国内外で活躍するインタープロ・サイクリングアカデミーの秘密に迫る
FUNQ
- 2019年05月29日
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ツアー・オブ・ジャパンで伊豆ステージ優勝を上げ、
チーム総合3位に食い込んだインタープロ・サイクリングアカデミー。
知られざるチームの全貌を明らかにする。
TEXT&PHOTO:松浦まみ
国際色豊かなUCIコンチネンタルチーム
今年3月のツール・ド・とちぎ第2ステージで、大集団のゴールスプリントを制したマリス・ボグダノヴィッチ。この時にインタープロ・サイクリングアカデミーの名前を初めて目にした人も多いだろう。インタープロは、世界8ヶ国から集まった総勢16名の選手を擁する国際色豊かなチーム。日本とフランスの自転車文化の架け橋として2006年に日本在住のフランス人とカナダ人の二人によって創設されたアマチュアチーム「日仏サイクリングクラブ」を前身とし、創設者の想いを継いで日本から世界に羽ばたく選手を育成することを目標として実績を積み続け、2年前に日本籍のチームとしてUCIコンチネンタル登録を果たした。
現在UCIアジアツアー・ランキング3位、日本籍のチームでは1位という驚異の成長ぶりを見せている(2019年5月現在。ちなみに2位はキナンサイクリング、3位はチーム右京)。
設立時からのチームの特色として日仏両国の選手をメインに構成され、日本とフランスの二箇所に拠点を構える。日本の拠点は、ツアー・オブ・ジャパンの南信州ステージでもある長野県飯田市。フランスのベースは、自転車競技が盛んなオキシタニー州のリル・ジュールダンで、州の後援を受けている。
インタープロのジュニア・ゴーティエ・ナヴァロ選手を激励する世界チャンピオンのアレハンドロ・バルベルデ
欧州を目指す日本の若手に国際レースを走る機会を提供
昨年のレース活動の延べ日数は104日。世界中のUCIチームで唯一、五大陸のUCIレースを制覇したチームとなった。
今年1月のチャレンジ・マヨルカでは、チーム内で最も若い18歳の選手が世界チャンピオンのアレハンドロ・バルデルベと一緒にレースを走った。世界を見渡しても、ジュニアが世界チャンピオンと走れる機会を提供できるチームは滅多にないだろう。
チームの目的が若手選手の育成であることから、16名中9名がU23であり、フランス側では先述のジュニア・チャンピオンのゴーティエ・ナヴァロ(19)が所属、日本側ではナショナルチームのメンバーでもある石原悠希(21)をはじめ、小山智也(20)、篠田幸希(20)3名の若手選手に加えてベテランの水野恭平(30)がリーダーとして在籍。
今年新たに投入されたのは、昨年までワールドチームのBORAハンスグローエに所属していたアレクセイエス・サラモティンス、ブエルタ・ア・エスパーニャの出場経験もあるコロンビア人選手のエルナン・アギーレ。若い選手にとって、グランツール経験者と一緒にトレーニングしたりレースを走ることは、日本では滅多に得られない貴重な経験だ。
今シーズンは、UCIワールドチームやUCIプロコンチネンタルチームが大半を占めるチャレンジ・マヨルカ(1.1)を初戦として口火を切り、3月のツール・ド・ルワンダ(2.1)ではチーム総合2位をマーク、アスタナやディレクトエネルジー、イスラエルアカデミーよりも上位にランク。これにより、UCIアジアツアーチームランキングで1位を獲得した。
ツール・ド・ルワンダは1日の距離が200kmを超えるハードなステージレース。日本では経験できない距離のレースは世界には山ほどあり、そんな中で選手は成長していく。
フランス人のチームメイトと語らう石原悠希選手
世界中の選手とコミュニケーションし、ネットワークを作る
今回ツアー・オブ・ジャパンに出場した選手は、日本の石原悠希、小山智也、フランスのアドリアン・ギヨネ、フロリアン・ウドリ、コロンビアのエルナン・アギーレ、そしてスペインのパブロ・トーレスの6名。
