【長野・松原湖】期間限定の憧れの釣り。氷上のワカサギに自転車で挑む!|BIKE & FISH
小俣 雄風太
- 2023年09月16日
自転車で釣りに行く。日本各地を釣り走るこの連載もめでたく1周年を迎え、これまで季節ごとの釣りを紹介してきた。しかし、一番やってみたかった釣りはまだできないでいた。昨年の連載開始時にはすでに釣り場が溶けてなくなっていたのだ。
釣り場は氷の上。1年越しの悲願は、日本が誇る氷上でのワカサギのアイスフィッシングだ。限られた時期に限られた場所でしかできない遊びほど、面白さは増すというものだ。マイナス14℃でなぜ自転車に乗り、なぜ竿を振るのか。日本の冬のかくも寒く、かくも美しいことを、この日のBIKE & FISHは教えてくれたのだった。
自転車小僧が参ります。外はマイナス14℃、冬でござんす松原湖
憧れの氷上ワカサギ釣りだが、じつはそれができる場所というのは多くない。人が乗っても大丈夫なくらい厚い氷が湖に張らないといけないのだから、当然と言えば当然だ。北海道は氷上釣りのメッカではあるけれど、それ以外では東北や関東の山上湖であることが多い。標高が高く、冬の寒さ厳しいところへ釣り人はわざわざ出向かなくてはならないわけだ。
今回の舞台となる長野県の松原湖は、標高1123m。それだけでだいぶ寒そうだが、童謡「北風小僧の寒太郎」の舞台となった地と聞けば、その寒さにも折り紙がつくというものだ。ふゆでござんす、ヒュルルルルルルン。
そんな酷寒の釣りに、なぜ自転車を伴うのか。そこには我ながらセコい理由がある。松原湖の氷上釣りは、朝6時30分からスタートする。遊漁券や釣りに必須のエサを販売している湖畔の「立花屋」さんの前から氷上に繰り出すのだが、6時30分になると釣り人たちがこぞって釣具を搭載したソリを引いてポイントへと急ぐ。当然、我先にといいポイントを目がけるわけだが、なにせ氷上、足場が悪く走ることなんてできない。そこで太めのタイヤを履かせたグラベルバイクに白羽の矢が立った。これで縦横無尽に湖上を走り、いいポイントを先取りできれば爆釣は間違いなし。これぞBIKE & FISHの戦略である。
だがまず前提としてお伝えしないといけないことがある。この時期の松原湖の氷上釣りは、とにかく釣れないのだ。立花屋の名人をして、「この時期は釣れないからこそ、ベテランたちが腕を試しに松原湖に来るんです」と、半ば申し訳無さそうに、半ば誇らしく語るのだった。
釣れない理由はいくつかあるが、興味深いのは松原湖がキレイすぎるというもの。水があまりに澄んでいて、餌となるプランクトンが少なくワカサギのサイズが小さいのだという。ただでさえ小魚であるワカサギのさらに小サイズとなれば、より繊細な釣りを強いられることになる。
釣り場に着いてみると外気温はマイナス14℃。肌の露出している部分がビシビシと痛い。しかしそんななかでも、達人と思われる釣り人たちはソリを待機させ今か今かと6時30分の釣り開始を待っている。こちらもソリと釣具一式を借り受け、バイクに装着してその時を待つ。
早朝がゴールデンタイム。だからこそ自転車の出番だ
釣り開始の時刻がきた! バイクをそろりそろりと走らせる。前夜の降雪でパウダースノーが乗っていることもあり、思った以上に普通に走れる。
派手にバイクを倒し込まなければ、ソリを引きながら曲がることもできる。自転車で氷上を、釣り場へと走る体験はそれだけでテンションが上がる。達人たちを差し置いて釣り場に一番乗り成功! ここまでは狙いどおりである。
だがそれからが大変だった。氷上釣りでは、釣り人自らが穴を開けなければならない。レンタルしたアイスドリルを使って全身で穴を開けようとするがなかなか刃が入っていかない。氷の厚さは20㎝以上もあるのだ。穴を開けながら、遅れてやってきた達人たちと会話を交わす。「自転車で釣り場に来た人は初めて見たよ」。
なんとか穴を開けたら、いよいよ釣り開始。ここに至るまでが本番であるかのようだったが、勝負はここからである。激渋の松原湖とはいえ、2号続けてボウズというわけにはいかない。
ワカサギ釣りにおいては、「朝の5分は昼の1時間」という金言があるという。それだけ朝イチ勝負の釣りなのだ。だからこそ、自転車を駆使してポイントへ急いだわけだが……いざ竿を出してみてもなかなか釣れない。だから動くこともなく、どんどん体が冷えていく。
これはたまらない!ということで、釣り道具と一緒にレンタルしていたテントの出番となった。通称カタツムリテント。氷上釣りのためだけに設計されたものだが、これが暖かい! しかしこのお一人さまテントにこもってただ竿先だけを見ていると、座禅をしているような気分にすらなるのだった。
ククンと、かすかに竿先が揺れた。半信半疑で合わせてみると、プルプルと魚信がある。果たしてそれはワカサギであった。本連載の最小記録を更新するサイズだったが、前号のボウズを踏まえると喜びは最大である。やった! 釣れない湖での価値ある一匹に、思わずテントを飛び出すと気温はまだまだ氷点下。しかしその寒さすら心地よい。かつて将軍へ献上されたことから公魚という漢字がつくワサカギ。食味はもちろんだが、可憐で透明なその姿もまた、愛されたものに違いない。
美しい魚体にしばし見惚れる。氷上で釣ったという事実がこの喜びを増幅させるが、昨今ではこの氷上釣り期間が短くなっているという。過去には氷上釣りが楽しめた河口湖や山中湖も今では充分な厚さの氷が張らなくなってしまった。いつまでも氷上釣りが楽しめるかと言ったら、そうではないのかもしれない。
じっくり氷上で釣った時間はなんとも豊かで、大満足!
