山ではどんな薬をもつべき? 医師に聞く“薬”の備え方
PEAKS 編集部
- 2022年03月22日
登山時に携行するファーストエイドキッド。そのなかに加えている薬、どんなものを用意してる? 「もしものとき」に自分にとって役立つ薬ではないと持って行く意味はありません! では、どんなものがあるといいのか。山で持つべき薬についての考え方を、野外救急医が解説。
INDEX
そもそも、「薬」とは?
まず、薬というものは体になんらかの作用を起こさせる成分を抽出して集めたものであるということを知っておいてください。それがいい方向に働いているように見えれば「薬」、悪い方向に働いているように見えれば「毒」といえるでしょう。
いいと思われる効果を求めて薬を使っても、効きすぎれば害を及ぼし「毒」となることもありえます。たとえば血糖値を下げる糖尿病の薬は、糖尿病のコントロールを良くするために使われますが、低血糖を起こしてしまうこともあります。
また、多くの薬は求める主の作用だけではなく複数の作用を持っています。求めていた作用が十分に発揮されても、それ以外の作用が害を及ぼせば、それは「毒」ということになります。たとえば、花粉症に対する抗アレルギー薬は鼻水や目のかゆみを抑えるかもしれませんが、眠気が強く出て安全に車の運転ができなくなるかもしれません。
そしてなにより、病気や症状に対して正しく選択する必要があります。足の指先がかゆいので塗ったかゆみ止めのせいで、原因だった水虫が悪化するかもしれませんし、お腹が痛いので使った痛み止めのせいで、原因だった胃潰瘍が悪化してしまうかもしれません。
このように「薬」として使った人にとって有益に働くか「毒」として悪い方向に働くかはつねに表裏一体といえます。薬は、病気や症状を理解したうえで正しく選び、適切な量を副作用に注意しながら使用する必要があります。これは処方薬でも市販薬でも変わりません。「薬」自体が安全ではないということを覚えておきましょう。
その薬、本当に使う必要がありますか?
もしあなたが、家で119番に電話をすれば平均8分で救急車がやってきて、決定的処置ができる病院に運んでもらえます。しかしそれが登山口から遠く離れた山中ならどうでしょう。電波状況がよく、救助ヘリの出場が困難でない条件がすべて整っていたとしても、傷病者がピックアップされるまでの所要時間が1時間であれば驚異的な速さといっていいでしょう。逆にこれらの状況が揃わなければ、救助までに数日を要するかもしれません。
野外では多くの場合、通常の医療体制にはすぐにはアプローチできない、ということを理解しておく必要があります。それならば、より多くの薬を持って行ったほうがよいのではないか? そう考えられるかもしれませんが、実際はそう単純でもありません。
登山時に薬の使用により重篤なアレルギー反応が出てしまったり、副作用を起こしてしまったら。前述したようにすぐに病院へは運んでもらえません。「薬を使うことによりベネフィットがリスクを上回る」ということをより真剣に考える必要があります。
もちろん薬を用いなければ改善しない傷病もたくさんあります。しかしリスクを踏まえると野外ではとくに、本当に薬を使う必要がある場面は限られると考えるべきです。
登山に携行できるものは限られる。「自分にとって必要な薬」選び
ひと言に登山といっても、低山のワンデイハイクなのか、キャンプしながらロッククライミングをするのか、はたまた未踏峰へのエクスペディションなのか、アクティビティの内容はさまざまだと思います。自分の行なおうとしているアクティビティではどんな傷病が発生しやすいのか? アクティビティを行なう場所は? 時間や日数は? 運動負荷の程度は? 傷病に対して自身でどれだけ対処する必要があるのかという基準によって、選ぶ薬は変わります。
さらにいえば、自分の持病やそのときの体調、また、どんなときにどういった症状が出やすいか。いままでどんな薬を使って効果はどうだったか。そういったパーソナルな条件も加味しなければなりません。
「とりあえずこれだけ持ってけファーストエイドキット薬編」のようなものを鵜呑みにしてはいけません。どんな薬を山に携行するのかということは、これらを自分で考えることから組み立てていかなければならないのです。
