未だ見ぬ地平へ飛び込むためのバイク|Specialized S-Works Roubaix SL8
小俣 雄風太
- 2024年07月19日
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連載「峠の肖像」最新回において、標高2000mに位置するコマクサ峠を走った。ここは「天空のグラベル」と呼べる別世界。尾根道上にある峠だから、下りもあれば上りもある。空気の薄い砂利道の登坂に、ギアはもう最後の1枚になったが、存外にバイクは進んでいった。
スペシャライズドの提唱する「3 Icons」はブランドの中核をなす3車種Tarmac、Aethos、Roubaixを表現したもの。Tarmacには「勝利」、Aethos には「自由」が掲げられているが、今回信州にある天空のグラベルを走るために選んだのは、「挑戦」を体現するバイク、Roubaix。名前からして過酷さと切り離せない一台は望外の喜びを与えくれた。
酷な路面と結びつく車体名
Roubaixとは、何よりもまずパリ〜ルーベのフィニッシュ地点、北の地獄と呼ばれるレースの最後の総仕上げとなる自転車競技場のある町の名前だ。しかし、もしかするとスペシャライズドが生み出したこのバイクの名前の方が、今は知名度を獲得しているかもしれない。
すでにモデルが登場して20年が経ったが、その期間はいわゆるエンデュランスロードの歴史でもある。多くのカーボンフレームが剛性を追求する時代に、衝撃吸収と快適性という一見真逆のアプローチで開発が進められてきたRoubaix。その開発姿勢そのものに「挑戦」を見ることができるが、その方向性が正しかったことは、今日のエアロロードが軒並み太いチューブレスタイヤを前提としていることに現れている。
Future ShockとAfterShock
Roubaixはその間にも独自の進化を続けていたが、このバイクを象徴するものははやりFuture Shockだろう。ヘッド部分に衝撃吸収のサスペンション機能を持ち込んだ先駆的な機構だが、アップデートも重ねており、現行のFuture Shock3.3ではロックアウトだけでなく、内蔵スプリングの差し替えによってサスペンション機能の強弱を選べる。ポジションや走行環境に合わせてプリロードを細かく調節し、好みの固さにセットできる。コンプレッションは路面に合わせて、走行中に細かく調節できるようになった。
快適性の確保はバイクのフロントエンドだけでは成立しない。名前からして振動緩和を志向するPavéシートポストと、このシートのクランプ部を下げることでしなりを確保するドロップド・クランプからなるAfterShockテクノロジーが、バイクのさらなる快適性を実現する。フロントに比べ地味ではあるが、両軸揃ってのRoubaixというバイクである。
S-Works Roubaix SL8を目の前にすると、自動的にTarmacとの相似が浮かび上がる。エアロロードとしての佇まいは、実際に直近のフルモデルチェンジで空力向上を図ったことによるものだが、見るからに戦闘力の高そうな外観である。これで完成車重量7.3kg(56サイズ)に仕上がっている。
舗装路の峠を経て天空のグラベルへ
目指すコマクサ峠は、標高1973mの車坂峠と1732mの地蔵峠を結ぶ林道上にある。西の車坂峠側が全面グラベルとなっているから、まずはこの車坂峠へと登る。
車坂峠はスムーズな舗装路の登りだが、とにかく登坂距離が長く(11.69km)、平均勾配も8.7%と険しい。最初はFuture Shockをオン・オフさせて登っていたが、勾配がきつくなってからは終始オフで走る。
それにしても、前回の富士スバルラインで乗ったS-Works Aethos(https://funq.jp/bicycle-club/article/957650/)とまでは言わないが、登坂が軽い。パリッと乾いた、それでいて反応性のよい踏み味は、S-Works Aethos同様FACT12Rカーボンが効いている。