待望の一尾を手にした興奮そのままに、次なる一尾を求めて穴に集中する。本来的にはワカサギとは数釣りを楽しむもので、富士五湖などでは一日に1000匹(!)を釣る人も珍しくないのだとか。それでも釣れない松原湖が釣り人を引きつけるのは、その難しさと氷上のロケーションゆえだろう。偶然に釣れたワカサギが続くことはなく、ポイントを移動する。
再び湖をバイクで走っていると、氷上には昨夜の獣の足跡がある。本来は動物のテリトリーなのだ。しかし氷上にまで繰り出して、穴を開け、魚を釣ろうというのだから先達たる釣り人たちの業の深さと情熱にはただ痺れるばかりである。
氷上シンプルフィッシングは自転車と相性や良し?
この釣りのよいところは、徹底的に手作業の釣りであるところだ。釣り竿も短く簡素、糸巻きも手作業でテントとアイスドリルを除けば至ってミニマルな釣りなのである。道具立てがコンパクトだから自転車に無理なく積めるし、イスやテントならソリで引いてしまえばいい。シンプルなものほど奥が深いという世の真理をこの釣りも体現している。達人は竿先に出ないアタリすら工夫と技巧をもって釣り上げるのだと立花屋の名人は笑うのだった。この日もうまい人は100匹以上を釣ったらしい。私の釣果は3匹。貧果といえばそれまでだが、足でポイントを探し、じっくり氷上で釣った時間の豊かさに、大満足なのであった。
日が昇ると、氷の下からは時折ミシミシという音が地響きとともに鳴る。ちょっと怖さを覚えるが、厚い氷も、水面下で少しずつ溶け始めているのだろう。季節はもう春なのだ。きっとまた次の冬には、自転車を携えて氷上に参上しているはずである。
氷上BIKE & FISHのバイク&ギア
「自転車で釣る」が楽しすぎて、釣り場の上まで走ってしまった氷上回。思いの外特別な道具立ては不要だったが、くれぐれも氷上走行にはご注意を。
前後キャリアで荷物増に対応
BIKE &FISHのメインバイク、SimWorksのDoppoに前後キャリアを装着。シマノのバッカンを載せるとぐっとそれらしくなる。ワカサギの釣り道具一式ならこの中に余裕で収まる。
氷上フィッシングならではの装備
松原湖氷上フィッシングの道具は、すべてリゾートイン立花屋でレンタルしたもの。手ぶらでも楽しめるようレンタル用品が充実している。
松原湖氷上フィッシングはおまかせ「リゾートイン 立花屋」
長野県南佐久郡小海町大字 大字豊里4253-1
TEL.0267-93-2201
https://resortinn-tachibanaya.jp
松原湖畔の宿、立花家はこの地の氷上ワカサギ釣りの中心地。手ぶらで行っても氷上釣りが楽しめるようレンタルが充実している(一式1,800円/上のギア記事参照)。また、コアな釣り人向けには用品も充実しており、通い込む楽しみもありそうだ。レンタルタックルで釣ったワカサギは無料で天ぷらにしてくれるうれしいサービスも。釣り方がわからないときにも名人が丁寧に教えてくれるので安心。今シーズンの氷上釣りはすでには終了し、来シーズンは2023年末から2024年1月に再び解禁予定。付近は国道で標高2位の麦草峠の上り口になっており、夏場にサイクリングがてら、のぞいてみてもいいだろう。
小俣雄風太(おまたゆふた)
アウトドアスポーツメディア編集長を経てフリーランス。土地の風土を体感できる釣りと自転車の可能性に魅せられ、バイク&フィッシュのメディアを準備中。 @yufta
※この記事はBiCYCLE CLUB[2023年5月号 No.449]からの転載であり、記載の内容は誌面掲載時のままとなっております。
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