新型ドグマF試乗記“F世代”の集大成|PINARELLO
安井行生
- 2024年07月31日
ツール・ド・フランス、そしてオリンピックを前にモデルチェンジをしたピナレロのドグマ。そのモデルチェンジ。しかし、正直車名の変更はなく、見た目も前作に酷似している。ここでは自転車ジャーナリストの安井行生が試乗、第1世代のドグマFと新型、第2世代のドグマFの違いをレビューする。
さすが高級車
試乗車を大きな箱から出した瞬間、高級感にしばしポーっとなった。試乗車のカラーはLUXTER BLUE。青から紫へと変化する偏光性塗装はともすれば下品になってしまうものだが、本車のそれは彩度がそれほど高くなく上品だ。クリア層は凹凸の細かいセミマット。この色で艶ありにするとギラギラしすぎてしまうだろうし、マットが強すぎるとフレーム形状の輪郭がぼやけてしまうだろう。色味にしろマット具合にしろ、入念に吟味されたものだと思う。
意地悪くフレームの隅々まで凝視したが、フレーム表面の平滑度は非常に高く、塗装の粗もない。自転車に明るくない人が見ても明らかに高級なものだと分からせる外観の仕立て。装着すれば傷つくと分かっていながらシートポストまでフレームと同色で塗ってしまうあたり、イタリアの伊達を感じる。シートポストが真っ黒になるだけでこの高級感は半減してしまうだろう。さすが。
高級車だから気を遣うというわけではないが、信号待ちでうっかりトップチューブに腰掛けて砂粒や埃でクリア層のマット仕上げを変形させてしまわないように注意しながら走り出す。
「硬くなった」という評価が多いという噂を聞いていたから内心かなりビビっていたが、意外にも脚を跳ね返すような刺々しさはなく、ペダルがスルリスルリと落ちていく。その結果、軽快に加速してくれる。カンパニョーロのカーボンクランクや新型ボーラとの相性がよかったことも影響しているだろうが。
ただこれは剛性感の話であって、実際の剛性値は高く、貧脚ながら力んでみると、フレームの芯には絶対不動の強固な土台があることが分かる。いくら踏んづけてもフレームの限界は遥か高みにある。
もちろん、「低負荷のときは柔らかく、入力が大きくなると剛性が上がる」なんてことは工学的にありえないから、ペダルの入力方向による剛性の違いがペダリングフィールとして表出したものだと思う。
ハンドリングは低速域ではヒラヒラと落ち着かないが、高速域になるとビシッと安定するようになる。レーシングフレームだからこの仕立てでよい。
専用ハンドルだが、個人的には握りやすく不満はなかった。ただ、コラム断面を楕円としたことで、ノーマルステムは付けられなくなってしまった。ポジション自由度としては下がったことになるが、ステム長80~140mm、ハンドル幅340-400~400-460mmとサイズラインナップが比較的豊富なので、「合わなくてどうにもならない」というケースは少ないのかもしれない。
絶対性能と官能性能
先代ドグマFもお借りすることができたので、同条件で比較した。ただし試乗車の都合で先代はフレームサイズが500となる(新型の試乗車は筆者にジャストは465)ため、参考程度に。
先々代であるドグマF12は走行感がどこか刺々しく、速いは速いが挙動に深みがなかった。それと比較すると先代ドグマFはペダリングフィールがややマイルドになり、高出力でも踏み続けやすくなっていた。最初は初期加速が鈍くなったと感じたが、わずかなタメができたことで低負荷やヒルクライムで軽やかさが生まれ、高速ではより伸びるようになっている。ドグマF12→先代ドグマFの変化は、メリットのほうが大きいと判断した。
新型ドグマF、基本的に先代と走りの方向性は似ているが、脚当たりのよさはそのままに、新型のほうがやや俊敏になっている。さらに、先代より高負荷時にハンガー周りの無駄な動きが抑えられており、シャカリキになってペダルを踏んでいるときでも安定感を失いにくくなった。差はかなり小さいが、レーシングバイクとして新型のほうが完成度が高い。
思い返せば、ドグマがF世代になってから、どんどん高剛性化が進んでいた。F8~F10~F12と、いずれもアマチュアにとってはガチガチと表現したくなるほどの剛性だったが、先述したように先代ドグマFでペダリングフィールを柔和にし、性能を維持したまま一体感が高まった。新型もその方向性を堅持したということは、おそらく作り手に「現代レーシングバイクはこうあるべき」という意図があるのだろう。
人がペダリングするときは、二本の脚が垂直方向に上下運動を行う。人間の骨格上、左右のペダルの間隔は広げられない(がに股だとペダリング効率が下がる)。要するにフレームは左右に薄く作らなければならない。前後に長く左右に薄いものの横方向の剛性を上げるのは難しい。プラスチックの定規は縦方向には硬いが、横方向にはペナペナである。だからかつて金属フレームの時代は、各メーカーはフレーム剛性を上げることに躍起になっていた。
