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アウトドア・フィールドを”走る、楽しむ、駆け登る“ 前編| トレイルランニング&スカイランニング考現学

トレイルランニングやスカイランニング、マウンテンランニングなどなど、自然を舞台に楽しむランニング・スポーツの呼称は、国内外各地でさまざまなものがある。本座談会では、このスポーツを牽引し続けている村越真、石川弘樹、松本大の三氏にそれぞれのキャリア・ポジションから忌憚のない意見を交換してもらった。

文◎山本晃市 Text by Koichi Yamamoto(DO Mt. BOOK)
写真◎宮田幸司(座談会写真)、藤巻翔 Photo by Koji Miyata, Sho Fujimaki
出典◎別冊PEAKS Trail Running magazine 2018

松本 大/ Dai Matsumoto(左)

1983年、群馬県生まれ。日本初のプロ・スカイランナーとして「スカイランニング世界選手権」日本人初8位入賞や「Mt.キナバル国際クライマソン」日本人初優勝などの戦績を持つ日本スカイランニングのパイオニア。「日本スカイランニング協会」会長。「スカイランナー・ジャパン・シリーズ」を始め、さまざまなスカイランニングの大会オーガナイザー・プロデューサーとして活動、次世代ランナー育成やアウトドア・ランニングの歴史研究にも情熱を注ぐ。アウトドア・登山愛好者。スピード登山の伝説的な書籍『ランニング登山』(1986年/山と溪谷社)をコラム執筆・監修者として8月発刊(田園調布の小さな出版社)予定。

村越 真/ Shin Murakoshi(中)

1960年、静岡県生まれ。「オリエンテーリング(OL)日本選手権」15連覇・22回優勝や「OLアジア環太平洋選手権」優勝などの記録を持つナヴィゲーションのファンタジスタ。「日本OL協会」副会長、「UTMF」「OM M Japan」安全管理チーフ。OL、OMM、トレイルランニングなど、さまざまなアウトドア・ランニングを伴う大会オーガナイザー・コースディレクターを務め、山岳遭難対策研究の第一人者でもある。国立登山研修所調査専門委員、静岡大学教授、アウトドアスポーツ・登山愛好者。国内初のトレイルランニングとタイトルに冠した入門書『トレイルランニング入門 森を走ろう』(岩波書店)を2005年に編者として発刊。

石川弘樹/ Hiroki Ishikawa(右)

1975年、神奈川県生まれ。日本トレイルランニングのパイオニア、日本初のプロ・トレイルランナーとして「グランドスラム・オブ・ウルトラランニング」などの栄誉ある数々の称号を獲得。「日本トレイルランナーズ協会」副会長。「斑尾高原」「武田の杜」「修行走」「信越五岳」など、短・中距離レースから100マイルレースまで、多彩なトレイルランニングレースのオーガナイザー・プロデューサーとしても活動。日本初のトレイルランニング講習会「パタゴニアハッピートレイル」講師、アウトドア・アドベンチャースポーツ愛好者。国内初トレイルランナー著となる専門書『トレイルランニングを楽しむ』(地球丸)を2008年に執筆。

トレイルランニング黎明期を振り返る

TRM(以下、T) 早駆けやスピード登山、ランニング登山など、山を走る文化や概念は、日本にも古くからありました。いわゆる登山競走大会は大正時代あたりから全国各地で開催されています。現在では、山岳耐久レースやトレイルランニング、スカイランニング、オリエンテーリングなど、アウトドア・フィールドを走るスポーツ・競技・文化がさまざまな形で普及しています。

「日本スカイランニング協会」や「日本トレイルランナーズ協会」といった協会も設立され、それぞれ普及・啓蒙活動を続けています。そんな現状を踏まえ、みなさん各々のキャリアやポジションを軸に、アウトドア・フィールドを走るというスポーツ・競技・文化についてお話を聞かせてください。

石川 僕自身はアドベンチャーレースからトレイルランニングという山の中を走るアクティビティがあるんだと知ったんですね。こんなに楽しいスポーツがあるのかと思い、以後、レースに出たり、講習会を開催したり、2001年からトレイルランニングの楽しさを伝える活動をしてきました。

壮大なフィールド・景観を体感・味わいながら、トレイルを走るトレイルランニング(「UTMB CCC」)。

T 講習会はいつから?

