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甲斐犬コマとの一銃一狗のこと|Study to be quiet #15

縁あって二頭目の犬は甲斐犬となった。はるか古代から甲斐の山間で育て伝えられてきた地犬。冬枯れの甲斐の山河で駆けまわる虎毛の四肢を見ていると、時代を超えた犬の連綿たる存在を感じる。私たちの先祖はなにを求め犬を飼い、どんな景色を見てきたのか。

文◉成田賢二
写真◉成田賢ニ、洞 翔太

犬を育て犬に学ぶ。人と犬に存在した原始のチームワーク。

「甲斐犬の仔が産まれたがほしいかい」

Yはいつも唐突に話を持ちかけてくる。しかしこちらのようすを見計ったうえでの話なので、おおむね的を射ている。

「そろそろ二頭目がいてもいいなと思っていた、だが結構大きくなるよな? 子どもが散歩できるだろうか?」

「ところがあまり大きくならないやつだ。両親とも小さい、血統書もある、見た目も悪くない」

「猟には使えるのか?」

「見たところ使える、間違いない」

「そんじゃ一度見てみるか」

数日後にYは仔犬を抱えてやってきた。ユキのときと同じ調子である。甲斐犬というのは気難しいと聞いていたが、どういうわけかこの仔犬はむやみに人懐っこい。初めから尻尾を振って大いに愛嬌を振り撒いている。

「甲斐犬には三種ある。黒虎、中虎、赤虎、こいつは中虎かな。舌斑、ベロの黒い斑らね、これも甲斐犬の原種の証拠」

「思ったより見た目かわいいな、こんなの見たらほしくなるじゃんか」

「動くものの追い方がいい。相手との距離感もいい。猪見て噛みの入るような犬は、小さい子どもがいる家には無理だが、こいつはその心配はない」

「それ一番重要です、で、条件は?」

「そのうちこいつの仔を取りたい、それだけ」

「でいいの? そんだけ?」

「ああ、それだけ」

Yは犬全般、とくに甲斐犬について造詣が深い。本来、甲斐犬とは山梨在来の地犬であり猟欲があって当然である。しかしペット化した犬に猟欲は不要であろう。見た目を優先し、猟欲は抜きにして交配させるため、実猟で使える甲斐犬は非常に少なくなってきている。

飼い始めてみたが本当に人懐っこい。我が家からは南東に甲斐駒ヶ岳が望める。犬小屋は甲斐駒のほうに向けてある。だから名前はコマとした。

この犬はだれにでも尻尾を振って愛想を振り撒くため、近所の散歩の人たちが撫でにくる。なかには犬の餌を玄関先に置いていく人までいる。他人には臆病で引っ込み思案なユキとはずいぶんな違いである。

あまりに元気なので、まだ早いかとは思いながら試しに山に連れて行ってみた。まだ足元は覚束ない。しかし崖にはよじ登る、川には突っ込む、山鳥には吠え立てる、けたたましいことこのうえない。なにより非常に性格が単純でわかりやすいのがいい。見るところ、食欲と好奇心しかない。

秋がすぎて猟期になり体格も安定してきた。さっそく山へ連れて行き、恐る恐る放してみる。どこまでも行って帰ってこない恐れがあると思ったら、案外に戻りがいい。さっそく、地鼻から鳴きが入ったかと思うと谷を突っ走っていった。斜面で寝ていた鹿を追い散らしたようだが、しばらくすると、やってやったというような顔をして戻ってきた。そして猛烈に水を飲む。

ユキとセットで放してみると、初めはユキに追従していたがそのうちにユキより前を走るようになっているではないか。二頭がいっしょだと気が大きくなるのか、戻りがやや悪い。ひとまずは行動パターンを読み切るために単犬で山を引いてみることにする。

とにかくこの犬はわかりやすい。捜索中はやたらに動き回るがひとたび濃い臭いに乗るとスーッと一直線に離れていく。多くは鹿である。斜面を走る犬の軌道が鹿の軌道と同じだからこれはすぐにわかる。

停止して鳴きわめき、すわ猪かと思うと大概は猿である。これは山に猿のキーッという高い声が響くのですぐわかる。猿の止まる木に駆け上らんばかりにして吠え立てている。猿は枝を飛び渡りながら犬を巻こうとする。

同じように鳴きわめきながらも、猿ではないときもしばしばある。そーっと近づいてみると木の根やそのウロ、あるいは岩の割れ目、これらの穴に向かって鼻を突っ込んで吠えたてている。これは穴熊である。穴熊は姿は見せぬが殊にお気に入りらしく、引き離すのに骨が折れる。リードに繋いで数百メートルも離れた違う斜面まで引きずっていき、別の筋に乗せても同じ穴熊に舞い戻って吠え立てていることもよくある。こいつはバカかもしれんと思いながら、バカは自分かもしれないので犬をなだめながら再び引いていく。

