『モダンエルダー』——老害、早期退職を勧められる人、にならないための本
- 2022年01月25日
INDEX
自分を賞味期限の迫った古い牛乳のように感じてしまう
私は52歳だ。この記事を読んでいる方にはご同輩、もしくは近い年齢の方も多いはずだ。今の若い人には想像しにくいと思うが、我々が就職する頃、多くの人は、係長、課長、部長……と昇進し、結婚し、子供をもうけ、家を建てる未来予想図を立てていた。
我々の親の世代は、敗戦の焼け野原から日本を立て直し、高度経済成長をひた走った世代であるから、若くしてポストに着けたし、次々と昇進していった。私の親も30歳前後で大学教授になっている。そして彼らは、次の世代である我々にも同じ絵図を提供し、我々もそれを目指した。
しかし、高度経済成長にともなう人口増加によって、ポストを得られる人の割合は減った。当の親世代もポストを譲らない。したがって、我々の世代は歳を重ねるごとに「あれ? 思うようにいかない」ということに気付く。
さらに、最近では、若手の登用や、ジェンダーの平等化(素晴らしいことではあるのだけれど)によって、我々『オッサン』の座れるポストはさらに減る。若い頃には、年功序列の最下層を経験したのに、年齢を経た頃にはその序列は崩れ去ってるのだからたまったものではない(本書によると米国の労働人口の約40%が年下の上司を持つという)。
現に私だって、2000年頃に編集長になって以来、1mmたりとも昇進していないし、若い上司の指示の元に仕事をしている。「編集長ならいいではないか」と言われそうだが、以前は(今はちょっと違うのだが)『課長級』という扱いだから、一般論でいえば20年来の『万年課長』のようなものだ。とはいえ、今や万年課長でいられるだけでもありがたいと考えるべきかもしれないが。
ともあれ、ポストを得て部下に『老害』と陰口を叩かれるのも、若い上司に『早期退職プラン』を突きつけられるのも面白い話ではない。しかし、思うように出世して、こういう悩みと無縁だったという人は多くはないはずだ。むしろ、多かれ少なかれ、人生は思うようにいかないものだ。
『世の中は否応なく年齢を意識させる。自分の存在感がなくなることを怖れる人はますます増えている。自分を賞味期限の迫った古い牛乳のように感じてしまう人もいる。ベビーブーマーはこれまでの最高の健康状態にあり、仕事で活躍し長く働けるようになったのに、世の中からますます取り残されていくように感じている。自分たちの経験(と残された時間)が上司や雇用主から、資産ではなく負債と見られるのではないかと心配している』
どうだろう? 心当たりがある方も多いのではないだろうか? 私は大いに心当りがある。
歳を重ねること。思うように評価されないことは人の心を蝕んでいく。そうならないための指南の書がこの『モダンエルダー』なのだ。
『職場の賢者』を目指す
モダンエルダー
https://amzn.to/3fsHvS3
この本を送って下さったは『ファクトフルネス』( http://blog.sideriver.com/flick/2019/01/fact-fulness-0a3c.html )で110万部の大ヒットを飛ばした日経BPの編集第一部長の中川ヒロミさん。解説は、元Evernote日本代表、現Scrum Venturesパートナーの外村仁さんが書いていらっしゃる。
著者は、若くして起業し世界第2位のブティックホテルチェーン『ジョワ・ド・ヴィーヴル』を作り育てたチップ・コンリー氏。彼は、ホテル業界の不況を受け52歳で自らのホテルチェーンを売却、IT系企業の経験がないままにAirbnb社に参画し、同社の躍進の一翼を担ったという人物。この本は、Airbnb社で20歳ほど年下の経営陣やエンジニアと仕事に取り組んだ経験が下敷きとなっている。
モダンエルダーとは耳慣れない言葉だが、『エルダー』とは『年長者』『先輩』というような意味。つまりともすれば職場において、うっとうしい存在や、今や『お荷物』とされる存在。しかし、この本が言うのは『モダン』な『エルダー』、つまり『現代的な年長者』ということになる。
本に記されているのは、表紙のサブキャッチの通り「40代以上が『職場の賢者』を目指す これからの働き方」ということになる。
『人は自分をマッチョに見せたがる』
年下や女性の上司との付き合いに困難を感じるのは、『年功序列の世界にいた自分』であり『マッチョ』な部分だ。比較的そういうことに抵抗のない筆者でも、年下の女性の上司や役員に、叱責されてる姿を妻や子供たちには見せたくはないと思う。
そういえば、91歳になったクリント・イーストウッドの最新作『クライマッチョ』では、年老いて過去の栄光から遠ざかった主人公がこう言う。
「Just people trying to be macho to show that they’ve got grit. That’s about all they end up with.(人は自分をマッチョに見せたがる。力を誇示するために……それが、何になる)」
