筆とまなざし#251「クライミング中のケガによって気付かされた、岩登りの自由さ」
成瀬洋平
- 2021年11月10日
ケガのおかげで秋晴れの空の下、9日間の療養。悶々とした先に見えたもの
左腕を7針縫う怪我をしました。クライミング中に岩がもげて落ち、後ろに生えていた木に激突。左腕を見ると皮膚が深く裂けていました。幸い出血はさほどなく、ガーゼと包帯でぐるぐる巻きにして下山。帰路の途中にある諏訪中央病院に寄り、縫ってもらって帰宅しました。2週間前の水曜日のことでした。翌週の月曜日に経過を見てもらおうと近くの病院に診察に行きました。あわよくば……と思っていたけれど傷の治りはまだまだで、早くても週末にしか登れないと言われました。
いろいろな要因が重なっての怪我(だいたいこういうことは色々な要因が重なって起こる)ですが、クライミングは危険がつきものだし、怪我自体は仕方ない。この程度で済んだのだから良かったわけですが、一年のうちでもっとも大切なクライミングシーズンに登れないというのが辛すぎます。とくに10月中は雨の日が多くて思うように登れず、身体のコンディションを整えて晴れの周期を待っていただけに、しかも怪我の翌日からは待ちに待った秋晴れが続いているため、悶々として毎日をすごすしかありませんでした。
こんなときだから絵を描けば良いのですが、清々しい秋晴れの空を見上げていると絵を描く気分にもならない。それに少しでも体を動かして体のコンディションを保ちたい。そこで思いついたのが、春から開拓をしている岩場の岩掃除でした。苔落としなら右手しか使いません。夏の間はドロドロだし虫も多かったので足が遠のいていたのでした。ちなみに、ジムで片手だけボルダリングをしてみたのですが、これはダメ。右手が怪我しそうで1時間でやめました。
掃除を始めたのはスラブとフェイスのちょうど中間くらいの傾斜の岩。10mほどの岩の真ん中に一本のフィンガークラックが走っています。けれども、クラックは岩の1/4のところでグルーブとなって途切れてしまう。左上には別のクラックが走っていて、掃除をしてみるとスローパーがそのクラックとクラックをみごとに繋いでくれているのでした。苔を落としながらついついカムやジャミングを試してみるけれど、適当なところでやめ、あとは下から登ったときのおたのしみにすることにしました。周辺の岩を二日間かけて掃除すると、悶々とした気持ちはワクワクに変わっていました。
翌日、ようやく抜糸でき、今度は近くにあるクラックボルダーを掃除しました。「登って良し」となるのは翌週月曜日の診察を待ってからですが、軽くなら大丈夫だろうとのこと。9日ぶりにクライミングシューズを履いてみることにしました。
岩登りって、こんなにも自由だったんだ。まるで、空を飛んでいるかのよう。ただ、岩の道しるべにしたがって登るだけ。完璧なクラックは、上部で少し途切れて右側のクラックがリップへと繋がっている。それがまた焦らされているようでおもしろい。すっかり体がなまってしまい、登り方も忘れかけ、上部に差し掛かると脈拍が少しだけ早くなるのがわかりました。岩のてっぺんに立つと、強い西日が差し込んでいました。
もう一度通院しなければいけませんが、少しずつクライミングを再開しています。絶望、悲しみ、怒り、憤り。絵が生まれる源泉はいろいろあるけれど、自分の場合は自分自身が健やかであったほうが良いようです。
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