海を眺める伊豆の1Day縦走路
PEAKS 編集部
- 2020年11月20日
INDEX
もうじき1年が終わる。うれしい報せ、悲しいできごと、いろいろなことがあった気がする。そろそろ、この一年を締めくくる山歩きに出かけようと思う。そういえば、昨年末はスキーのことばかり考えていて、年末登山らしいものをしていなかったっけ。そうだな、今年は海沿いの山に行ってみようか。
文◉山畑理絵 Text by Rie Yamahata
写真◉茂田羽生 Photo by Hao Moda
出典◉PEAKS 2018年1月号 No.98
潮風に吹かれながら1年を総括!
この秋、大きな決断をした。自分の人生を変える一大決心だったと思う。後悔はない。けれど、不安がないといったらそれは嘘になる。わたしは環境を変えるのが本当にニガテだ。この性格をどうにかしたいと思うものの、いつもなかなか踏み出せない。我ながら肝心なことには優柔不断な性格だと、ことあるごとに心底痛感する。
しかし、今回は違った。なにがどう違ったのか問われるとよくわからないけれど、なにかがいつもと違ったのだ。無性に山へ行きたくなった。無心になりたいような、一度立ち止まって見つめ直したいような、スケールの大きい景色に紛れ込みたいような、そんな心境。といっても、決してネガティブ100%のメンタルではなくて、しっかり前を向いて、大きな一歩を踏み出すためのポジティブな思考。湿っぽい感じではない。
ふと、本棚に目をやると「伊豆」の二文字が目に入った。冬は空気が澄んでいるし、海沿いの山から富士山を眺めつつ歩くのもいい。
日帰りでも十分満足できそうなルートがありそうだし、帰りは沼津港でおいしい海鮮丼! うん、いい。それに決定。こうして、今回の行き先が決まった。こういうときの決断は、なぜかいつも早いのだけど。
近頃は日が昇ってくるのが本当に遅くなった。もう午前5時を回ってるというのに、終電で帰ってきたときのような静けさが漂っている。それもそのはず、今年も残りあと僅か。冬至が間近に迫ってきていた。
駅のホームには、ぽつり、ぽつりと、人の影がまばらだった。
みな寒さを堪えるように、始発が流れ込んでくるのを今か今かと心待ちにしている。集合場所は、修善寺駅。ここで山仲間のマキさんと合流することにした。ひとりで黙々と歩くのもいいけれど、考えすぎて妙にしんみりしたくなかったし、ゴールにはおいしいゴハンが待っているのだから、これはだれかと共有せねば、と思ったのだ。
「寒いね~!」
修善寺駅でマキさんと合流し、大曲茶屋行きのバスを待つ。気温は低いが、元気な彼女に会うとなんだかいつもホッとする。歳が近いからなのか、おたがい山が好きだからなのかわからないが、ひさしぶりに会ってもすぐに会話が弾んでいく。バスに乗り込んでもなお、ガールズトークは止まらない。
「最近どうしてる? 山には行ってる?」
そう訊ねると、マキさんからは意外な答えが返ってきた。「じつは、12月から松本に移住することにしたの。だから忙しくて山はご無沙汰」
一瞬、えっ、と驚いた。長らく勤めた会社を辞めてフリーランスになった話は聞いていたが、まさか移住まで決心したなんて。
「これからの生活のやり方をいろいろと考えたけど、移住するなら身軽ないましかないなって思ったんだよね」
トレイルに入るまでの道のりは思いのほか遠い!?
「そっか。おたがい変化の時だね」
不思議なことに、マキさんもまた今年大きな決断をしたひとりだった。フリーランスという自分と同じワークスタイルを選び、同世代の女子として、相手の決断は応援したくなるし、自分もがんばろう! と刺激をもらう。
「じゃあ今日はこの一年を振り返りつつ、来る年を飛躍の年にするための景気付けの登山にしよう」
「でもわたし、来年は後厄なんだよねぇ」
「えっ、ちょっと待って。ってことは、わたしは本厄なの!?」
「そういうことになるね(笑)」
「今年が前厄だったことすっかり忘れてたぁ……。沼津港辺りで厄払いしてくれる神社ないかなぁ?」
そんなこんなで、厄年アラサー女子ふたりのワンデイ登山が幕を開けたのだった。
冬こそ歩きたい伊豆の天空路
今回のコースは、伊豆から沼津方面へ抜ける歩行時間約6時間の行程だ。日没が早い冬の時期は、夏季よりも余裕をもって早出早着の行動を心掛けなければならない。
登山口までの移動時間も考慮すると、日帰りで歩けるエリアはどうしても限られる。埼玉住まいのわたしにとって、伊豆は電車&日帰りで行けるギリギリの立地だった。
海沿い吹き抜けトレイルに気分はヒャッホー!