石川 2002年の冬からですね。

T ちょうど日本山岳耐久レース(ハセツネCUP)初優勝の年ですね。当時はまだトレイルランニングという概念は、日本ではほとんどなかった。ハセツネCUPもトレイルランニングのレースとは認識されていなかった時期かと思います。

石川 そうですね。一般的にはまだそういった時期でしたが、僕のなかでは確固としたトレイルランニングという意識があって、当時の名刺にもトレイルランナーと書いていました(笑)。トレイルランニングというスポーツはもちろんですが、言葉や文化も普及させたいと思って。

村越 当時、ランニング登山や山岳ランニングなどという言葉や概念はいろいろとあった。ただ、新しい言葉を使うということはリスキーなところもある。石川さんはアメリカからこの言葉を持ってきたわけですが、それまでの言葉に違和感があった?

石川 これは僕っぽいかもしれませんが、当時日本にある言葉はちょっと格好悪いと思ったんです(笑)。

全員 なるほど(笑)。

石川 ピチパン、ハチマキ、いわゆるランニングウエアといったスタイルに個人的には違和感があった。当時は富士登山競走やハセツネ、国体前の練習くらいしか山で走っている人はほとんどいなかった。自衛隊の人はいましたね。そんななかで、競技というよりもむしろ、トレッキングや登山の感覚で山を走るという言葉やスタイル、文化を広めたい、と。ただ、トレイルランニングとしての正しい走り方、自分の感覚を言葉にして伝えることが非常に難しく、とても悩みました。早く走るより、疲れない登り方、転ばない走り方、安全な走り方……、山のルールやマナーなど、自分のなかにあるノウハウをまずは本に書きました。

T 『トレイルランニングを楽しむ』( 注:地球丸)ですね。講習会は、当初どんな雰囲気だったのですか?

石川 当初、講習会に来る方はトレーニングが目的で、ハセツネや北丹沢(注:北丹沢12時間山岳耐久レース)を目指す男臭い人が多く、女性はほとんどいない。それで、敷居を下げないといけないと思った。女性を呼び込む要素、ランニング&ヨガ、&グルメ、クリスマスにイベントをやるなどといった付加価値をつけて。泥臭いものでなく爽やかなもの、Funな部分を伝えたいと思ったんです。

T なるほど、そういった活動によって日本の第一世代が生まれてきた。

天空に向かって、道なき道をも一気に駆け登るスカイランニング(「リヴィーニョ・スカイマラソン」)。

石川 それから、ビジュアル。いろんなところで走って、その世界観を写真で伝えたいと思って。とにかく行った場所の写真を自撮りで撮りました。そういった風景やシーンを見せることで、レースの厳しさと同時にFunな部分を少しずつ伝えていきました。

T 事実、それで層が急激に広がった。

村越 2007年にハセツネに初めて出たのですが、募集開始の翌日でもエントリーできた。ところが、翌年は20時間、その次は瞬殺で出ることができなかった。

石川 そう、そのくらいの時期からゼロ関門というのが出てきた(笑)。

T あっという間に定員2,000名(注:現在は、定員2,500名)が埋まりましたよね。トレイルランニングが具体的に普及してきたのはいつ頃から?

村越 トレイルランニングという言葉はありませんでしたが、僕がそういったレースに最初に出たのは1991年、京都の東山三十六峰の大会。その後、たぶん2000年を超えるまではほとんど変化がなかった。2006~2008年が大きなひとつの転機かなと思います。僕がオーガナイザーとして関わったのが、2006年でした。

T 三河高原トレイルランニングレース。

村越 はい。オリエンテーリングのトレーニングとして山を走っていたので、大会を開催するときに考えたのは「ここを走ってほしい」「ここの自然や風景を感じてほしい」「この道、このカーブがいいよ」というのを見てほしいという思い。

松本 萌え~、ですね(笑)。

石川 その当時は、山を歩く以外で、マラニック(注:マラソンとピクニックを合わせた造語)という言葉があった。
村越 80年代後半、高尾~陣馬を走る人が多かった。メッカのようなもの。

松本 山を走る人は昔からいましたよね。

石川 その人たちの目的は?

村越 陸上の練習、それから『ランニング登山』( 注:1986年発刊/山と溪谷社)に触発された人も多かった。瑞垣から奥多摩のコースも本に出ていた。

松本 早駆けの記録も山の専門誌にかなり前から載っていました。そういった山を最速最短で走ろうという文化は世界各地にあった。日本でも大正時代くらいからレースは各地でやっていた。ただ、インターネットや協会、組織がない時代だったから情報として共有できなかった。

T 記録では1913 年に富士登山競走(注:現在の「 富士登山駅伝」 の前身大会)、1914年に風越登山競走などが始まっています。加藤文太郎の六甲山縦走、早駆けというものある。

松本 そう、大正時代からです。ある意味、山を走るという文化は、今よりも盛り上がっていたんですね。

T 地域のお祭のような?

