アウトドアウエアメーカーの環境への取り組みを知る(前編)|未来のフィールドのために
PEAKS 編集部
- 2021年03月19日
主要なアウトドアウエアメーカー各社の環境への取り組みについての聞き取りを行なった。「自然環境を守るために、どんな取り組みをしていますか?」。私たちの子どもや、さらにその子どもたちが、私たちと同じく自然を楽しめるように、私たちユーザーはいまなにをすべきか、なにができるだろうか。いっしょに考えていきたい。
文◉伊藤俊明 Text by Toshiaki Ito
イラスト◉藤田有紀 Illustration by Yuki Fujita
PEAKS 2020年11月号 No.132
アウトドアウエアメーカーの環境への取り組みを知る(後編)はこちら
未来のフィールドのために
15億本
ポーラテックがこれまでリサイクルしたペットボトルのおおよその本数。同社は1993年にペットボトルから再生したポリエステル糸を開発し、パタゴニアと共同でPCRフリースを開発した(Post-Consumer Recycled=消費者から回収・リサイクルされた)。
以降も積極的にリサイクルに取り組み、現在400品番ほどある生地のうち約60%がリサイクル品番だ。100%リサイクルでつくる生地が40品番あり、200品番が50%以上リサイクルした糸でつくられているという。
70%
購入時にウエアにぶら下がる青いタグを目にしたことがある人も多いだろう。
ブルーサインは、スイスに拠点を置くブルーサイン・テクノロジーによって管理・運営されている。製造段階での環境負荷を抑えた製品に与えられる認証で、「世界でもっとも厳しい基準」といわれる。
ブルーサイン認証は、素材一つひとつにも与えられるが、全体の90%以上がブルーサイン認証の素材を使っている製品自体にも与えられる。
現在多くのメーカーがブルーサイン認証の素材を使っているが、製品自体で多くの認証を受けているのが環境大国スウェーデンのホグロフスだ。2020年秋冬製品の70%がブルーサイン認証を受けている。
95万人
モンベルクラブ・ファンドは、自然保護や社会貢献、冒険・探検などの活動を行なう非営利団体や個人に対して支援を行なうために立ち上げたモンベル独自の基金だ。
2020年10月現在で95万人を超えるモンベルクラブの会員1名につき、その会費のなかから年間50円をファンドに貯めている。
写真は、山梨県が富士北麗地域の自然公園内で登山道のパトロールや登山者への環境保全意識の啓発を行なうために設置した富士山レンジャーの隊員。
モンベルクラブ・ファンドは、活動支援のためワッペン刺繍入りのユニフォームやバックパックを提供している。
そのほかファンドでは、突発的に起こる自然災害の救援などにも柔軟に対応できるようにしている。東日本大震災をはじめとする災害発生時のモンベルのすばやい対応は、多くの人が知っているだろう。
モンベルクラブのメンバーは、自分が持つポイントをこのファンドに寄付することも可能だ。
地球17.6周分
プリマロフトP.U.R.E.は、プリマロフトが開発した中綿製造のための新技術。
それまでシート状の綿を積層し、オーブンで加熱して固定・安定化させていたものを、使用する接着剤を変えることで空気に触れるだけで硬化させるようにした。
P.U.R.E.は「Produced Using Reduced Emissions」の頭文字をとったものだ。
いわば工程をまるごとひとつなくしたようなもので、これによって年間の二酸化炭素排出量は48%も削減される。
これは重量にすると34万8111ポンドになり、走行する車から出るCO₂の量に換算すると43万8617マイル相当、なんと地球17.6周分だ。現在は製造できる工場が限られているが、いずれはすべての工場がこの方法に切り替わる予定。
この新技術、じつはパタゴニアと共同で開発されたもので、この秋市場に並ぶナノ・パフ・ジャケットにすでに使用されている。製造時の環境負荷を大幅に減らしながら、機能や価格はこれまでと変わらないというから大歓迎だ。
1,092→655t
デサントは2008年からCO₂の排出量削減に取り組んでいる。2008年には工場をのぞく国内事業所で1,092t排出していたCO₂を、2014年に802t、2018年には655tへと確実に削減してきた。
この取り組みの一貫として、今年3月1日にデサントブランドで展開する「水沢ダウン」の生産を行なう水沢工場の使用電力の100%を再生可能エネルギーに由来した電力供給に切り替えた。
水沢工場に続き、国内事業所のなかでもっとも規模が大きく500名以上が勤務する東京オフィスにおいても、一部再生可能エネルギー由来の電力使用への切り替えを今夏実施し、2021年4月までに国内の事業所で再生可能エネルギー由来の電力使用を開始する。
2022年3月期では全事業所が使用する電力の30%相当を再生可能エネルギー由来の電力とし、年間約40%のCO₂を削減する予定だ。
190