このエリアは、過去に達磨山~金冠山までを歩いたことがあった。
けれど、それだとあまりにも短くて物足りなかったため、時間配分に気を付けつつ、今回はもう少し長くルートを取ろうと思った。
「登山口まで意外と長いね~」
歩きのスタート地点は、大曲茶屋という名称のバス停。昔はここに茶屋があったらしいが、訪れたときはシャッターが下りていて中のようすはわからず、茶屋の面影はほとんど感じられなかった。目に入ったのは、たばこと書かれた小さな看板と自動販売機だけ。ここから登山口の船原峠までは車道を歩くことになる。
「なんなら峠までバスが走ってくれたら助かるのにね~」
そんな風に話していると、自動販売機の前に一台のタクシーが停まった。車から出てきたおじちゃんに話を聞いてみると、どうやら昔は船原峠までバスが通っていたようだが、新しく作られたトンネルによって峠を迂回する新道ができ、バスも通らなくなったという。
ふたつ目のピークである古稀山を越えて、三つ目の達磨山にて。「なんのポーズ?」とお思いの方もいるだろうが、これは達磨大師をイメージした図。
「なに、お嬢ちゃんたちはこれからどこまで行くの?」
「船原峠から達磨山を通って、沼津方面に抜けるんです」
「ほぉ~、歩くねぇ。気を付けて行ってきな」
わたしたちはおじちゃんに手を振り、船原峠へと歩き出した。
峠から先は、いよいよトレイルに入る。といっても、今回のルートは合間に西伊豆スカイラインの車道を挟みながら歩いていくので、道中すべてがトレイルというわけではない。この日は平日の曇り空とあって、行き交う車はほとんどなく、辺りは静まり返っていた。
スカイラインには展望のいい駐車場がいくつもあるし、きっと天気のいい週末には多くの人たちがドライブを楽しむのだろう。
トレイルと車道を繰り返しながら歩き、高度感が出てきたところでひとつ目のピーク、伽藍山(がらんざん)へ。
ここは足早にスルーして、次なるピークを目指した。
「マキさんは松本に移住して、仕事はなにをしていくの?」
同性、同世代、同じフリーランスとして気になっていたことを聞いてみた。
「年末は南アルプスにある、こもれび山荘で働いて、新年を迎えようかなって。そのあとは白馬村のスキー場に籠もるつもり」
仕事を辞めて次の仕事に取り掛かる前、いわばマキさんにとっていまが〝一番自由〞な時期。いましかできないことをやろうと思い立ち、山小屋とスキー場での短期アルバイトを決めたらしい。
「新しい環境に自ら足を踏みいれるのって、すごく勇気がいるよね。しかもいい歳なわけだし。わたしも最近大きな決断をしたばっかだから、マキさんの心境なんだかわかるなぁ」
そんなマジメな話をしつつ、「おたがいがんばろ!」とエールを送り合っているうちに、あっという間に三つ目のピークにたどり着いていた。本日の最高峰、981mの達磨山だった。
海から吹き付ける風は冷たいが、大きな海原を左手に眺めながら、笹原に伸びるひと筋のトレイルを歩くというのは、とっても気持ちがいいもの。あいにくの曇り空で富士山はなかなか顔を覗かせてくれないが、それでも満足度が高いのは、冬の澄み切った空気と、駿河湾を間近に眺めながら歩けるロケーションだからだろう。
小達磨山、戸田峠を経て金冠山に到達するころ、時刻はちょうど12時を指していた。
「ここでお昼にしよう」
本日のラストピークである金冠山。山頂からの眺望はズバ抜けてすばらしく、これから向かう沼津港や市街地、沼津アルプスの山々も見下ろすことができた。欲をいえば、富士山が出ていればもっと圧巻の光景だっただろう。
風の死角を探し、見晴らしのいい山頂でつかの間のランチタイム。
ゴールには豪華絢爛な海鮮丼が待っているので、お昼はシンプルにカップラーメン。ひさしぶりに食べたが、やはり山で食べるカップラーメンはいつも以上においしかった。冷えた体が芯からじんわり温まっていく。
「わたしはおにぎりとおしるこを持ってきたよ」とマキさん。冬の寒空には温かいスープ料理が胃に染みるのだ。
最後の最後に問題発生?
