【実録】地図を読めない初心者が、スマホアプリだけで無事下山できるのか?[実況編]
森山憲一
- 2021年10月14日
INDEX
道迷い防止の強力なツールとなり得るスマホの登山用地図アプリ。長年、登山者を悩ませてきた山中での現在地把握が簡単にできるのだから、これはもはや革命。しかし、これを持ってさえいれば本当に安心なのか? 実験でその有用性を確かめてみました!
文◉森山憲一 Text by Kenichi Moriyama
写真◉荒木優一郎 Photo by Yuichiro Araki
出典◉PEAKS 2021年2月号 No.135
登山用地図アプリの有用性を確かめる!
私は山岳ライター、森山憲一。はっきり言って読図は大得意である。
一方で、読図を苦手とする人がたくさんいることもわかっている。そこで最近は、スマホアプリの利用を積極的に薦めている。これを使えば、まったく地図読みができない人でも労せずして現在地を知ることができるのだから、使わない手はないだろう。
ところが、「読図の知識がまったくない人がスマホアプリに頼っても意味がない」と主張する人もいる。その主張にはうなずける部分もある。スマホアプリは読図ができない人にとって有用なのか否か、どっちなんだ。
ならば、実際にやって確かめてみよう。
被験者は、PEAKS編集部新人のニシバラ。登山経験はハイキング程度を1年ほど。地図読みは全然できないという。実験台としてはうってつけだ。
実験の設定はこのようにした。
【実験場所】
丹沢・檜洞丸から西丹沢ビジターセンター方面に下りる石棚山稜。登山道(赤線)から南に1.5kmほど外れたところが実験スタート地点。現場はヤブ山愛好家には歩かれているが、登山道や道標は一切ない。ここから車道沿いにある大石キャンプ場目指して下山する。
【条件設定】
・被験者には行き先を事前に知らせない
・実験スタートまで地図を見てはいけない
・スタート後は、スマホアプリのみ使って無事下山を目指す
・同行者はアドバイス禁止
要するに、
・地図読みができない初心者
・お守り代わりに地図アプリはインストールしている
・しかし実際に使ったことはない
・道に迷ってしまい、初めてアプリを立ち上げた
という状況を再現しようとしたわけである。
ヤラセは一切なしの実録ドキュメント。すんなり下山できればスマホアプリの有用性が実証できるし、なにかトラブルが起きれば、どういう問題があるのか確認できる。どっちにしたって有益な情報が得られるだろう。
さて、結果はいかに――。
【登場人物】
西原ひかり
2020年7月からPEAKS編集部に加入した、ヒッピーカルチャーに憧れる愛媛出身26歳。登山歴約1年。名字はニシハラではなくニシバラと読む
森山憲一
登山歴33年、登山雑誌歴24年の山岳ライター。地図読みを得意としており、かつてはアドベンチャーレースでナビゲーターを務めたこともある
荒木優一郎
無言でわれわれに密着し写真を撮り続けたカメラマン。小柄な体に不釣り合いなガッシャブルムがトレードマーク。PEAKSスタッフカメラマンだったが、この取材直後に独立して現在はフリーランス。お仕事ください! https://yuichiro-araki.com
【使用したアプリ】YAMAP
ダウンロード数250万超を誇る登山アプリ。地図を見るだけでなく、ログ(行動記録)を取ったり、山行記録を書いたりすることもできる。複雑な機能や操作がなく、シンプルで初心者にも使いやすい
丹沢で実験スタート!
実験スタート地点は上の地図のとおり。丹沢の檜洞丸という山から下山してくる途中で登山道を外れた尾根に迷い込み、そのまま1.5kmほど歩いたところで道迷いに気づいた……という想定だ。ちなみに、過去に同様な道迷い事故があり、遭難者が救出された場所でもある。
1.5kmほどといっても、登山道を外れてからすでに1時間以上も下ってきている。しかも現場は、威圧感のある急傾斜地にはさまれた、寒風吹き抜ける狭い鞍部。周囲に人の気配は一切なし。ひとりだったら相当な不安を覚えるはずの状況である。
ここまでニシバラはほとんど場所を把握できていないはず。
森「いまどこにいるかわかる?」
西「全然わかりません」
OK。ここで初めて、スマホアプリの起動を許可する。ここからはニシバラが先導し、私とアラーキーは黙って後をついていくことになっている。
森「あとはまかせた。われわれが無事下山できるかどうかはあなたにかかっているのだ~」
西「了解です!」
早速、食い入るようにスマホの地図に見入るニシバラ。だが、地図と地形の読み方などほとんどわかっていないはずで、一所懸命なにを見ているのか……。
5分後、彼女が立てた作戦は以下のとおりである。思うことはあるが、なにも言わずうなずく私。では早速、実験スタートだ。
開始20分で早くも……
スタート直後、あたりを見回して、どっちに向かっていいのか早速迷っているニシバラ。地図上でルートは決めたものの、そのイメージと目の前の地形が一致しないようだ。
地図上で予定した方角は、実際に見ると、とても歩いてはいけなさそうな急斜面になっている。しばし考えたのち、予定ルートよりやや右寄りの斜面を登り始めた。予定ルートから大きく外れないようにしつつ、歩きやすいところを進んでいこうということらしい。
スマホ画面を見ながら右往左往し、強引に突き進んでいくニシバラ。しかたなく私も後ろをついていく。
歩きづらい急斜面をトラバースしていくために上や下に回ったりしているうちに、斜度はさらに強くなっていく。行く手は崖のように落ち込んでいるが、かまわずそこに突っ込んでいこうとしている。
西「向こうに車道が見えるんですよ。方角は合ってるはずなのでがんばります」