安定性・快適性に振ったRoubaixであっても、軽い車重も相まって登りにおけるストレスはない。特に、急勾配区間でケイデンスが落ちてきてからの、上半身を動員してぐっぐっとペダルをひと踏みずつ進んでいく乗り方になると、シートポストのしなりがうまく推進力になってくれると感じる。ギアはもう無いが、登りのリズムは掴めた。
標高2000m近い車坂峠は山頂に近づくにつれ空気も薄くなり苦しめられたが、静かな山頂に至ってからが本番だ。コマクサ峠に向けて、まずはグラベルの下りが始まる。ここでFuture Shockをオンに。
グラベルを下りながら、ハンドルへの衝撃が緩和されるのを実感。快適そのものだが、それに頼って突っ込むと、今度は32Cのスリックタイヤのグリップが効かなくてコースアウトしそうになる。リジットバイクならここまで、という線引がブレーキングのタイミングにあるのだが、なまじ衝撃が少ないから突っ込みすぎてしまう。
楽しくて攻めがちになるが、あえて安全マージンをとったペースでも下ってみると、なるほど安心感が違う。ロードバイクとして走る上では、グラベルの下りをあえて攻める必要はないのだから、これくらい安定感あるのはありがたい。
そして標高2000mに至るコマクサ峠へのグラベルの登りでは、Future ShockとAfterShockの恩恵を存分に感じる。バイク側でトラクションをかけてくれるから、自分は走るラインに集中できる。
天空のグラベルを終えて地蔵峠へのダウンヒルは狭く、そして道がところどころ隆起している。ここでもFuture Shockがいい仕事をしてくれた。荒れた路面の上下の衝撃吸収はいわずもがな、コーナーリングでの横方向の動きにもフロントタイヤが追随してくれる感覚がある。舗装路とはいえ攻めすぎる理由はなにもないが、バイクの懐の広さを覚えた。下りが安全なバイクというのは、ロングライドの安全に直結することは言うまでもないだろう。
挑戦へ踏み出すためのバイク
その名前からして、本来Roubaixは石畳のようなフラットで荒れた路面で乗るべきバイクだろう。しかし、このバイクを選ぶ、あるいは惹かれる我が国の多くのライダーにとっては、登坂とダウンヒル性能も無視できない。延々と続く平坦路が少ない国土だから、ロングライドをしようとすると必然的に山が含まれるからだ。
このバイクが「挑戦」を掲げることを踏まえると、自分の自己最長距離のライドに挑んでみたくなる。昨年フランスでブルベの最高峰、パリ〜ブレスト〜パリを見て以来、どんなバイクで走るかを日々夢想しているが、S-Works Roubaix SL8がその一台になりうると強く思い始めている。緩やかなアップダウンが連続するコースは軽量でエアロな車体が活きるはずだし、Future ShockとAfterShockの恩恵はライドが長時間になるほど大きくなる。それに、ナイトライドも強いられるからこそ、暗く荒れた路面に安心感を持って走れることはアドバンテージだ。
挑戦を夢見るのは誰でも自由だ。それを踏み出す勇気を、S-Works Roubaix SL8はもたらしてくれそうだ。
S-Works Roubaix SL8
フレームセット価格:737,000円
完成車価格:1,463,000円(SRAM RED ETAP AXS)
スペシャライズド 3 Icons、次回は「Tarmac」で2000m級の峠へ
スペシャライズド 3 Iconsには他に「勝利」を体現するTarmac、「自由」を象徴するAethosがある。次回記事ではTarmacで初秋の2000m級の峠へ向かう。
男女ワールドツアーで勝利を量産するトップレースバイクのTarmac。もちろん掲げるメッセージは「勝利」。プロの要求に応え切る、オールラウンドなレースバイクとして完成された一台。
「ライドをそのものとして楽しむ」ためのバイクがAethos。軽量バイクとして注目されることも多いが、その本質は優れた体験にある。富士スバルラインの20kmに及ぶ登坂では、このバイクをじっくりと味わった。
▼富士スバルラインを走った「Aethos」の記事はこちらから
- BRAND :
- Bicycle Club
- CREDIT :
- TEXT:小俣 雄風太 PHOTO:水上俊介
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