大いなる山 Mt.デナリ・カシンリッジへの挑戦 準備編|#1
佐藤勇介
- 2024年08月02日
北米大陸最高峰、デナリ(標高6,190m)。7大陸最高峰のひとつに数えられ、その難易度はエベレスト登山より高いという声もある。
高所登山としての難しさだけでなく、自身による荷揚げ(ポーター不在)、トレイルヘッドからの比高の高さ、北極圏に近い環境など、複合的要素が絡み、登頂成功率(※2023年度)は30%前後。
そんなデナリへ初めて挑んだ、山岳ガイドの山行を振り返る。
文・写真◉佐藤勇介
編集◉PEAKS編集部
直感
2023年11月、鹿児島県・屋久島にあるモッチョム岳の岩壁を登りに行ったときのことだ。今回のパートナーで同じ山岳ガイドの井出光俊から「来年、デナリに行かないか?」と誘いを受けた。デナリとなれば1カ月近くの遠征になる。すでに仕事の予定が入っていたが、ルートはカシンリッジ(*)からのとのこと。条件反射的に「行きたい!」と応えていた。
それから即座に予定を調整し、デナリ遠征への計画・準備に入ることとなった(予定変更に快く応じて下さったみなさま、ありがとうございます)。
私は判断に迷ったときは直感に従うことにしている。いくら長い時間、思い悩んだところで結局は一番初めに「いい」と思ったものを自分は選択するということを知っているからだ。だからコンビニでパンや飲み物を買うときも、一番初めに目に入ったものを選んでいる(笑)。直観はいつも間違いない!
(*)カシンリッジ:北米を代表するクラシックルートで1961年にクライミングギアメーカーの「CASSIN」で知られるイタリアの登山家リカルド・カシンらによって初登された。現在の技術水準からするとそれほど難しくないが、長く危険なアプローチ、80,000フィート(約2,400m)の登降差、極北の寒さと嵐、困難な撤退という多くの問題がいまなおクライマーたちを退けている。
北米最高峰であるデナリは標高6,190m。長らくマッキンリーと呼ばれていたが、2015年に北米先住民の呼び名である「デナリ」が正式名称となった。デナリは現地の言葉で「高きもの」「偉大なるもの」を意味している。その名が示すとおり、実際エベレストよりも大きい。標高はエベレストのほうが3,000m近く高いが、チベット高原からは3,700mの高度差にすぎない。対して、デナリの麓の標高は600mほど。そこからの比高は5,500mに達する。麓から見た大きさはデナリのほうがはるかに勝っているのだ。
標高6,190mは私にとっては未知の領域。高地障害が出る標高は人によってそれぞれだが、ここまでの高度に順応しながら進めていく登山は初めてだった。何事もやってみないとわからない。そういえば芸術家の岡本太郎もこんな言葉を残していた。「怖ければ怖いほど逆にそこに飛び込むんだ。やってごらん」と。
デナリに行くにあたって、もうひとり同行者が加わった。同じく山岳ガイドの宇井太雄である。
同行者を募ったのにはわけがある。長期にわたる山では3人パーティがベストだと思っている。荷物を分担できるということももちろんだが、意見が割れたときにふたりだと真っ向から対立してしまうことがある。3人いれば意見もまとまりやすいし、雰囲気も和むというもの。3人だと道中の話題が途切れづらく、不意のトラブルにも対応しやすいもの。
そしてもしかすると、出発前に病気や怪我をしてしまう可能性もあるだろう。そんなときも3人いれば、ひとり欠けても山行を中止しなくとも済むわけだ。
準備山行
難易度の高い山にトライするには山行準備をしっかりと行なわなければならない。おもに計画、装備、食糧、体力づくりなどが挙げられるが、なによりも同行者との意思疎通が大事だと思う。井出とはこれまで幾度となくともに山に登ってきたが、宇井とは今回が初めてである。
おたがいを理解するには山に行くのが一番。準備山行をすることによって装備や食糧の確認ができるし、なによりもテントの中でじっくりと細かい打ち合わせの時間をとれることが大きい。今回は軽量化のため、ロープは1本だけにして登ることに決めた。通常、3人パーティであればロープ2本を使ったダブルロープシステムでおたがいに確保しながら交代で登るスタカットクライミングを行なうが、どうしても行動が遅くなる。登攀スピードも重要なカシンリッジでは、難しくない部分はロープ1本で同時行動(コンティニュアスクライミング)を積極的に行なう必要があった。始めから1本のほうがスピーディで効率的でもあると考えたからだ。
当然、いいことばかりではなく不具合も起きやすいので、いろいろ確認しておく必要があった。
準備山行ではいくつかの要素を念頭においてルートを選んだ。
・幕営装備を含んだ登攀であること
・アイスクライミングパートがあること
・登攀距離が長いこと
である。そして氷河上を歩くためにクレバスレスキューも取り入れた。
天候不順や雪不足などもあってルート変更を強いられたが、概ねよいトレーニングを行なうことができたと思う。
低酸素室
トレーニングのひとつとして高度順応がある。もっともポピュラーなのは富士山に登ることだ。今回ももちろん富士登山を計画に入れていたが(実際は天候不順のため登らず)、念のため低酸素室にも通うことにした。
低酸素室を利用する利点は事前の高地順化とトレーニングによるパフォーマンスの向上だが、もうひとつ大事なことがある。高地障害の現われ方は人それぞれで、標高2,000mで発症する人がいるいっぽう、4,000mでも平気な人もいるし、症状の出現内容も人による。始めに頭が痛くなる人もいれば、気分が悪くなる人もいる。
重要なのは自分にどんな高地障害の特性があるか知ることだ。早めに対処・判断ができれば、重症化を防ぐことができる。事実、高地障害で死亡したり搬送されたりするケースはデナリでも少なくない。日本の山でも高度に弱い人は、あらかじめ低酸素室に入って高地酸素濃度を体験しておくといいだろう。
装備の選択や食糧計画、事前の申請手続き、現地での移動や宿の手配など、慌ただしく進めているうちに出発が目前に迫ってきた。完璧な準備が整ったとは言い難かったが、「あとは野となれ山となれ」の精神で部屋いっぱいに拡がった大量の荷物を大型のダッフルバックに詰め込むのであった。
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PROFILE
1979年生まれ。山岳ガイドとして、ハイキングからアルパインクライミングまで四季を通じて幅広く日本中の山々を案内している。プライベートでは長期縦走、フリークライミング、ルート開拓に熱をあげ、ガイド業の傍ら東京・昭島市でボルダリングジム「カメロパルダリス」を経営。日本山岳ガイド協会・山岳ガイドステージⅡ。