環境への負荷を減らすためにわれわれユーザーにもできる活動が、いいものを選び長く使うこと。
多くのメーカーがこのことを表明しているが、アークテリクスもそのひとつだ。
曰く、「耐久性に優れ、タイムレスで美しくシンプルなデザインの製品は長く大切に使用していただける」。耐久性の低いものはすぐに壊れてゴミになってしまう。
流行を意識したものは流行が終われば捨てられてしまう。流行に左右されないデザインで、細かいところまで使いやすく作りこまれた製品は愛着をもって長く使ってもらえるという考え方だ。
同社を代表するアルファSV ジャケットを1着製造するには、190の独自の工程が必要になり、その製品寿命中に27.91㎏のCO₂を発生させる。これは中型車が100㎞走った場合と同等の数字だそうだ。
ちなみに、1本の木で1年間に相殺できるCO₂は22㎏という。知ることは、ものを選択するときのひとつの指標になる。
49ℓ
コロンビアの「アウトドライエクストリームエコ」は、100%リサイクルで染料を使わない真っ白い生地を使い、その外側に防水透湿メンブレンを直接ラミネートしている。
防水透湿メンブレンは水分を一切含まないため、永続的な撥水性と安定した透湿性が期待できる。環境への影響が懸念されるPFC(有機フッ素化合物)を使用した撥水加工も不要だ。
この素材を使用するアウトドライエクストリームエコIIテックシェルをつくるために、21本のペットボトルをリサイクル。無染色なので水は汚さず、一着あたり49ℓの水を節約できる。
0
パタゴニアは2025年までにカーボンニュートラルになると、自社のブログ「クリーネストライン」で宣言している。カーボンニュートラルとは、一連の企業活動のなかで排出する二酸化炭素と吸収される二酸化炭素が同じ量であるという概念。
この取り組みの一環として、同社は世界で所有・運営する場所で使用する電力の100%を再生可能エネルギーから調達することを計画している。
同社日本支社では、作物を栽培すると同時に太陽エネルギーを活用できる千葉県匝瑳(そうさ)市のソーラーシェアリングに投資し、その電力を東京・渋谷の直営店で利用している。
おなじく2025年までにカーボンニュートラルになることを目指すと表明しているのがフランスのミレー・マウンテン・グループ。同社は年内にサプライチェーンまで含めたCO₂排出量を調べるスコープ3カーボン監査を実施し、それに応じた具体的な削減戦略を開発すると計画している。
待ったなしで進む温暖化に対して、こうした真摯な取り組みはこれからも増えていくと思われる。
100%
ノローナの新本社で使っている電力は100%再生エネルギー(水力発電)である。同社はほかにもさまざまな環境対策に着手しており、2019年に80%だったポリエステルのリサイクル率も今年中には100%にすることを目指している。
さらに長期的な目標は、本社で発生したすべての廃棄物をリサイクルすること。現在、紙ゴミや生ゴミはリサイクルしている。電子廃棄物は再利用可能な部品や材料を取り出す返却ステーションへ。廃プラスチックのほとんどもリサイクルに回している。
2018年までに、廃棄物の82%がリサイクル済。100%まであと少しだ。
未来のフィールドのために【アウターウエア編】
撥水加工をめぐるメーカーの取り組み
雨水を弾く、あの気持ちいい撥水加工にはPFC(有機フッ素化合物)が使用されてきた。PFCは撥水性や撥油性に優れる便利な物質だが、一方で自然環境では分解されにくく「永遠に残る化学物質」と呼ばれてその影響が懸念されている。
現在、欧米のほとんどのメーカーが、このPFCの使用をゼロにする方向へと動いている。メーカーによってその進捗に差はあるものの、すでにPFCフリー化を果たしたと宣言するメーカーもある。
その背景には生地メーカーによる取り組みがあり、パーテックス社では、早くも2011年にはPFCフリーの製品をリリースしている。
ゴアテックスで知られるゴア社も積極的だ。同社は2023年までにPFCEC(=環境に影響する懸念のあるPFC。EC=Environmental Concern)の使用ゼロを目指すと公表。すでに2018年にはPFCECフリーのDWR加工製品が登場している。
これまで見聞きした範囲では、現状のPFCフリー撥水加工は、従来ほど撥水性能が高くない。これは大きな課題だが、PFCフリー化は安全を求める市民の意向でもあり、もはや避けられない流れだろう。今後の開発と進化を期待を込めて見守りたい。
注目の新防水透湿素材は環境性能も高い
フューチャーライトは、ザ・ノース・フェイスが昨年発表した新しい防水透湿素材。そのメンブレンは、ポリウレタン繊維をミクロ単位で吹き重ねてシート状にしたもので、水分は通さないが空気は通すため、優れた透湿性を発揮する。
軽量でストレッチ性があり、しなやかな着心地も魅力だ。21世紀生まれの新しい素材は環境への配慮も欠かせない。表地と裏地にはリサイクル素材、撥水素材は非フッ素系のものを使用。