登山に携行できるものは限られ、「必要なもの」は個々人によって違います。そのほかの装備と同じように、「自分にとって必要な薬」を選んで携行することが大切です。
携行薬の基本の考え方としては、「日常>非日常」の観点で考えましょう。都市生活でも日常的に欠かさず服用する薬をベースとし、2段階目には一般生活でのトラブルに備える旅行時の携行薬が加わります。3段階目に一般的な登山でのトラブルに対処する薬、そして4段階目には、リスクの高い登山時の携行薬です。シビアな環境下であればあるほど、その想定されるリスクに対して自身で対処する必要性が高まり、備えるべき薬は増えていきます。
携行薬の基本の考え方
持病の薬
必ず携行すべき基本の薬。都市生活時において欠かさず服用するものは野外活動時においても必要なもの。降圧薬、血糖降下薬、喘息発作予防薬など。
旅行時の携行薬
一般生活でのトラブルに備えるもの。考え方としては旅行時に持って行く薬は野外活動時での携行薬でもある。胃薬、痛み止め、便秘薬など。
登山時の携行薬
一般的な登山でのトラブルに備えるもの。消毒薬(外傷)、かゆみ止め軟膏(虫刺症)、抗アレルギー薬(アレルギー反応)など。
リスクの高い登山時の携行薬
リスクの高い登山時に、想定される特定のリスクに備えるもの。抗菌薬(臓器感染症)高所障害予防・治療薬(急性高山病)など。
市販薬と処方薬の違い
市販薬は比較的安全性が高いものが多いが、アレルギーや副作用がだれでも出ないとはいえない。医師の眼をとおして出されているものではないので、自分で理解したうえで正しい判断が必要だ。
登山時の携行薬例
持病の薬は必ず携行することを徹底したうえで、登山時の携行薬として活用できる薬を一部紹介。自分にとっての必要な薬を判断したうえでチョイスしよう。
鎮痛薬
さまざまな傷病の痛みのコントロールに使用でき、携行がすすめられる。「アセトアミノフェン」は消化管粘膜障害や腎機能障害などの副作用のリスクが比較的低く、汎用性が高い。
市販薬例
タイレノール・A、アセトアミノフェンK錠など
胃薬
腹部の症状が胃などの上部消化管が原因ではないことも考慮して鑑別を考えるべきである。携行薬としては制酸薬のPPIや、市販薬でも購入できる「ファモチジン」などが挙げられる。
市販薬例
ガスター10、ファモチジン錠「クニヒロ」など
傷・熱傷の薬
股ズレ、靴擦れなどの間擦疹、火傷などで皮膚のバリアが損傷した場合は清潔にした後、「白色ワセリン」などを使用し、保護する。傷が感染した場合は対応が変わるので注意して観察する。
市販薬例
ワセリンHG、白色ワセリンなど
虫刺症の薬
ブユやアブ、ハチなどに刺されてかゆみや腫れが強い場合は、炎症を抑えるためにステロイド含有軟膏の使用を考慮する。毛虫などによる皮膚炎や、ウルシなどの植物かぶれにも利用できる。
市販薬例
ベネベート・クリームSなど
感染症の薬
表皮感染症では抗菌薬含有軟膏を使用するが、深部に発展した場合は内服の処方薬を使用する必要がある。エクスペディションに携行するものは、広域抗菌薬を選択せざるを得ない。
市販薬例
ベネベート・N軟膏AS、フルコート・fなど
アレルギーの薬
花粉、虫刺症、食物など、野外でもアレルギーが発生する要因は多く、市販でも手に入りやすい抗ヒスタミン薬が効果的である。アナフィラキシーの既往がある場合はアドレナリン自己注射薬を携行する。
市販薬例
アレグラ・FX、フェキソフェナジンAGなど
教えてくれた人:救急医 稲垣泰斗さん
WMAJ医療アドバイザー、北里大学医学部総合診療医学特任助教。全国各地のトレイルランニングレースで救護ディレクターを務め、自身も100マイラーでもある。
※この記事はPEAKS[2021年3月号 No.136]からの転載であり、記載の内容は誌面掲載時のままとなっております。
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PROFILE
PEAKS 編集部
装備を揃え、知識を貪り、実体験し、自分を高める。山にハマる若者や、熟年層に注目のギアやウエアも取り上げ、山との出会いによろこびを感じてもらうためのメディア。
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