新型エアロード プロダクトマネージャーに聞く キャニオンが向かうべき未来|CANYON
安井行生
- 2024年08月14日
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ドイツの自転車ブランド「CANYON(キャニオン)」の新型エアロードのローンチイベントに際して、27歳という若さにしてプロダクトマネージャーに任命されたスヴェン・ロイター氏が来日。先日、試乗にてエアロードの新旧比較を行った安井が話を聞いた。
▼キャニオン新型エアロードの試乗レビューはこちら
若返りが進む開発陣、なんと27歳
「アナと雪の女王」に出てくる心優しいトナカイと同じ名前のスヴェン・ロイター氏。キャニオンの新型エアロードのプロダクトマネージャーだが、年齢なんと27歳。キャニオンの技術陣は全体的に若返りが進んでいるという。
かつて筆者がこの仕事を始めた頃、話を聞いていたメーカーのエンジニアは自分より大幅に年上の人たちだったが、いつしかこんな若い人がインタビュー相手になった。時の流れと押し寄せる年波を感じる。ちなみに「アナと雪の女王」の公開は11年前。ついこの間のような……。
スヴェン・ロイターさん
1996年ドイツ生まれの27歳。幼少のときからレースを始め、世界選手権ジュニア個人TT では7位に入賞。アンダー23時代にプロデビューし、プロコンチネンタルチームに所属しレース活動を行う。怪我が原因で引退した後、スポーツ自転車業界へ。ドイツの自転車通販会社を経てキャニオンに就職、若手ながら新型ロードバイクのプロダクトマネージャーに抜擢された。
プロダクトマネージャーということは、図面を引いているエンジニアではなく、市場やチームのニーズを開発陣に伝える/価格やスペックを決める/グローバルな販売戦略を練る、といったことが主な業務であり、バイクの開発を統括する立場だから、あまり技術的に細を穿つ質問は避けなければならない。視点を高めにとって話を進める。
若いとはいえ彼は6歳のときに自転車レースを始めたというのだから、自転車歴は筆者とそれほど変わらない。そのときはカーボンが全盛になるまだ前で、23Cのチューブラータイヤでリムブレーキの時代だ。
各社間の技術戦争
安井:昨今のロードバイクの変化には目を見張るものがあります。タイヤがワイドになり、チューブレスになり、ディスクブレーキになり、空力性能が必須になり……キャニオンとしてはそんな状況をどう考えており、それにどう対処しているんでしょう。
スヴェン:確かに最近の自転車は技術の進化が激しいですね。今は、どのメーカーも技術戦争をしている状態だといえます。とくに空力に関しては進化が大きく、重要性がどんどん高まってきています。キャニオンとしては、軽量性と空力性能のバランスにフォーカスして日々製品を開発しています。
「空力」と「万能」の統合について
安井:軽量万能バイクとエアロロードを一本化するメーカーも多くなってきましたが、キャニオンのいう「軽量性と空力性能のバランスにフォーカス」は、エアロードとアルティメットの統合にはならないんですか?
スヴェン:もちろん、モデルの分離・統合については常に検討はしていますし、これからどうなるのかは分かりません。しかし現在においては、「エアロロードと軽量モデルを作り分ける」という選択がもっとも理にかなっていると判断しています。というのは、キャニオンはプロチームから「プロトンで一番速いバイクを作ってくれ」と求められています。しかも、UCIルールの最低重量を守らなければなりません。となると、自ずと空力優先となります。
安井:それがエアロード。
スヴェン:はい。一方、イタリアのドロミテを走るようなアマチュアレースでは、空力より軽さが重要視されます。ロードバイクが激しく進化したことで、想定される状況によって求められる性能が変わってきたんです。
安井:ということは、「エアロード=プロもしくはそれに準ずるハイアマチュア向け」、「アルティメット=アマチュア向け」という認識ですか?
スヴェン:完全にそう分けているつもりはありません。確かに現時点ではエアロードはプロ向けになっていることは事実です。ただ、アルティメットがアマチュア向けというわけではなく、全体のバランスや軽量性を重視するユーザーに向けて作っています。
安井:日本で聞いたプレゼンには、「ツアー・マガジンの風洞実験で1位を獲得するために開発を進めた」というようなニュアンスがありました。いちメディアの実験にキャニオンほどのメーカーがそこまで力を入れることに驚いたんですが。
スヴェン:(笑)。確かにツアー・マガジンは自転車業界で大きな影響力を持っていますが、ツアー・マガジンで1位を獲るために開発をしたわけではありません。我々はあくまでプロチームとカスタマーのために開発をしています。
防御は最大の攻撃
安井:では空力設計について。近年、トレックのマドンやサーヴェロ・S5、ビアンキ・オルトレのような斬新な空力設計の自転車が出てきましたが、エアロードは前作とほとんど変わらず、オーソドックスな空力設計ですね。その理由は?
