ひとり登山の失敗&教訓エピソード|はずかしい失敗が糧となる!
PEAKS 編集部
- 2021年10月29日
ソロにはソロの難しさがある。装備の選び方や歩くペース、平常心の保ち方などなど。だれも見ていないソロだから失敗は買ってでもしろ。死なない程度に。それらの失敗があってこそ、自分だけの登山が手に入るのだ。
文◉森山伸也 Text by Shinya Moriyama
イラスト◉善養寺ススム Illustration by Susumu Zenyoji
出典◉PEAKS 2018年10月号 No.107
※この記事はPEAKS 2018年810月号 No.107からの転載であり、記載の内容は誌面掲載時のままとなっています。
気合いと体力にまかせて灼熱の南アルプス縦走へ
ソロの失敗談ということで、すっかり記憶から抹消されていた苦い経験を思い出した。こういう小っ恥ずかしい失敗の積み重ねこそ、いまぼくが登山を楽しめている下地になっているという確信はあるので勇気を持ってペンを握った。きっと仲間といっしょのグループ登山だったら違った結末になっていたことだろう。ソロは怖い。
登山をはじめてまもない大学生だったころの話だ。年にしたら19歳の血気盛んな世間知らず。
南アルプスの甲斐駒ヶ岳から広河原へ下り、白峰三山(北岳、間ノ岳、農鳥岳)を縦走する予定で黒戸尾根を登っていた。その日は一歩踏み出すたびに汗がじわーっと肌に浮いてくる猛暑日だった。栂の森はサウナのようで、周りの空気は1ミリも動かない無風。これじゃいくら水があっても足りないと思い、一旦尾根を下り、尾白川のキャンプ場でありったけの水筒に水を入れ、最終的には2.5ℓを背負って歩きはじめた。小中高と本格的にサッカーをやっていたので、当時は体力に相当の自信があった。荷物の軽量化など考えもしなかった。そもそも貧乏大学生は高価で軽い登山装備など持ち合わせていない。テントはカヌーツーリングのために買ったモンベルのムーンライト2型。コッヘルは下宿先のアパートにあったステンレスの鍋(当時いっしょに住んでいた兄に自炊ができねーじゃねーかと怒られた)。寝袋はひたすらかさばる化繊綿の安物。マットは外付け銀マット。フリーズドライなど買えないので生米を1日2合とレトルトのカレーとキムチを持った。たかだか3泊4日の山行なのに容量100ℓのデイナデザインのテラプレーンはパンパンに膨れていた。おそらく30㎏を超えていたと思われる。
ゆっくり登っていたら水が足りなくなる。さくっと登って北沢峠へ下りよう。そんなはやる気持ちが背中をずんずん押した。あっというまに体はオーバーヒートし、水はみるみるうちになくなっていく。相変わらず無風で、気温は30℃を超え、湿度は100%近い蒸し風呂状態。パンツから靴下まで汗でぐっしょり。足の皮膚がふやけ靴ずれが起きはじめた。痛い。記憶にある風景は白く霞んでいる。軽い熱中症だったのかもしれない。みんな夏場はどうやってこの尾根を登っているのだろうと不思議でしょうがなかった。
笹ノ平分岐で水の量を確認すると600㎖ほどしかないではないか。時刻はまだ正午前。これからもっと暑くなるというのに水場がある七丈小屋までコースタイムで4時間もある。下山するにも十分な水の量とはいえない。突然襲いかかってきた水不足問題で、ぼくはパニックになった。
ぼくの前世はおそらく砂漠でカラカラに干からびて死んだベドウィンではないかと思っている。いつも近くに水がないと不安だ。ぼくは新潟の越後平野を流れる信濃川のほとりで生まれ育った。その後、東京に出てからは神田川や玉川上水といつもアパートの隣に川があって、浄水器を手の届くところにおいていた。いまはこんこんと湧き水があふれる新潟の山あいの村に暮らしている。毎日平穏だ。
昔、登山といえば沢登りが主流だった。水がいつでもとれて薪で調理ができるから。水場がない尾根を登るようになったのは、登山地図が作られ、山小屋が整備された近年になってからである。こんな猛暑日に日本三大急登など登ってはいけないのだということに、ようやく気が付いた。
下から登ってくる人がいたら「山頂は展望バッチグーでした」とあたかも縦走しているふりをして黒戸尾根を下ることにした。もっともサウナ尾根を登ってくる人などひとりもいなかったのであるが。下りとはいえコースタイム1時間半で600㎖。すでにいま一気飲みしたいのに足りるわけがない。荷物が重いから余計に汗が出る。バックパックを放置し水筒だけ手に駆け下りる作戦が頭をよぎったが、また登っている途中に水不足になったら、また下って水を汲んでって、俺は一体なにをやっているんだ。尾白川の肌を切る冷たい清流が心底恋しい。
腹も減った。なにか食べたい。行動食はチョコや柿の種、ミックスナッツなど。口に含んだらどれも水が欲しくなるものばかり。食べたいけれど食べないほうがよさそうだ。飴玉をひとつ口に入れて立ち上がる。容量500㎖の水筒に水を入れバックパックのサイドポケットへ。残りの100㎖は万が一に備えてバックパックへ。山中で水が一滴もなくなることは怖い。幻覚なのか、川のせせらぎが森の奥に聞こえる。
こうして初めての南アルプス縦走は一座も踏むことなく終わった。
わたしの教訓
- その1 バックパックは、できるだけ小さくする。100ℓはもってのほか。
- その2 いかなるときも平常心で、謙虚であれ。
- その3 猛暑日は登山をしてはいけない。
- その4 ソロのときはついつい早く歩いてしまうが、ゆっくりを心がけて歩くべし。
森山伸也
越後の豪雪地に住むフリーライター。著書に『北緯66.6° 北欧ラップランド歩き旅』(本の雑誌社)がある。
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文◉森山伸也 Text by Shinya Moriyama
イラスト◉善養寺ススム Illustration by Susumu Zenyoji
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PROFILE
PEAKS 編集部
装備を揃え、知識を貪り、実体験し、自分を高める。山にハマる若者や、熟年層に注目のギアやウエアも取り上げ、山との出会いによろこびを感じてもらうためのメディア。
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