石原も小山も英語が特に堪能というわけでもないが、物怖じすることなくいつも楽しそうに他国の選手達と話をしていた。よく言われることだが、強くなるだけでは世界で通用する選手にはなれない。コミュニケーションが取れなければレースでは致命的であり、海外に拠点を置いて世界を転戦するのが仕事である自転車選手にとってその国の言葉、その国の文化に馴染めなければ日々の生活は苦しいものになり、自転車選手としてのポテンシャルを失うことになりかねない。自分で情報を集め、自分で交渉する力がなければプロにはなれない。それらは多くの日本人が苦手とするところだが、インタープロの多様性に満ちた環境は初めて異文化を経験する日本人選手にとってかなり心地良いものに違いない。スペイン人のパブロも英語が得意というわけではなく、コロンビア人のエルナンに至ってはスペイン語しか話せない。英語を話せない選手をのけ者にすることなく全員が一生懸命コミュニケートしようとする、そんな優しい思いやりの雰囲気が漂っているのだ。アドリアンもフロリアンも、エルナンもパブロも、みんな穏やかで優しい。そしてとても仲が良い。ギスギスしたチームにならないのは、インタープロの持つ多様性のおかげかもしれない。
そんなチームを率いる若き監督・ダミアン・ガルシアは、2年前までインタープロで走っていた元選手。負傷により選手生活に終止符を打ち、25歳でチームマネージャーに転身。昨年の監督就任以来、スポンサー獲得のため世界中を駆け回り、国際レース界にネットワークを持つ強みを活かして有望な選手を集め、フランスにも拠点を作って現地のサポート体制を整え、年間100日以上の国際レースをスケジューリング、あっという間にインタープロを世界で戦えるチームへと導いた。
コミュニケーション力の大切さをチームで学び、レースに生かす
そんな手腕から容易に想像できるかもしれないが、穏やかな選手達と対照的にダミアン監督は凄まじくアグレッシブな性格の持ち主だ。常にハイテンションで選手達を叱咤し、鼓舞する。開幕戦の堺ステージでの冴えなかったパフォーマンスにダミアン監督は怒り炸裂。何もそんなに怒らなくても、と傍目に気を揉んでしまうが、「大丈夫!俺が喝を入れると選手達は翌日、必ず素晴らしい走りをするんだ」
実際その通りで、翌日の京都ステージはアドリアンが逃げ、いなべステージではパブロが逃げ、美濃ステージではフロリアンが素晴らしい逃げを敢行して山岳賞2位を獲得、クライマーのエルナンは果敢にもゴールスプリントに絡んで11位、小山智也もスプリントに挑戦して19位。南信州ステージではパブロが6位、富士山ではアドリアンが10位、ツアー・オブ・ジャパン最大の難ステージ・伊豆ではパブロがステージ優勝を飾る。最後1周半を残して逃げ集団から単独アタックして独走を続けたパブロは、レース前のダミアン監督の「最後まで死に物狂いで行くんだ」の一言を胸に刻んでそのまま逃げ切り優勝を飾った。
最終日の東京ステージでは石原悠希が15位でゴール。口では厳しいことを言うけれど、選手がいないところでは「全く悪くない。大したものだ」と満足気につぶやくダミアン監督だった。
第7ステージ優勝でウイニングポーズを決めるパブロ・トーレス選手
優勝直後のパブロ選手を抱擁するダミアン監督
ダミアン監督は、世界中に散らばる選手達と常に連絡を取り合うことを怠らない。日本に滞在中もひっきりなしに選手達と電話で話し、 何気ない会話の中で体調や精神的なコンディションをチェックし、ポジティブな言葉をかける。先輩後輩の縛りが強く存在する年功序列の日本社会では難しいけれど、年上だろうが有名な選手だろうが立場に関係なく対等につきあうのがヨーロッパ流。ダミアンを見ていると、どんな場においてもコミュニケーション力が最も重要なのだということを再認識させられる。そして、それは日本人が最も苦手とするところだ。ロードレースにおいてはコミュニケーション力は非常に重要であり、選手である以上はその苦手を必ず克服しなければならない。