金冠山の直下までやって来ると、「尾根道コース」「沢道コース」と書かれた看板が立っていた。マキさんと意見が一致し、迷わず尾根道コースを選択。その先には平坦な稜線が続いていて、本当に気持ちが良かった。
まさに、開放感そのものだ。ただ、ここは風の通り道のようで、海側から吹き付ける風の強さは尋常じゃない。足早に防風林へと潜り込んだが、こんな稜線がどこまでも伸びていたらいいのになぁと思った。できれば、もっと先の先まで、この一本道を歩き続けたい。いまの不安な気持ちをかき消すようにして。
こんなトレイルがずーっと遠くまで続いていたらいいのになぁ。
稜線を外れて標高を下げていくと、これまで見通しのいい笹原基調だったトレイルから打って変わって、鬱蒼とした森歩きになった。
落ち葉で埋め尽くされた足元はふかふかしていて、サクッ、サクッとふたりの歩調がリズムよく耳に届く。ときおり木漏れ陽が差し込んだ。まだ13時だというのに、西日の気配だった。
「もうちょっとでキャンプ場に出るみたい」
手元の地図には、先ほどの尾根道・沢道の分岐から45分下ったところに「沼津市民の森キャンプ場」と書かれている。
「あ、トイレの看板!」
わたしたちはなんの迷いもなく、トイレの文字と矢印が書かれた看板の方向へと進んでいった。
じつは今回のルート、地図上にはトイレマークがひとつも記されていない。もしかしたら道中に見落としていた可能性もあるが、スカイラインに駐車場が設けられている割にはトイレがなく、人によっては心細いかもしれない。冬場はとくにトイレが近くなるし、なるべく修善寺駅で済ませておくのがいいだろう。
「よかった~、あった」
キャンプ場は整備の行き届いた広大な施設。そこで木造建ての水洗トイレを借りることにした。
「あとはバス停に向かって下ればいいだけだね」
「早く海鮮丼食べたい~」
花より団子ならぬ、山より丼ぶり(!?)な女子ふたりは、新鮮な海の幸を求めて再び歩き始める。
が、ここで問題発生!
「ところで、ここから先ってどうやって行けばいいんだろ?」
トイレを出たわたしたちは、広大なキャンプ場の中で迷ってしまった。ひとまず管理棟にあったコースマップを見てみると、これから下りる先には道が枝分かれしており、間違ってしまうと予定していたバス停にはたどり着けないことがわかった。
当初の想定では、キャンプ場からもう一度トレイルに入って車道歩きになるコースだった。しかし、25000分の1の縮尺ではその道が読み取れず、結局ずっと車道を歩くハメになった。あとにわかったことだが、トイレの看板があった分岐で曲がらずに、堂山展望台方面へ直進していれば、そのコースにつながっていたようだ。予定通りにはいかなかったが、目的のバス停にたどり着けただけ、まぁヨシとしよう。
「富士山、出てきたぁ~!」
バスに乗って沼津港に到着したころ、数日前に冠雪したばかりであろう富士山が顔を覗かせてくれた。上空は大分風が強いのだろう。雲はみるみるうちに移動していく。
それは、歩き始める前に抱えていた自分の不安な気持ちをも晴らしていくような光景だった。
「まだ時間があるし、せっかくだから散策しない?」
今回お目当てにしていた店は、中休みを挟んで17時からの営業だった。沼津港に立ち並ぶ飲食店の営業形態はさまざまで、朝6時にオープンするところもあれば、夜22時まで開いている店舗もある。
それに、平日と週末で営業時間の異なる場合もあるので、事前に調べておくと安心だ。
ぷらぷらと市場を散策しながら、胃袋を最大限にまで空っぽにさせ、いざお目当ての店へ。沼津港で水揚げされた新鮮な海鮮丼や天ぷら、深海魚の煮付けなど、とにかくお腹いっぱいになるまで食した。
本日のハイライトは山より丼ぶり!? ウマイ海鮮丼が待っている。
「はぁー、しあわせ」
「もうお腹パンパン」
帰りの電車の中、わたしたちはとても晴れやかな表情だった。
「マキさんが引っ越しして落ち着いたころ、遊びに行くね」
「っていっても、すぐにこもれび山荘と白馬村に住み込みで働きに出ちゃうから、春先まで松本市の家にはほとんど帰らないんだけどね」
「じゃあ先にそっちに行く~!」次に会う約束をしつつ、わたしたちはおたがいの帰路に着いた。
これから人生、どうなっていくかなんてだれにもわからない。だから、一日一日を楽しく、悔いのないようにすごしていきたいし、もっと大きな決断をしなくてはならない場面に直面したとしても、しっかり地に足をつけて歩いていきたい。それは日々の生活もそうだし、山にいるときも。
さぁ、もうすぐ新しい年がやってくる。前を向いて、笑顔で迎えようじゃないか!
>>ルートガイドはこちらから
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文◉山畑理絵 Text by Rie Yamahata
写真◉茂田羽生 Photo by Hao Moda
※歩行時間、総距離は概数で表記
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PEAKS 編集部
装備を揃え、知識を貪り、実体験し、自分を高める。山にハマる若者や、熟年層に注目のギアやウエアも取り上げ、山との出会いによろこびを感じてもらうためのメディア。
装備を揃え、知識を貪り、実体験し、自分を高める。山にハマる若者や、熟年層に注目のギアやウエアも取り上げ、山との出会いによろこびを感じてもらうためのメディア。