紅葉の飯豊連峰 2泊3日の女子山旅
PEAKS 編集部
- 2020年10月05日
INDEX
夏山登山のにぎわいから落ち着きを取り戻し、山は木々が真っ赤に燃える紅葉シーズンへ。東北屈指の長い稜線をたどる、あこがれの飯豊連峰は想像を超えるような静寂に包まれていた。テントを担ぎ健脚女子がゆく、赤く熱い縦走旅のはじまりはじまり。
写真◉岡野朋之 Photo by Tomoyuki Okano
文◉福瀧智子 Text by Tomoko Fukutaki
取材期間:2016年9月26日~28日
出典◉PEAKS 2017年10月号 No.95
静寂の錦秋に息をのむ。
1年でもっとも日本の山が混み合う日は、お盆休みではなく、じつは紅葉の最盛期、とくにその週末という山域が多いそうだ。
たとえば、9月最終週や10月第1週末の涸沢は、テント数が千近くに達するなど、そのにぎわい方はものすごい。比較的容易な道のりや街からのアクセスのよさ、行けばだれもが納得する美しさ……などから、その人気ぶりはうなずける。
かくいう自分も最盛期に足を運んだクチだし、色づいた山肌に見入るたくさんの人々に交じってご多分にもれず感動の声をあげた経験もある。いま、その光景を頭の片隅で思い出しながら眺めているのが、どこか〝隔絶感〞すら感じてしまう飯豊連峰の秋である。周囲一帯にだれひとりいない。まさに〝貸し切り〞とはこのこと。あまりの静寂ぶりに鳥肌が立ち、思わず身震いせずにはいられなかった。
飯豊連峰の縦走は長い尾根登りから始まった。
「初日にいきなりこの登りはさすがにきついですね……」
「日本はどの山も急な登りで始まるけど、これはたしかに長いね」
ハァハァという規則正しい息遣いを挟みながら、前後から女性の声が聞こえてくる。
「やっぱりおつまみ担ぎすぎましたかね?」
「いや、それは例外でしょ!」
どうやら飲ん兵衛女子たちのようだが、言葉の端々につい弱音が混ざるのも仕方がない。なんたってかれこれ5時間以上丸森尾根の上に敷かれた一直線の急登を黙々と上がってきているのだから。
入山した飯豊山荘近くの登山口からいきなり手を使うような登りが始まり、沢の音がどんどん遠ざかっていった。汗をかいてブナやミズナラが覆う尾根をたどっていくと、谷向こうの切り立った梶川尾根が雲に飲み込まれて、木々の濃い緑が霞んでいく。
いまにも降り出しそうな曇天模様で、湿気むんむん。上はしっかりと紅葉しているのだろうか?
数々の心配ごとを頭によぎらせながらひたすら標高を稼いでいく。
ことの発端は2カ月前に「紅葉の飯豊へ女性だけでテント泊山行に行ってもらえないか?」と編集部から依頼を受けたことだ。前から行ってみたい山域だったからひとこと返事で引き受けたが、東北屈指の長い稜線をたどるのだからメンバーはだれでもいいというわけにはいかない。そこで狙いを定めて声をかけた健脚女子が、今回の顔ぶれだ。
すでに小誌でもおなじみ、長野在住の大森千歳さん。クールなビジュアルに反してじつは無類の食いしん坊で、個人的に〝大盛りチーちゃん〞と密かに呼んでいる。
次に富山在住の加納陽さん。弾けるような笑顔が親しみ深く、そのうえ料理上手と来たもんだ。同行した唯一男性の岡野カメラマンが「ええなぁ」と鼻の下を伸ばしているのを何度も盗み見た。
そして3人目、今回の妹分がマウンテンハードウェア広報相当の新井春菜さん。登山に目覚めたのは数年前だが、そのバイタリティでめきめきと経験値を高めているアウトドア業界の元気印。
個性豊かなメンツだが、総じて共通しているのが体力・気力ともにタフで明るいこと。天気や紅葉の具合はさておいても、確実にいい山行になるのはすでに決まっているも同然なのである。
3県の県境にまたがる奥深い飯豊連峰。
さて、核心部へと足を伸ばす前に「飯豊連峰」がどんなところか基本知識をおさらいしておこう。
飯豊は〝深い飯豊、遠い朝日〞と例えられるように、新潟・山形・福島の3県の県境にまたがる東北の山奥深くにあり、越後山脈に属している。
全長は南北へ約40㎞。たおやかな曲線を描きながら長く延びる主稜線上には、最北端の朳差岳(えぶりさしだけ)をはじめ、鋭鋒の北股岳、連峰最高峰の大日岳、花の御西岳、主峰の飯豊山……などが連なっている。
国内でも指折りの豪雪地帯だからゴールデンウィークは人の立ち入りが少ないが、残雪が消え、7月から8月になると花々が咲き競って大規模なお花畑が方々に出現。この期間が夏山のベストシーズンだ。8月をすぎると登山者は徐々に減るが、9月下旬から10月初旬ごろあたりまで静かな紅葉シーズンが稜線上に訪れる。
それが、いま。
終わらない急登で一向はずいぶんとバテているはずなのに、山の上が目前に迫ってくるとそんなつらさもいつしか吹き飛んでいた。
そうしてひょこっと飛び出るようにしてついに主稜線に乗ると、風景は一転!