フランスから来日して再びフランスに戻る石原悠希選手が「もう疲れた。飛行機に乗りたくない。こんなにヨーロッパと日本を往復している選手なんていない」とつい弱音を吐くと、ダミアン監督「NIPPOの選手を見てみろ!彼らは何回飛行機に乗って世界中を転戦してると思うか?彼らはプロだ、そんなことに文句など言わない。レースの世界はそれが当たり前だからだ」と畳みかけるように叱咤。
その場でしゃがみこんでしまうほど後ろ向きで、このまま栃木の実家に帰ってしまうんじゃないかと危惧した石原選手、翌朝にはちゃんと飛行機に乗ってフランスのレースに向かった。こういうぶつかり合いは実は必要で、嫌だという気持ちを溜め込まないでその場で言える石原選手は既にヨーロッパにインテグレートできているのかもしれない。
スタート地点でもリラックスした様子の石原悠希と小山智也
富士山ステージの優勝候補と目されていたエルナン・アギーレ選手が、南信州ステージのゴールスプリント直後の落車に巻き込まれてリタイア、チームはツアー半ばでエースを失った。選手達の士気が一気に落ちた時、ダミアン監督の叱咤激励ですぐに選手達はモチベーションを取り戻し、三日後にはステージ優勝がもたらされた。
ダミアン監督がツアー・オブ・ジャパンの栗村ディレクターや、NIPPOの大門監督、ナショナルチームの浅田監督をはじめ、多くの日本人レース関係者と談笑している姿をよく見かけた。それもコミュニケーションを円滑にし、日本人選手を育てるための情報収集なのだろう。彼は彼なりのやり方でチームをしっかり率いている。
移動の車内はいつも楽しい雰囲気に満ちている。大音量でポップスを流し、全員ノリノリで手を叩きながら歌い、レースが終わればダミアン監督も一人の若者に戻って無邪気な表情を見せる。
ジャパンチームの浅田監督と
昨年までTOJを走っていた土井雪広氏と
進化し続けるチーム
ダミアン監督に、この先のレーススケジュールを訊いてみた。
「この先のビッグレースはなんといってもモン・ヴァントゥー(1.1)と、ツール・ド・フランス前の最後のステージレース、ルート・ドキシタニー(2.1)だね。オキシタニーはチーム・スカイやモビスターなど5つのワールドツアーチーム、9つのプロフェッショナルコンチネンタルチームと共に戦うんだ。あっと、その前にパリ・ルーベU23に出るよ」
夢は大きく。そしてその大きな夢を、着実に現実へと変えていくダミアン監督。
では、さらなる先にある大きな目標は?
「勿論、プロフェッショナルコンチネンタルへの昇格さ!そしたらツール・ド・フランスも夢じゃない。今その準備をしているところだよ」
本場ヨーロッパから遠く離れた日本の若手選手が世界の檜舞台に飛び出す扉を用意する、エネルギーに満ちた若きチーム。その扉を開けるのは、果たして誰だろうか。いつの日だろうか。
まだまだ荒削りだけれど、計り知れない存在価値を秘めるインタープロ・サイクリングアカデミー。
これからの成長を長い目で見守りたい。
「ルート・ドキシタニー」のポスター。ワールドツアーとプロコンチネンタルの下に162のコンチネンタルチームから選抜された4チームにインタープロが選ばれた
ダミアン監督と選手達
国内レースは日本人メカニックによるサポート体制で万全
インタープロ・サイクリングアカデミー(公式フェイスブック)
https://www.facebook.com/ipcprocyclingteam/
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- Bicycle Club
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