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モデル仲川希良の「絵本とわたしとアウトドア」#12 旅の絵本

帽子にサコッシュにストール……旅先で使っていたものを纏うと、ふとその土地の残り香が漂ってくるような気がします。なかなか旅に出られないいまは、そのままカメラロールを遡って思い出に浸ってしまったり。

「旅の絵本」は、ぐずる息子を連れて行き過ぎようとしていた本屋で見つけました。どこかへ出かけたい気持ちが募りすぎていたのか、題名を見て咄嗟に手に取った一冊でした。数ページめくってすぐに、「私はこの場所を知っている」という感覚に。出会ってほんの数分後にはベビーカーの荷物カゴにこの絵本をしのばせて、なんだか少し足取り軽く、都心の雑踏を歩いていたのです。

文字はなく、画面いっぱいの緻密な水彩画だけで構成された絵本。作者の安野光雅さんは亡くなる2年前の2018年までに、9冊もの「旅の絵本」シリーズを生み出しました。私が手に取ったのは1977年に発行された1冊目の、「中部ヨーロッパ篇」。知っている、と思ったのもそのはず。私がこれまで何度も訪れている地域が描かれていたのです。

1ページ目、旅人が船でたどり着いた岸辺は、フィンランドの海を思わせました。水際まで迫る平らな森と鹿の姿。安野さんが1953年に初めて降り立ったヨーロッパがデンマークだったそうですから、これはたしかにスカンジナビアの岸辺です。縞のパラソルが集まる広場のマルシェは、フルーツを食べながら歩いたクロアチアのドラツ市場のよう。

そして何より度々登場する木骨模様の家々。私の祖母や父が生まれ育ったフランスのアルザス・ロレーヌ地方は、この建築様式の街並みが特徴です。煙突の上にはコウノトリが巣を作り、村はずれには葡萄畑が延々と広がります。ペタンクを楽しむ大人も、待ち望んだ移動サーカスにはしゃぐ子どもも、みんな私が幼少期のバカンスで目にした景色。

アルザス・リボーヴィレ村を見下ろす山の上の古城目指してハイキング。旅先の登山はその土地をより深く感じられる気がしてよくするけれど、少し落ち着いて人々の暮らしを眺められることも、好きな理由なのかも

 

アルザスの小さな里山に上って、ちょうどこの本に出てくる風景にそっくりの、おもちゃみたいにかわいい村を見下ろしたときのことを思い出しました。

全ページに共通する、鳥の目線のような俯瞰の構図は、その土地に決して馴染めはしない旅人の心持ちを感じます。文字がないことも、言葉の通じない旅先の、どこかぼんやりした意識を蘇らせます。少し距離を置くからこそ、ほっと安心して眺められるような、よそ者だからこそ、その土地がかもす雰囲気を感じ取れるような、旅人の感覚。この絵本があれば私はいつだって、旅に出られるのです。

 

 

旅の絵本
(安野光雅/福音館書房)
落ち着いた色彩のなかに名画へのオマージュや騙し絵も散りばめられ、見飽きることがない。最後のページで旅路をともにした馬を降り、山の向こうに消えていく旅人。次はどこへ行くのでしょうか。

 

モデル/フィールドナビゲーター
仲川希良
テレビや雑誌、ラジオ、広告などに出演。登山歴はランドネといっしょの12年。里山から雪山まで幅広くフィールドに親しみ、その魅力を伝える。一児の母。著書に、『わたしの山旅 広がる山の魅力・味わい方』『山でお泊まり手帳』

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PROFILE

仲川 希良

ランドネ / モデル/フィールドナビゲーター

仲川 希良

テレビや雑誌、ラジオ、広告などに出演。登山歴はランドネといっしょの14年。里山から雪山まで幅広くフィールドに親しみ、その魅力を伝える。一児の母。著書に、『わたしの山旅 広がる山の魅力・味わい方』『山でお泊まり手帳』

仲川 希良の記事一覧

テレビや雑誌、ラジオ、広告などに出演。登山歴はランドネといっしょの14年。里山から雪山まで幅広くフィールドに親しみ、その魅力を伝える。一児の母。著書に、『わたしの山旅 広がる山の魅力・味わい方』『山でお泊まり手帳』

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