スヴェン:他社がトライしているような新しいアプローチも検討はしました。しかし前作のエアロードで、空力性能はほとんど完成されていたんです。そこで今回のモデルチェンジでは、空力面は前作を踏襲しつつ、ハンドルの汎用性、ベアリングの耐久性、ボルト周りなど、細かい部分にこだわりました。それによって、整備や調整をできるだけ容易にし、ショップやユーザーが困らないように意識しました。斬新な機構を採用することでメンテナンス性を下げるより、運用面を重視したのが今回のモデルチェンジというわけです。
安井:BMCやトレック、キャノンデールはフレームに合わせた専用ボトルを作って空力を煮詰めてきましたが、キャニオンはなぜやらないんでしょう?
スヴェン:キャニオンはフィドロックを採用したエアロボトルを発売していますが、あくまでアフターマーケット用で、エアロード専用ではありません。エアロードは一般的な円形のボトルを前提としています。理由は、レース現場からの要望。チームカーからボトルを受け取る場合の扱いやすさや汎用性を考慮した結果なんです。社内でも議論はしており、これまでボトルに関しての研究はしてきましたが、今回は専用品を採用することはありませんでした。
安井:では、ホイールについて。キャニオンほどの規模のメーカーがオリジナルホイールをやらないことが不思議なんですが。
スヴェン:確かに、多くのバイクメーカーが自社のホイールブランドを展開しています。ただキャニオンはどんなホイールを使っても高い空力性能を発揮できるように設計しています。なぜかというと、チームによって使うホイールが異なるからです。例えばアルペシンはシマノホイールユーザーです。トータルバランスを考え、専用ホイールに特化させることはしませんでした。
パーツアッセンブルとグレード展開の謎
安井:ではパーツのスペックについて。フロントが25Cだったり、リヤのスプロケが30Tだったり、空力や完成車重量を重視するあまりに実際の使い勝手とは乖離しているような印象を受けるのですが……。
スヴェン:そういった意見があるのは承知しています。ユーザーによって重視すべきポイントは変わってくると思いますが、前後30Cが正解だと言い切れません。キャニオンなりの空力を重視した設計によって、今回もフロント25C/リヤ28Cという組み合わせにしました。カセットですが、105グレードに関しては大きめのカセットを装着しており、ターゲットとなるユーザーに乗りやすいように配慮をしています。それに、タイヤやカセットはユーザーが購入後に交換することが容易です。用途に合わせて交換して乗っていただければと思います。
安井:次に、SLグレードをなくしてしまった理由について。これまでのSLグレードのユーザーはどうすればいいんでしょう?キャニオンの考え方は?
スヴェン:エアロードのコンセプトはあくまで「パフォーマンス追求」です。現代のエアロロードとしてのパフォーマンスを追求すると、無線変速コンポが必須となります。変速が機械式で外装となると、コンセプトに合わなくなってしまいますからね。なので今回のエアロードは無線変速コンポを採用できるSLX以上のみとしました。ただし、SLXグレードにはCFRと同じコックピットで無線コンポとカーボンホイールを採用しつつ、60万円以下のモデルもあります。今までSLグレードを買ってくれていたユーザーのために、頑張ってSLXの価格を抑えました。
現実と理想の間で
安井:今回のモデルチェンジで、ドロップ部のバリエーションが追加されたり、ステム部分の追加購入が可能になったりと、キャニオン専用ハンドルのデメリットが解消されつつありますが、理想形は「バイク購入時に最初からサイズを選べるようすること」でしょう。そうはできないんですか?
スヴェン:もちろんそういう意見があることは承知しています。しかし我々はBtoCビジネスをしており、膨大な顧客データを持っています。それをもとに最適だと思われるハンドルサイズを完成車に付けており、それによってあらかじめ多くのライダーに合う状態になっていると考えています。もし変更したい場合は、後から追加で買っていただけるようなシステムを作りました。ただし、ここには議論の余地があると思っており、これからの新しい取り組みで改善していきたいと考えています。
安井:ありがとうございました。
技術力は一級、価格面では優位、あとは……
通販という業態のまま、ここまで規模が大きくなったスポーツバイクメーカーはキャニオンが初だ。今までどのメーカーも到達したことのない領域。当然、配送、フィッティング、アフターサービスなど、問題が噴出した(している)はずだ。
新型エアロードに乗らずとも分かるが、キャニオン、技術力は一級である。価格面での優位性は確立されている。残されるのは、直販ならではの問題点をどう解消するか、だ。キャニオンの勢いならそれが果たされる日もそう遠くはないかもしれない。スヴェンさんの言葉の端々から、そういうニュアンスが漏れ出ていた。
例えば、希望のハンドルサイズ、ホイール、クランク長、ギヤ比などを最初から選べるだけでなく、オーダー時に自分のバイクのポジションを入力するとそれにぴったり合わせて組まれた新型のキャニオンが届くとか、オンラインによる独自のフィッティングサービスを展開しオプションパーツの販売と連動させるとか、通販ならではのメリットをできるだけ減じさせずにショップを介して販売店の利益を確保しつつアフターフォローのクオリティを上げるとか。もしそういうことが実現するなら、未来はもうキャニオンの独り勝ちとなるかもしれない。
- BRAND :
- Bicycle Club
- CREDIT :
- 編集:バイシクルクラブ 撮影:古谷 勝
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