色とりどりの絵の具で塗り分けたように、とくに西斜面では木々が鮮やかに色づいていた。黄色、朱色、赤、橙だいだい……。それだけではない。蛍光色としか表現しようのないあでやかな色味の葉もあったりする。
「特色ですね」
「特色やな」
ハイマツや笹原の隙間から強く主張する、どこか異様なほどビビッドな色を眺めて岡野カメラマンとふたりつぶやく。
登山口からすぐ飯豊の洗礼を受ける。沢の音がどんどん遠ざかっていった。
〝特色〞とは印刷用語のひとつで、通常の印刷では表現しきれない色味を出すため、特別なインクを使用する印刷技術のこと。まさにそんな特色が、紅葉の時期になると当たり前のように山を染めるのだから、いつも自然が不思議でならない。
「こんな紅葉いままで見たことないです。しかも人が全然いない!」
と、隣りではまだまだ紅葉ビギナーだという新井ちゃんが早くも興奮気味だ。
初日の宿泊地・門内小屋まではまだ2時間弱ある。が、テント場が埋まるからと先を急ぐ必要もここではない。静寂に包まれた稜線をゆっくりと登って行く。
葉脈のように広がって深い谷が落ちてゆく。
明け方ごろから小雨がテントを叩いていた。
懸念していたとおり、朝から天気がよろしくない。しかも風があって寒い。紅葉の海を泳いで歓声をあげる心づもりだったのに、この天気。雨交じりの雲のなか、北股岳、梅花皮岳(かいらぎだけ)、烏帽子岳……と、足早に進んだ。
歩けど進めど濃密なガスが周囲を取り巻き、視界は閉ざされたまま。見るものがないから、つい足元周辺をぼんやりと見てしまう。
すると気づくのが、稜線の左右の斜度や地形の違いだ。
はるか昔から変わらずここにある飯豊。私たちの一喜一憂は一瞬の点なのだろう。
日本海の影響を強く受けるこのエリアの気象の特徴は、なんといっても冬の北西風がもたらす大量の積雪。新潟県側(稜線の西側)は吹きさらしのため雪が飛ばされて留まらない一方で、風下の山形県側(東側)は雪が吹きだまって、せり出した雪庇が繰り返し崩れ落ちることになる。
そうして発生する雪崩のパワーが岩を少しずつ削り取って雪食が進み、長い年月をかけて東側だけ急峻な深い谷が作られてきた。これを「偏東積雪」と呼ぶのだが、東北の朝日山地や神室山地にも同様の現象が起き、頂稜が非対称になっているそうだ。
黙々と歩きながら、葉脈のように広がって東側へ落ちてゆく深い谷を眺めていると、この2泊3日の山行がとてつもなく短い時間のように感じてしまう。はるか昔から変わらずここにある飯豊にとって、私たちが天候に一喜一憂し、紅葉の鮮やかさに見惚れる時間は、きっと一瞬の点にしかすぎない。
雲の合間に見え隠れするどっしりとやさしい山並みを眺めていると、どこか途方もなく大きなものに包まれているような気持ちになる。
ううむ、もの思いにふけってしまうのは、この雨と周囲を覆う静けさのせいだろうか。
空模様が一転突如現れた大日岳の雄姿。
それは、御西小屋のテント場で霧雨のなかテントを立てているときだった。
頭上には変わらず白い雲が広がっていた。が、気づくとさきほどまでとは異なって、その色は洗いたてのシャツのような白さに変わっていた。もしや……と思いをめぐらせていると、「青空!」とチーちゃんが後ろで叫んだ。
その声につられるようにサッと風が抜けた途端、流れる雲の切れ間から初めて目にするまぶしい太陽の光。まぎれもなく抜けるような青さの秋の空が広がっていた。
「あっち見てください!」
今度は加納さんだ。
大日岳へと続く草原と谷に散る紅葉が夕陽で黄金色に照らし出されいた。
一斉に西を振り向くと、分厚い雲が動き出し、そのむこうに大日岳の巨体が姿を現した。