さらにフィルムを貼り合わせる工程を工夫し、生産工場におけるスタッフの働き方を最適化することで消費エネルギーを軽減している。
染色工程をなくしたいいことづくめの着色技術
これまで染色は生地の段階で行なうのが一般的だったが、アークテリクスの「ドープダイ」は着色したポリマーから糸を紡ぎ出すというもの。染色時の消費電力やCO₂排出量、水の使用量を大幅に削減できる。
従来は繊維の外側だけを染めていたのに対し、繊維が芯から染まった状態になるので紫外線による退色もしにくく、さらに熱処理が不要になるので生地自体の風合いがソフトになるといいことづくめだ。
開発当初は色を乗せにくく裏地からのスタートとなったが、色がついたものもつくれるようになってきたという。今後のカラーリングに注目だ。
セルフケアの用品もPFCフリーは当たり前
多くのメーカーがPFCフリーへ向かうなか、以前よりも重要度を増しているのがユーザー自身によるウエアのメンテナンスだ。
ケア製品の二大巨頭といえば、ニクワックスとグランジャーズ。防水透湿素材の撥水性を損なわない洗剤やダウン専用の洗剤、撥水材などをリリースしている。
ニクワックスは1977年の創業当初から環境保護を訴えている。1986年に世界で初めて有機溶剤を使わずに水を媒体に使用した撥水処理方法を開発。「撥水」を目的に製品をつくる企業ではいち早く、全製品からPFCを取り除いた。
1937年創業のグランジャーズは、開発から生産・研究に至るすべての工程を一貫してイギリス国内で行なっているメンテナンス・ケア用品の専門メーカー。
こちらも早くから環境保護に着手しており、PFCフリーの製品を開発。2007年にはメンテナンス・ケアのメーカーとして世界で初めてブルーサインやISO14001など、グローバル基準での環境規格の認定を取得している。
微生物がつくるタンパク質がウエアになる日
ザ・ノース・フェイスの「ムーンパーカ」は、世界で初めて製品の一部に構造タンパク質を使用したウエア。2019年冬に50着の数量限定で発売された。
構造タンパク質とは、山形県にあるバイオベンチャー「スパイバー」社が手がける新素材で、主な原料を石油などの化石資源に依存せず、独自の発酵(ブリューイング)プロセスによってつくりだす。
ムーンパーカに使われたのは、クモの糸に着想を得て開発した構造タンパク質による繊維だ。構造タンパク質の最大の特徴は、分子レベルでの改良を繰り返すことにより、用途に応じて素材の特長をデザインできること。
人間の皮膚や髪の毛、爪がタンパク質からできているように、硬く丈夫なもの、柔らかくしなやかなものなど、求める理想の機能をつくりだせる。脱プラスチック、脱ダウン・ウールは、いまやもう夢ではないのだ。
いいものを選び大切に、長く使う
「いいものを長く使う」。これは環境への負荷を大きくしない、もっとも堅実な取り組みだろう。その手助けをしているのがファイントラックとパタゴニアだ。
ファイントラックは、ウエアの5㎝未満の破れや穴あきには対しては無償で補修キットを提供している。キットには同社が軽補修で使用するものと同じ圧着シートや生地などの必要な部材がすべて入っており、家庭用のアイロンを使ってアウターシェルやトレッキングパンツの穴や破れを修理できる。
パタゴニアは「新品よりもずっといい」を合言葉に「WORN WEAR」プログラムを実施。HPや直営店においてウエアのメンテナンスやセルフリペアの方法を案内するほか、ユーザーのウエアを修理するイベントも行なって啓蒙している。
パッチを当てたウエアは自分だけのものという感じで、たしかに愛着が湧く。
覚えておきたい安心・安全を保障するタグ
「エコテックススタンダード100」は、安全な製品に与えられる世界最高水準の認証。350を超える有害化学物質が対象となる厳しい分析試験をクリアした製品にのみ与えられる。
「有害物質」の規定は国によってさまざまだが、エコテックスはすべての国の規制をカバーできるよう世界水準を標榜し、実際に世界の106カ国で認証が取得されている(2018年時点)。
ヨーロッパでは「エコテックスのタグがついているか」が購入動機になるほどだという。
「フェア・ウエア・ファウンデーション(フェア・ウエア財団)」は、独立した検査機関として、世界中で衣料産業に従事する労働者の職場環境の改善を目指している。
財団は「雇用の自由な選択」や「生活賃金の支払い」「児童労働による搾取を行なわない」などの人道的な労働基準を遵守する工場に認証を与える。環境負荷を抑えた素材や製品に与えられる「ブルーサイン」と合わせて、責任ある製造を保障する、このふたつのタグも覚えておきたい。
SHARE
PROFILE
PEAKS 編集部
装備を揃え、知識を貪り、実体験し、自分を高める。山にハマる若者や、熟年層に注目のギアやウエアも取り上げ、山との出会いによろこびを感じてもらうためのメディア。
装備を揃え、知識を貪り、実体験し、自分を高める。山にハマる若者や、熟年層に注目のギアやウエアも取り上げ、山との出会いによろこびを感じてもらうためのメディア。