松本 山があるところなら、だれが一番早く登れるのかという、そういう文化が世界各地で自然発生的に生まれていた。

T 村越さんが最初に大会をオーガナイズされた2006年頃の状況は?

村越 当時はトレイルランニングという言葉はすでに当たり前、メジャーになりつつありました。2005年にオリエンテーリングの世界選手権を日本で開催したのですが、ものすごい赤字。それを補填するために、トレイルのレースを開催すれば人が呼べる、回収できると思い、石川さんのスタイルに乗ったわけです(笑)。それで10年かからずに回収できた。

石川 当時はハセツネCUPや北丹沢ぐらい。大会が少なく人が集中した。

村越 そうですね。松本さんがいうようにそれまでにも山を走る文化はあった。けれども、従来のやり方ではなかなか普及しなかった。石川さんが新しいスタイル、いろいろな付加価値を加えて発信したからこそ、トレイルランニングが根付いていったのだと思います。

スカイランニング黎明期と定義トレイルランニングとの違い

T 山岳部出身で、富士登山競走に出ていたお父さんと3歳の頃から山を駆け登っていた松本さんですが、スカイランニングの黎明期、トレイルランニングとの関連性などについてお聞かせください。

松本 トレイルランニングとスカイランニングはキャベツとレタスのような(笑)。同じ高原野菜で見た目は似ているけれど、食べればすぐに違いがわかる。まず目的が違う。走れない場所、例えば鎖場が続くようなところを走ることはトレイルランニングと呼ぶのですか?

石川 これは黎明期の頃から徹底していることなのですが、ランニングだからといって走らないといけないわけではない。トレイル、要は道を走り、楽しむ、遊ぶのがトレイルランニング。辛いところは歩いて、走りたいところを走ればいい。

「楽しみ方は、登山と一緒。自分の感覚は、トレイルランニングも登山もまったく同じ」 (石川)

松本 世界的な定義は?

T 2013年に国際トレイルランニング協会(ITRA)ができたときに、山に限らず海岸や砂漠、草原、高原など、自分で必要な装備を背負って走る競技がトレイルランニング、と定義しています。もちろん、そこにはいろいろな議論があると思います。

石川 僕自身も、個人としてこうじゃなきゃいけないというものはない。

松本 自給自足という考えがひとつの鍵だと思うんです。トレイルランニングではバックパック、荷物を背負って走るのが一般的ですよね。長時間、長距離を自給自足で行く、これがトレイルランニングの哲学的なひとつの要素になっているのかな、と。隣町まで100マイル以上もある、そんな広大な土地、アメリカならではものなのでは?

石川 ところが、アメリカのレースシーンは逆なんです。100マイルレースなんかは両手ハンドボトルでしか走らない。エイドステーションが随所にあるから必要ないんです。マラソンやジョギングの延長のようなレース。日本は木の根などがあるトレイルが多いから、ハンドボトルだと転んだときに手をつけない。それと僕はハンドボトルだけでは足りない。それで背負うスタイル。

「トレイルランニングとスカイランニングはキャベツとレタスのような(笑)」 (松本)

松本 そうなんですか!

石川 背負うようになったのは、最近、ここ5 ~ 6年でしょうか。ウエスタンステイツ(注:ウエスタンステイツ 100マイル エンデュランス・ラン)で8位になったとき(注:2007年)、パックを背負って入賞したのは僕くらい。基本的にトップ選手は、ほとんどみんなハンドボトルだけ。

松本 あーこれは勉強になりました!

村越 なるほど。一方、自己責任、自己完結が原則という考え方は、確かにヨーロッパっぽいですよね。登山がそうであるように。

T スカイランニングの定義は?

松本 スカイランニングは、走るというよりは、登る下る。ランニング=駆け登る、という意味で使っています。言葉自体は1990年代始めにできました。イタリアの登山家で、ISF(注:国際スカイランニング連盟)会長のマリーノ・ジャコメッティがそう名付けた。ただ、そういった山頂に駆け登るという文化は、世界中で同時多発的に起こっていました。イギリスでは1895年に始まったベンネビス山を駆け登る競走、アメリカでは1953年頃から始まったパイクスピーク・マラソン。ほかにも記録に残っていない大会があるかもしれない。

T スカイランニングのルーツはイタリアなのですね?