岡野カメラマンが自分の装備を放り出し、一眼レフを引っつかんでシャッターを押し始める。大日岳へと続く雄大な草原と谷に散らばる紅葉が、夕陽で黄金色に照らし出され、まばゆいばかりに輝いてみえる。そのなかを一本の登山道が山頂に向って貫いている。
なんて美しいのだろう。
「ああ~もっとビール担いでくればよかった!」
あまりの絶景ぶりに喉が開いてしまったのか、中身が減ってしまった缶を名残惜しそうに新井ちゃんが振っている。管理人が小屋に常駐している夏ならまた買えるのかもしれないが、この貸し切りの静けさに勝るよろこびはない。私たちは飽きることなく飯豊最高峰の雄姿をいつまでも眺めていた。
結局、最終日はまた雨だった。
この縦走の主役である飯豊山山頂を踏んだときは、天候がさらに悪化して横殴りの土砂降りだった。
主稜線から外れる前の切合小屋で休憩を挟んで軽く補給。電話で下山口まで迎えを頼んでいたタクシー会社に到着予定時刻を告げる。
すっきりしない空模様は、10時近くになっても代わり映えしない。
もうすっかり全員ずぶ濡れだ。
歩き始めた下山路は細かなアップダウンを繰り返して体力を地味に奪うばかりか、地蔵岳からは谷に落ちてゆくような大下り。登りもつらければ、下りも苦行。笑ってしまうほどだ。
それでも、霧の下で紅葉したチングルマが雨に耐えるようすは、下界で目にするどんなものより清らかに思えた。木々はこれから枯れ落ちてゆくというよりも、むしろ生気に満ちているようにみえた。人がいないからこそ際立つ、ささやかで美しい自然の風景を、だからこそまた見に行きたくなるのかもしれない。
下山路を突き進む彼女たちを追いながら、もう一度飯豊の稜線を振り返った。いまだ濃い霧に包まれていたが、だれに誇るわけでもなく、ただ静かに草木が葉を染めているのだと思うと、切なく、そして胸が詰まるような思いがした。
熱めのお湯に身を沈めて。
飯豊山荘
今回利用した丸森尾根のほか梶川尾根、ダイクラ尾根、石転び沢コースの起点。飯豊温泉の源泉からもっとも近く、熱めのお湯が男女別の内湯に惜しげもなく注がれる風情ある温泉宿だ。JR小国駅からのバスは8月31日で手前の国民宿舎梅花皮荘までとなり、飯豊山荘までは事前予約で送迎してもらえる。
宿泊料金:¥6,980(1泊2食付き)~
日帰り入浴:¥500
山形県西置賜郡小国町小玉川663-3 TEL.090-5234-5002
飯豊連峰の山小屋・テント場について
飯豊の山小屋は、シーズン中無人の小屋と、夏期と紅葉シーズンの週末のみ管理人が常駐し宿泊料や清掃協力費を支払う小屋とがある(不在時でも協力金箱が設置されている)。原則として食事や寝具の提供はない。テント場は今回のルート上では門内小屋、梅花皮小屋、御西小屋、切合小屋の4カ所とされる。小屋に管理人が不在でも管理経費を徴収箱に収め、指定された場所以外には張らないこと。
※2017年9月現在の情報です。営業時間や定休日などは変更となる場合がございますので、最新の情報はお出かけ前にご確認ください。
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写真◉岡野朋之 Photo by Tomoyuki Okano
文◉福瀧智子 Text by Tomoko Fukutaki
取材期間:2016年9月26日~28日
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PROFILE
PEAKS 編集部
装備を揃え、知識を貪り、実体験し、自分を高める。山にハマる若者や、熟年層に注目のギアやウエアも取り上げ、山との出会いによろこびを感じてもらうためのメディア。
装備を揃え、知識を貪り、実体験し、自分を高める。山にハマる若者や、熟年層に注目のギアやウエアも取り上げ、山との出会いによろこびを感じてもらうためのメディア。