しかしスチールやアルミとは比べ物にならないほどの弾性率を誇る炭素繊維がフレーム素材の主流になると、高剛性化は比較的容易に達成できるようになる。前面投影面積の減少(=チューブの小径化)と軽量化という、高剛性化とは相反する2つの要素を差し引いても、ロードバイクは硬くなった。
だから高剛性化させやすくなった現代においては、「動力伝達性の確保(≒高剛性化)」と、「踏みやすさ・脚当たりのよさなどのフィーリング」の両立が求められるようになる。
そこにおいて、ピナレロはすでに一つの正解に手を掛けつつある。新型の「動力伝達性とフィーリングの両立ポイント」は先代よりも高くなった。今回のモデルチェンジには意味があると思う。
新型ドグマのスタイリング一考
ファウスト氏はいつも「塗装がなくとも一目でピナレロだと分かるようなフレームでなくてはならない」と言う。それを子供っぽいと断ずることは容易だが、ブランドの時代を生き抜くには大切な矜持だろう。
というわけで、試乗記の最後は、主に主観の産物である「形から受ける印象」、要するにカッコよさについて簡単に分析してみる。
新型ドグマ、確かに「形が持つ力」は強い。個性的であり、アクが強いが、醜悪には至っていない。ここまで各チューブをぐにゃぐにゃに湾曲させカクカクと折ってしまうと、ともすれば奇をてらっただけの醜い自転車になってもよさそうなものなのに、実物は絶妙なバランスでエレガンスが成立している。しかも、均衡をとるのが難しいスモールサイズでもそれが破綻していない。
自転車においてフレームは風と応力をもろに受ける部品でもあるから、形状=性能というシビアな世界である。形で遊ぶ余地がほとんど残されていないのだ。だからデザイナーが「インスピレーション」やら「アタシのセンス」やらで暴走すれば、たちまち「形だけは立派で走りはメタメタなゴミ」の一丁上がりである。実際、そういうロードバイクは今でも少数ながら存在する。個人的には近づきたくもないが。
新型ドグマが素晴らしいのは、見た目の魅力と実際の性能とのバランスである。ルックス上の魅力を保ちながら、先述のとおり走りは非常にレベルが高い。素晴らしいデザイン手腕とエンジニアリングだと思う。
先代ドグマFと新型ドグマF、2台を並べてみると、形状そのものはほとんど変わっていないのに、新型のほうが魅力的だと感じる。つぶさに見比べてみると、その原因らしきものに気付いた。トップチューブ後端が描くラインだ。
先々代のドグマF12~先代ドグマFでは、横から見たときにトップチューブ後端のラインがダックテールのように跳ね上がっている。たった数ミリの「デザイナーの遊び心」なのかもしれないが、もともとシンプルなロードバイクのフレームにあっては、このたった数ミリが「デザインが饒舌にすぎる」という印象を与える(あくまで新型と見比べた結果の主観印象にすぎないが)。
しかし新型のトップチューブのラインは、中ほどで一回下方に折れたあとは、素直な直線を描き続け、シートチューブとの交点でフッと消える。
それによって、新型のほうがすっきりとして優雅になった。たかが数ミリである。性能的にはどうでもいいところだろう。しかしこの数ミリが、バイク全体の印象に大きな差を与えている。
個人的には、形状は機能に従うべきだと思う。先述のとおり、自転車のフレームは形=機能であるからだ。ただしピナレロのようなメーカーの立ち位置を考えると、ファウスト氏が言うように「見た目の魅力」も非常に重要だ。このデザインの磨き上げ作業は賞賛に値する仕事だ。
専用シートポスト込みで115万5000円。この新型ドグマFに乗るには19万円3600円の専用ハンドルが必須なのだから、実質的には130万円超のフレームセットであり、相応しいパーツで組むと軽く200万円を突破する。貧乏サイクリストとしては呪詛の言葉の一つでも吐きたくなるし、「高いんだからよくて当たり前でしょ」とも思うが、「塗装や見た目の高級感」と「性能とフィーリングの両立」の2点を同時に備えているという点において、新型ドグマFは他車にはない魅力を有している。F世代の集大成と評していい仕上がりである。
▼ピナレロ・ドグマF紹介記事はコチラ
▼ファウスト・ピナレロ氏のインタビュー記事はコチラ
- BRAND :
- Bicycle Club
- CREDIT :
- 編集&撮影:バイシクルクラブ編集部
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