松本 はい、1986年、ラインホルト・メスナー(注:イタリアの登山家。単独無酸素による8,000m峰全14座を完登)が8,000m峰をすべて登った。それで当時の登山家たちは人類初という目標を失ってしまった。そこで登山家たちのモチベーションの方向性として、スピード、最短という意識が出てきたんです。

石川 メスナーが裸足でトレーニングしていた映像がありますよね。

T ありましたね。

松本 その時代、イタリアでは1gでも軽くするという方向に登山界が向かっていた。いわゆるアルパインスタイル(注:ベースキャンプを出たあと、最小限の装備で山頂まで一気に登るスタイル。エベレストなどの難壁や難ルートもアルプスと同様に登ることから名付けられた)、スカイランニングはその流れから生まれたスポーツなので、ファスト&ライトというスタイルが生まれてくる。最小限の荷物で、最短時間で戻ってくる。それが安全登山だという意識。一方、1990年代の日本は極地法(注:ベースキャンプを設置し、少しずつ前進して次のキャンプを設置、かつベースキャンプと何度も往復し最終的に山頂を目指す登山法)がメインだった。同じエベレストを目指す登山でも、スタイルが違った。1990年に始まった山田昇記念杯登山競争大会(注:現在「上州武尊山スカイビュートレイル」。荷物は背負わない)では10㎏を背負わせた。そういった面からもヨーロッパと日本の違いが見えてくる。

T スポーツは目的や楽しむフィールドが変わると、スタイルも変わりますよね。

石川 登る下るでいえば、アメリカではトレイルランニングで登るときもClime とはいわないですよね。よくKeep moving、動き続けろという。トレイルランニングでは、登る下るすべて含めてMove、移動するという意識が強い。

松本 スカイランニングではUp to the sky。空を目指して駆け登るので、スカイランニングという言葉になった。

「歩けばトレッキング、走ればトレラン、それが急傾斜になるとスカイランニング。でも、実態は連続したもの」 (村越)

村越 イタリアと日本の登山、山での走り方の発達の仕方、解釈の違いはとても興味深い。同じ状況下でも日本ではファスト&ライトが安全になるという認識にはなかなかたどり着かないんじゃないかと思うんです。確かに先鋭的なガイドさんには「重さはリスク」と考える人もいる。ただそれはヨーロッパでずっとやっていたから、そういう思いに達した。軽くて速く行けるというのは、いろいろと状況が変わる自然の中では、確かにそれは安全を確保するひとつの方法論。ただ、一般的にはなかなかそういうわけにはいかない。そこで、イタリアの登山家たちがなぜそういう発想になったのか、そこには文化の違いがあるのかな、と。

松本 高校時代、山岳部で近所の山にとにかく大きな荷物を背負って登りました。エベレスト登るんじゃないかというぐらい(笑)。快適さはない。パパっと登ってパパっと下るスタイルが自分には合っているんですね。一定の知識や経験、体力がある人なら、このスタイルはいいと思う。走る文化というよりは、山に登る文化、そのバリエーションを増やしたいと思うんです。もちろん、安全前提で、ヨーロッパのように。

石川 僕の立場ではあまり削ぎ落とせとはいえませんが、3時間位で戻れるのであれば、個人的にはほぼ手ぶらでも行く。山の入り方はもちろん自由だと思いますが、必要装備は推奨したい。

松本 装備は、もっと自分できちんと考えてほしいですよね。

石川 そう、みんながその感覚でやってくれればいい。ただ、レースでは装備を持っていなくてリタイアする人もいる。だから、大会ではどうしても必携装備のレギュレーションが必要になる。

村越 それはUTMFも同じで、できるだけ簡素化したかった。けれど、現実はなかなか難しい。レースの条件や距離をしっかり把握していて、自分の身を守ることができる装備を持っているならそれでOKと本当はそうしたい。

T なるほど、理想的ではありますね。

村越 ただ、競技なので、ある程度リスクをとっても装備を減らして走りたいという人が出てくる。それも問題がある。

T 登山は自己責任、自己管理、自力下山が大前提とよくいわれます。

石川 登山は競技ではないですからね。

村越 とはいえ、登山も自己責任の概念が揺らいできている。

(後編に続く)

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装備を揃え、知識を貪り、実体験し、自分を高める。山にハマる若者や、熟年層に注目のギアやウエアも取り上げ、山との出会いによろこびを感じてもらうためのメディア。

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