヴェルニエと決定的に田口峠が違うのは、そのうっそうとした木々の茂りである。連続するヘアピンカーブの見通しは悪く、頭上、針葉樹の林間に白いガードレールが走っていることだけが、進むべき道のりを示している。むしろとても日本的な峠だという気もしてくるのであった。

白いガードレールは、風景写真家には嫌われるのであろうが、林間のスポットライトに照らされるとこの無機物にもなんらかの表情があるように思われてくる。コケに侵食されたガードレールは、すっかり峠の構成要素だ。

随意的な境界と実世界の境界

先に群馬/長野県境の峠は群馬側にスイッチバックの魅惑が多いと書いた。この田口峠も、峠の頂点から西南側、つまり群馬県側に20のヘアピンカーブがある。だから東の群馬県側から登ると、九十九折の愉悦を味わえる。しかし、これも先に書いたとおりに、この峠に関しては群馬/長野県境は、峠の頂上ではなく数キロも群馬県側に下ったところになる。サイクリストは山頂のだいぶ手前で県境を示す看板を目にし、多少の違和を覚えるだろう。そして楽しい20のヘアピンカーブの連続はすべて長野県に属するから、先の記述もあてはまらないことになる。

なぜこのような事態になっているのかは諸説あるものの、伝来によるとその昔、信州の殿様と幕府の代官が国境を決めるために夜明けとともに双方から歩み出し、合流地点をその境にしようと取り決めたとのこと。信州側には夜明けを告げる鶏を早く鳴かせる秘術を心得た者がおり早きに出立し、峠を越えて上州群馬方面へと進んでいったのだという。幕府代官は峠をほとんど登らないうちに殿様がやってきたのを信じられず「まさか」と口にしたが、それがそのまま馬坂という地名となった。田口峠の南側の上り口、群馬/長野県境の集落にいまもその名を留めている。

峠とは本質的にふたつの世界を分かつものである。この田口峠に例外的な線引きがなされていることを知ると、いまは静かなこの峠も途端に人間臭く思えてくる。そんな歴史に思いをはせながら、九十九折を越えてぜひ信州方面へと下ってほしい。カーブは緩やかになり、頭上も開ける。峠を越えると世界が変わったことが感得されるはずだ。

下り切った信州・佐久臼田の町は、鶏料理が有名だという。田口峠の境界を上州・群馬県側にぐっと押し広げた立役者が、早鳴きの鶏であったことが思い出される。県境と歴史と九十九折に思いをはせながら、美味に舌鼓を打ってみるのも乙なことである。

田口峠(群馬県側からのアプローチ)

登坂距離10.26km
獲得標高567m
平均勾配5.5%

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PROFILE

小俣 雄風太

小俣 雄風太

アウトドアスポーツメディアの編集長を経てフリーランスへ。その土地の風土を体感できる方法として釣りと自転車の可能性に魅せられ、現在「バイク&フィッシュ」のジャーナルメディアを製作中。@yufta

小俣 雄風太の記事一覧

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