……これ以上はヤバい。
実験開始からわずか20分。不本意ながら私は早くも実験中断の笛を吹いた。
森「ストップ!! アドバイスしちゃいけないんだけど、そっちはさすがにダメ。危ないよー!」
地形を無視した直線ルートでは、わざわざ歩きづらいところを進んでいくことになるので、行き詰まるのは時間の問題ではあった。とはいえ、思ったより早かったな。
スマホアプリだけでは無事下山できない。早くも証明されてしまったか。
ルートプランを立て直す
安全地帯まで引き返し、再度ルートプランを練り直す。ニシバラが立て直したルートプランはこのようなものだ。
オレンジのラインが新しいルート。926と書かれたピークの近くまで一度登り返してから、登山道を目指して下っていく計画である(青線は当初行こうとして挫折したルート)。
西「まっすぐ突っ切ろうとしても、うまくいかないことがわかりました。地図の等高線と地形の関係がなんとなくわかってきたので、歩きやすそうなところを選んだつもりです」
新ルートプランで彼女が気にしているのは、最後、登山道に出る手前。地図上では沢を渡らなければならないように見えるが、その沢が渡れるかどうか不安だという。
西「もし渡れなかったら、上流のほうにまわって渡れるところを探します」
やるじゃないか、正しい判断だと心のなかで思いながら、私はもうひとつの不安点を気にしていた。ニシバラが示すルートは、926ピークから登山道に向かう箇所の等高線の間隔が狭い。ということは傾斜が強いわけで、歩いて下れない箇所にぶち当たったりしないだろうか……と。
まあ、そこはニシバラについていくのみだ。いよいよまずくなったら、そこでまた考えよう。
Vとウェーブが読図のカギだ
少し登り返してから、今度は下りに入っていく。
登山道のない場所では、ピークから下り始めるポイントを見つけるのがいちばん難しい。しかしここはスマホアプリが威力を発揮。現在地が常に示されているので、ニシバラも迷うことなく狙ったラインに入っていった。
冬枯れでヤブが少なく、歩きやすいのはいいが、案の定、傾斜はけっこう強く、崩れやすい足元に気をつけながら下っていく。まだ危険を感じるほどの傾斜ではないが、これ以上強くなってきたら、またストップをかけなくてはいけないかもしれない。
そんなことを考えているうちに、急傾斜の沢状地形を前にしてニシバラが立ち止まった。
森「ここ下りるの?」
西「いえ……。そっちはVが深いので、右寄りに行こうと思います。そっちのほうがウェーブがゆるやかなので歩きやすいかなと」
素晴らしいじゃん! 等高線が読めてきたな!
ニシバラが言う「V」というのは沢状地形のこと、「ウェーブ」は尾根状にふくらんだ場所のこと。Vもウェーブも彼女の勝手な用語だが、地図を見ながら歩いているうちに、Vよりウェーブのほうが歩きやすいと気づいてきたというわけだ。これぞ読図!
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ついに登山道が!!
下るにつれて傾斜は少しずつ強くなっていく。樹木にさえぎられて先がどうなっているのかはわからない。このまま進んでいくと、下りられないような崖に突き当たってしまうかもしれない――という警戒心を抱えつつ、ニシバラについていく。
時刻はすでに15時半。日没まであと1時間くらいしかない。それまでに少なくとも登山道までは下り立たないと。
西「めちゃくちゃいい線きてます! このまままっすぐ下りれば登山道です!」
スマホを見ながらニシバラが言う。もう登山道が近いことはわかっているが、問題は歩いて下りられるかどうかだ。
とはいえ、この状況で先行きに自信をもてるのは、スマホアプリならではであるのも事実。自分の現在地に確信がもてなければ、先の見えないこの斜面を下りていくのは勇気がいる。
西「川! 川! 見えましたよ!」
下を指さしてうれしそうに叫ぶ。眼下に見えるのは確かに登山道のある沢床のようだ。しかしそこに至る斜面はこれまででいちばん傾斜が強い。初心者と下るには一瞬躊躇するくらいだったが、スリップしたところで大事に至るような状況ではなかったので、一気に行ってしまうことにした。
踏み込むたびに落ち葉とガレもろとも崩れていくような斜面を下っていく。最後の最後、2mくらい岩が露出している箇所が現れたが、もうゴールは目の前。滑り降りてしまえ。
下り立った沢床には登山道の道標が。ここはまさに狙った場所で間違いない。最後、ちょっと強引に突破してしまったけど、無事下山に成功!
>>>[知識編]につづく
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文◉森山憲一 Text by Kenichi Moriyama
写真◉荒木優一郎 Photo by Yuichiro Araki
出典◉PEAKS 2021年2月号 No.135
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PROFILE
PEAKS / 山岳ライター
森山憲一
『山と溪谷』『ROCK & SNOW』『PEAKS』編集部を経て、現在はフリーランスのライター。高尾山からエベレストまで全般に詳しいが、とくに好きなジャンルはクライミングや冒険系。個人ブログ https://www.moriyamakenichi.com
『山と溪谷』『ROCK & SNOW』『PEAKS』編集部を経て、現在はフリーランスのライター。高尾山からエベレストまで全般に詳しいが、とくに好きなジャンルはクライミングや冒険系。個人ブログ https://www.moriyamakenichi.com