イーストウッド(そして彼が演じる劇中のマイク)はかつて、マッチョの中のマッチョだった。イーストウッドは西部劇では悪党をなぎ倒し、『ダーティハリー』では44マグナムで、情け容赦なく悪党を吹っ飛ばしていた(マイクはカウボーイで、ロデオのヒーローだった)。その彼が、この映画では銃を撃つ事はなく、派手なアクションもなく、ただ淡々とメキシコから連れ戻してくれと友人に頼まれた14歳のラフォに男としての生き様を示す。
それは、マッチョな生き様ではなく、知恵と慈しみに満ちた賢者の生き方だった。孫のような世代のラフォは最初は荒れていたのに、次第にイーストウッド演じるマイクの生き方に学ぶようになる。マイクはラフォにとって、ある意味、モダンエルダーだったのだと思う(この私の視点が、チップ・コンリーさんの描いている『モダンエルダー』というビジョンと正確に合致しているかは保障の限りではない)。
「オレはマッチョだ、だから言うことを聞け」という老害でも、「マッチョじゃないから敗北した」という早期退職者コースでもない、職場で尊敬され、頼りにされる「モダンエルダー」。
マッチョを目指して勝ち残れる人はほんのひと握り。そして勝ち残っても本当の意味で尊敬されるかどうかは疑問といってもいいだろう。だからこそ、新しい世代と共存し、彼らに尊敬され、彼らに学びを与え、また彼らから学ぶ存在にならなければならないということだ。
若いあなたにこそ読んで欲しい
この本は、老害予備軍、早期退職者予備軍のためだけの本かといえばそうではない。
むしろ、彼ら(というか我々)を部下として抱えなければならない『若き上司』『若き雇用主』にとってこそ役に立つ。接し方を間違えると、我々オッサン世代はうまく協力し、戦力になることが困難になる。しかし、上手くコミュニケーションを取れば、何十年という経験を持ったベテランを自分のチームに取り込むことができるのだ。高年齢層が増えるこれからの時代、これができるかどうかで業績に大きな差がつくであろうことは言うまでもない。早期退職者として高コストな高年齢層を追い出すばかりが雇用調整ではない。
『オッサン』をいかに『モダンエルダー』にするか、半分は本人の責任だとしても、半分は『若き上司』『若き雇用主』に責任のあることなのだと思う。そういう人にとっても大変役に立つ本だ。
どうすれば、モダンエルダーになれるのか?
もちろん、簡単にモダンエルダーになれるワケではない。我々だって、高齢の上司、先輩の話にうんざりしたことはある。今で言うところの『老害』というヤツだ。自分が老害めいた存在になっていると分かっていても上から目線の発言、長話になってしまう(これも心当たりがある)。
本書はそんな我々がモダンエルダーになるための指南書でもある。
どうすれば、新たに人生を設計できるか。勉強し、進化するためには、どういうマインドセットで挑戦しなければならないか? 若い人たちとコラボレーションするにはどういう姿勢で取り組めばいいか? 逆に若い人たちはどうすればモダンエルダーの力を自分たちのチームの力として引き出せるか? モダンエルダーが真価を発揮できる『司書・相談員』という立ち位置で生きて行くためにはどのように若者に接すればいいか? そして、自己を改革し、人生を建て直し、転職し、海外に移住し、新たなキャリアを切り開くにはどうすればいいのか? 先人の経験談から学ぶことができる。
少々分厚い本なので(約400ページ)一気に読むのが大変だなと感じた人は、巻末の外村さんの解説を読んで概要を把握してから、興味のある部分を読み込むといいかもしれない。私は面白かったので、週末に一気に読んでしまったけれど。
我々と同じ、オッサン、オバサン層は、平穏で新たな人生を切り開くために。若者は我々や、我々の先輩たちと上手く付き合い、力を引き出すために、そしていつか自分が生きる道を探るために……ぜひ今週末にでも読んでいただきたいと思う。
(村上タクタ)
(最新刊)
flick! digital 2022年1月号 Vol.123
https://peacs.net/magazines-books/flick-1217/
子供を伸ばす! 学校と家庭のiPad超活用術
https://peacs.net/magazines-books/flick-1064/
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PROFILE
flick! / 編集長
村上 タクタ
デジタルガジェットとウェブサービスの雑誌『フリック!』の編集長。バイク雑誌、ラジコン飛行機雑誌、サンゴと熱帯魚の雑誌を作って今に至る。作った雑誌は600冊以上。旅行、キャンプ、クルマ、絵画、カメラ……も好き。2児の父。
デジタルガジェットとウェブサービスの雑誌『フリック!』の編集長。バイク雑誌、ラジコン飛行機雑誌、サンゴと熱帯魚の雑誌を作って今に至る。作った雑誌は600冊以上。旅行、キャンプ、クルマ、絵画、カメラ……も好き。2児の父。