あるいはカモシカであることもよくある。これは急斜面や岩場で鳴き止まるから鹿ではないことが明瞭である。彼らは逃げるということは損だとでも思っているのか、崖を足元にしてしばしば篭城する。当然ながらカモシカは天然記念物であり狩猟対象鳥獣ではない。

「カモシカは危ねえぞ、窮すると角で突進するから腹裂かれるぞ」

これは先輩たちからよく言われていることである。鼻息を鳴らしたり前足で地面を掻いて威嚇をする先方になんとかお引き取りを願いながら、ケンカをなだめ、犬を引き剥がす。

しばらくはこんなことが延々と繰り返される。山のなかで独り苦笑をする。これでは猟をしてるのか子守りをしてるのかわからぬ。おかげで毎回いろんな動物たちに出会えるのはたしかである。しかし私は動物たちに会いに山に行っているわけではない。

「さてここからが正念場だろうな、こいつをどうやって使えばいいか、ここからはだれも教えてはくれないなあ」

そうぼんやり考えていると、またしても鹿の臭いに乗ったらしくコマが山を駆け上がっていった。しばしその軌道を見守る。液晶が表示する軌跡がおそらく相手が鹿であることを物語っている。そこまで緩やかだった尾根が、尾根の形をなくし急斜面へと吸い込まれる場所に私はいた。直後に犬が遠くで鳴いた声が聞こえた。念のため周囲を見回すと両側の尾根は高く発砲に不安はない。それを確かめてから静かに弾を薬室に送る。鹿はどっちに走ったかなと考えていたら、数秒後に前方の急斜面から鹿が横っ飛びに飛び降りてきた。飛び降りようとした先に私がいたもんだから、着地した瞬間に方向転換しようとした鹿の前足はガレ場の急斜面でずっこけた。体勢を崩されながらも再び鹿は横っ飛びしようとする。落ち着いて構えるまもなく、かろうじて頰づけできた状態でとりあえず一発、これが当たったかどうかもわからず、急斜面を転がり落ちる鹿にもう一発。

ガレ場の斜面で細い立木にガチガチと角を衝突させながら、鹿はようやく止まった。

鹿は目の前の急斜面の上の狭い平場に寝ていたのだろう、単独のオスだった。一般に独りもののオスはふてぶてしく起き上がりが遅いため、臭いを追って背後の尾根から回り込んだ犬にいきなり鳴かれたため、おどろいて急斜面を飛び降りたのだろう。そこに私がいたというわけで、おどろいたのはこちらも同じであった。

いままでユキを使って獲った鹿は、すべて私から逃げようとする鹿か、ようすを伺う鹿であった。偶然とはいえ犬が本当に目の前まで獲物を追ってきたのは初めてのことだった。もしかしたら鉄砲ではなく槍かなにかでもこの鹿を止めることができたかもしれない、それくらいの距離であった。ひとまず私は、その鹿を止められたことに、深く安堵していた。犬の私に対する信頼は、私の犬に対する信頼ほどに深まったのだろうか。それとも日々このようにして、私たちの信頼は深まっていくのか。

興奮するコマをなだめながら、ガレ場の急斜面からなんとか解体できる場所まで鹿を引き摺り下ろす。枝肉に切り分け、残滓を埋め終わるころには日はすでに落ちかけていた。端肉をもらったコマは腹も満ち足りて満足気である。しばらくは私の背中のザックからはみ出す肉に向かって吠え続けた。背中の重みに耐えつつ山の斜面を登り返す。

一連の流れを反芻しながら、相手が鹿ではなく猪ならどうなっていたかを私は考え続けていた。

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PROFILE

成田賢二

PEAKS / 山岳ガイド・マウンテンワークス

成田賢二

1982年山梨県生まれ。古民家で野菜を作りながら犬、猫、鶏と暮らす。山ではいつも探し物をしている。春は山菜、夏はイワナ、秋は松茸、冬は猪。難しすぎず易しすぎず、のんびりくつろいで泊まれる山旅を愛する。山岳救助や行方不明者の捜索にも携わっている。

成田賢二の記事一覧

1982年山梨県生まれ。古民家で野菜を作りながら犬、猫、鶏と暮らす。山ではいつも探し物をしている。春は山菜、夏はイワナ、秋は松茸、冬は猪。難しすぎず易しすぎず、のんびりくつろいで泊まれる山旅を愛する。山岳救助や行方不明者の捜索にも携わっている。

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