vol.11「妄想自転車」|天使よ自由であれ!byケルビム今野真一
Bicycle Club編集部
- 2023年12月27日
スチールバイクの限界に挑む今野製作所「CHERUBIM(ケルビム)」のマスタービルダー、今野真一の手稿。
モノづくりに携わる人であれば、誰しも頭の中であれこれ試してみる瞬間がある。美しい自転車もまた、1人のビルダーの頭の中から生まれる。
そうだ自転車を作ろう。
時間があれば自身の運営するクラブランに参加する。
先輩サイクリストたちの話題のネタは大体、あの坂は誰が1番だったとか、今日は調子が悪いだとか……。慎ましながらも「誰が速いか」だ。
幾つになっても負けん気が強いのは尊敬に値する。何を隠そう私もその類いなのだが、先日のライドでは、そんなやからに惨敗してしまった……。いろいろ言い訳はあるが、絶対に見返してやると燃えている。
真面目にトレーニングに励めば良い結果は得られるだろう。が、しかし職業柄そのコースに特化した「速い自転車」を作って見返してやることに決めた。練習しなくても「勝てる自転車」だ。
コースは決まっており町田周辺、30kmほどのヤワなコースだ。アップダウンは細かくあるが難所と呼べる峠はなく、どこも勢い(アウター)で上り切れてしまう丘ばかりだ。
製作は頼もしいスタッフたちに全て任せる(お願いする)が、設計・構想には力が入り決して気は抜け無い。なにしろ勝負がかかっているのだから。
しばし私の構想にお付き合い頂ければうれしく思う。
素材
クロモリ、チタン、ステンレス、が現在工房で可能だ。
本来は始動したばかりの「チタン」でといきたいところだが、お客さまの納期にも影響するし、私もなるべく早く乗りたい。
また実験的な試みもたくさんしたいので、豊富な材料群という事になれば、クロモリに勝る素材はない。ステンレス、チタンともに実績ある素材は多くあるが、エキセントリックな素材まではなかなかそろえられない。
今回は製作にも慣れ親しんだ「クロモリ」でいこうと思う。山岳もなく軽さもあまり重要でないので強烈なバネ感のあるクロモリにアドバンテージは上がるだろう。
また私の場合、乗り始めてから頻繁に改造をする、なんてことも珍しくないのでやはりその辺の利便性も私のスタイルには合っている。
フロントフォーク
スチールフレーム界でも、現在は、よほどのロングライドでもないかぎり「カーボンフォーク」という選択になる。剛性と軽さのバランスに優れており性能も折紙付きだ。
問題はどのフォークを選ぶか?になってくる。エンヴィ、ワンバイエス、コロンブス……。どれも高価で驚きは隠せない。そんなにするものなのか……。昨今の円安事情は深刻なんだな。金額もさることながら、私のもっとも気になるポイントはオフセットだ。
なぜなら、いつも私は、なるべくオフセット量を少なく設定している。ヘッドを立たせて設計のハンドリング性能の好みもそうだが、私のライディングの根幹にある走法は「ドラフティング走法」だ。わずかでも前走者に近づきたい(セコイ)。
しかし探して見るとほとんどない、というか無い。どれも40〜50mmあたりだ。
そうだ! ピスト用フォークにしよう。探してみればあった。コロンバスのピスト用フォークオフセット35mm!
このフォークに穴を開けてブレーキキャリパーをつける。お客さんにはオススメしないが、私のマシンなので問題ない。
そして、最新のテーパードフォークに合う高剛性かつ最軽量のヘッドチューブは44φのストレートヘッドしかない。正直見てくれには問題があるが、我慢しよう。
溶接方法やパイプの選定
ロウ接合、TIG溶接、接着、大きく分けて3種類での製作が可能となるが。
工房で最も新しい方法と言えばTIG溶接。溶接機も新調したし、やはり乗り味も堪能したい。熱影響が最小限となるが、硬めになってしまう傾向がある。極力細いチューブでのTIG溶接でクリアしよう。
逆にリア三角はロウ付でしなやかに仕上げる。
パイプ選定は地下倉庫でゆっくりパイプとにらめっこしながら決めるとしよう。
パーツ類
いつもこれを使いたいと思っているパーツたちが中古だが多くあり、捨てられないようにショップの片隅に隠してある。
ブレーキ一つ眺めていてもこれを使ってフレームを作りたい!という衝動にもかられる。
個人的にリム仕様が好きで、2005年前後のカンパニョーロのグループセットがもっとも扱いやすいと思っている。
エルゴレバーなどは慣れもあるせいか私のバイクはほぼこれだ。また、フォルムもエレガントで組んだときのデザインも好きな理由だ。
古いモドロのブレーキセットマニアでもあり、デザインは天下一品だが機能性は全くもって実用的ではないので、出番はないが、いつかはモドロクロノスで作りたいとも思う。
ホイールは、筋金入りのチューブラー派だ。しなやかなスチールフレームには硬めのホイールが相性が良いので、完組みアルミチューブラーホイールが理想だ。
現在こちらも選択肢はほぼない状態なので、こちらもストックしてある古いカンパシャマルになるだろう。
フレーム形状
やりたいスタイルもおおむね決まってきた。シャキッとした乗り味でありながら、踏み込んだときにはしっかりと「バネ感」が感じ取れる自転車巡航時にはあまり縦には沈まずに硬め。完全に好みだ。まぁ距離はそんなに走らないし。
そうなると通常のシートポストを装着するよりも「ISP」というのが望ましいが、破損する恐れもあるのでどうしても重くなってしまう。その結果、硬すぎてしまうという問題がある。
サドル付近ギリギリまで「超肉薄」のパイプを使い、思い切ってシートステーを上につけて補強するというアイデアだ。
はっきり言って、私の美的感覚にそぐわないが……完成すれば案外良いのではと思った。
また、左右はシートステーを違う位置にもつけてみたい。リア三角は、じつは均等には応力はかからないので、極端に付ける高さをかえ、さらには左右のパイプも変えると、どの様なフィーリングなのかも探ってみたいと常々考えている。
ん?
そうなってくると縦パイプをカーボンにして接着で処理するなんてのも試してみたいし……。
結局作らない!?
毎回こんな妄想をしているうちに、あれもこれもと話が大きくなり、結局作らない。という繰り返しなのだ……。
自分の自転車を作ってる暇があるなら……なんて思考も働いてしまうし、他にも挫折する理由がある。
一つは気が乗らないのだ。決してきれい事ではないのだが「誰かのために」でなければなかなか燃えて来ない。
しかし、製作者自身が強烈な自転車ファンでありサイクリストでありユーザーであるという事は、ユーザーにとっても重要であり、最も大切なことでもあるとも思う。
人生は短い、よし作るぞ!
私も切に自転車人生を謳歌したいと願っている。今回は誌面でも取り上げて頂き、しっかり製作するので楽しみにしていただきたい。
昔、ニューサイクリングの誌面で「妄想オーダー座談会」的なコーナーがあり、それは、輪界の有識者たちが永遠とオーダーの妄想を語り合うという不気味なコーナーだった。
でもついついページをめくってしまうが、結局は作らないのだ……。変わった人たちがいるなぁ、と思っていたが、私も同じ過ちを犯さないようにしないと。今回は妄想で終わらない。
※この記事はBiCYCLE CLUB[2023年11月号 No.452]からの転載であり、記載の内容は誌面掲載時のままとなっております。
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ロードバイクからMTB、Eバイク、レースやツーリング、ヴィンテージまで楽しむ自転車専門メディア。ビギナーからベテランまで納得のサイクルライフをお届けします。
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