サイクリストは自由か?【革命を起こしたいと君は言う……】
Bicycle Club編集部
- 2019年10月09日
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道なき道はない
自転車に乗った瞬間から自由になった。自転車はクルマと違って自由にどこへでも行けるところがいいですね!
はたまた今野さんの発想は自由でいいですねとか、自営業は自由でいいですね。そんな言葉をよく聞くが腑に落ちない。
自転車で野山を走りまわるが、心の底から自由を感じたことがあまりない。富士山や乗鞍では、絶景や解放感に感動するものの、感心するのは「よくもまぁこんなところまで舗装道路を作ったなぁ」ということだ(ひねくれたやつだなと思うがご勘弁を)。
考えていただきたい。そもそも標高2500mの山に舗装道路があるのが驚きだ。私は国土交通省が計画し多くの人たちが作ってくれた舗装道路の上を、のんきに走らせていただいているわけだ。
MTBだから自由ですよ、なんていうライダーもいるかもしれない。しかし、林道などでさえ未舗装なだけで、道であることは多かれ少なかれ同じだ。むろんアルプスやピレネー山脈でも同じ。
クルマや自転車は舗装道路があるところを探して走っている。掘り下げれば、車輪を使わない登山でも道なき道を冒険してるのではなく、誰かが整備したり、道しるべをつけた道がある。読者のみなさんのなかに、あの山に上りたいから道の整備から始めましたという人はまずいないだろう。さらにいえば「獣道」なる道もあり動物とて道を作り移動している場合もある。
みなさんは自身で自由に移動してる気になっていても、じつはサイクリストの自由は国土交通省が作った道によって助けられ走っている。
さらにいうなら、最近の道路のコーナーにはクロソイド曲線という自然に曲がれるアールが使われており、下りの高速域でもじつに安全に曲がれるようになっている。
舗装道路への感謝
もちろん悪いことではなく、感謝すべき事実だ。
25年くらい前、サイクリングチームを作った。そのときカードライバーとの意識の距離感をどう考えるべきか議論した。
「舗装道路はクルマのために作られた道路で、クルマ社会があるからこそわれわれも楽しめる。サイクリストは利用させてもらっている身なのでクルマに迷惑がならないように走ろう」という結論となった。
当時とは状況も異なり、今ではこんな理論はいかがなものかとも思うが、一理はある。少なくとも、空を飛んだり波に乗ったりと自然を相手にするスポーツとは一線を画していることを忘れてはならない。舗装道路があってこそのサイクリングだ。
国家繁栄の陰にはいつでも道路計画がある。自転車王国イタリアには「すべての道はローマに通ず」という言葉もあるが軍隊や物資に文化を運ぶためのまさにライフラインでもある。
日本でも、田中角栄首相の時代。日本列島改造論の主眼は新幹線と自動車道のネットワークだったことも付け加えておこう。
環境に応じ自転車を選ぶ
こんな自転車や商品があればこんなことができる。そういった発想も重要だが、まずは自身の環境を見て、こんな道を走りたいからこんな自転車が必要、と考えるのも大切だ。
レースなのか、ロングライドなのか、ツーリングなのか、林道なのか、通勤なのか、一人なのか仲間といっしょなのか?
自身を取り巻く環境やフィールドを再確認し、それにはどんな自転車が必要なのか考える。
自転車が先ではなく、自身のまわりにまず目を向ける。さらに言えば、自分が何をしたいかではなく、与えられた条件のなかにある自分を理解していくこともおもしろい。それらと真剣に向き合うことが、いい自転車と出会う近道かもしれない。
グラベルロード
昨今の流行車種だ。オールロードと呼ばれることもあるが、われわれも多くを製作しておりラインナップにもある。
特徴を説明すると、太いタイヤ(30〜38Cくらい)が履ける。そしてグラベルとは砂利のことを意味する言葉で、多少の悪路も走れるロードバイク、ちょっと簡単すぎるがこんなところだ。
では、どこで走る?となる。工房を構える東京郊外でも実際にはなかなか本領を発揮して走れるところがない。ダートのいいコースは私有地であることも多く、大きな声では言えない事情も多々あったりする。
クルマなどで自転車を運んで野山を走るのなら有効だが、東京のユーザーは、この自転車を楽しめる環境とは程遠いだろう。
アメリカではグラベルロードがとても流行しているが、これはよく理解できる。つまり舗装道路の質が非常に悪い。逆にいえば今までよく23Cで走れていたな……という道ばかりだ。
質の高い日本の舗装道路では、あまり必要性は感じないかもしれない。やはり未舗装路などを走ることを前提として選びたい自転車だ。すべてを網羅する意味のオールロードなる名前も日本では不適切かもしれない。
オーダー車
納車したユーザーが自転車のインプレッションや研究結果を報告しにショップを訪れてくれた。
所有するカーボンバイクとオーダークロモリを徹底的に自身で調べあげたのだという。
「最新カーボンバイクよりもどう考えても速いんです。なぜか分からないんで、今野さんがフレームを作るときに何をしたのか?
より速い理由を教えてください」とのことだった。
彼の当初の予想はこうだった、ノスタルジーな要素もあるクロモリフレームが、さすがに最新カーボンバイクよりも速いわけがない。しかし2カ月の実験結果で、予想を覆す結果が出てびっくりしているとのこと。
ちなみに研究内容は、数日間慣れ親しんだコースを往復、タイム、心拍、風向き、コンポーネントにタイヤ、さまざまな情報を反映させてデータを取っているということだ。
「オーダー車が体に合ってるからじゃないですかねえ?」そんな生半可な返事では納得しない様子。しかたないから教えてあげることにした。理由は「われわれは、まわりの環境を読み解いて製作しているから」にほかならない。
多くの場合ユーザーはツールも出場しない。アルプスを時速100kmで下ることはきっと生涯に一度もなく、競輪選手のようにスプリントで時速70kmの速度はまず出ないはず(失礼)。
日本人であればアジア人の体型を視野に入れた設計となる。剛性感はアマチュアであれば、われわれの狙うべき剛性感がありそれらを実現すればたいていはマッチする。
そして、あなたのまわりの環境。国内の道を走るなら太いタイヤはいらず、硬めのホイールを使用したり、フレームの乗り心地をメインに考えている。その結果出力が上がることにつながっている。
簡単な要望さえ教えていただければ、そのように製作&提案できる。われわれの作る自転車は、製品主導ではなく、体型や体力を含め、乗り手を取り巻く環境を反映して製作する。なので最新だが吊るしのカーボンバイクより「速い」のはあたりまえだ。
自己と自由とは
最初に書いたが、われわれに自由はない。この大自然や舗装道路があるからサイクリングすることができ、自転車も発達していく。道なき道を進んでいるようで多くの人に助けられ自転車に乗っている。
ケルビムの工房とて私たちを必要としてくれる人がいるから存在できる。自己を主張するのではなく、自身を取り巻く環境にどんなピースが必要かを考えるのが重要だ。
作り手としてけっして「自転車」そのものが主体になってはならない。物を作るとき「使い手の環境はどんなものか」そう謙虚に思うことが大切と思う。
Cherubim Master Builder
今野真一
東京・町田にある工房「今野製作所」のマスタービルダー。ハンドメイドの人気ブランド「ケルビム」を率いるカリスマ。北米ハンドメイド自転車ショーなどで数々のグランプリを獲得。人気を不動のものにしている
今野製作所(CHERUBIM)
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ロードバイクからMTB、Eバイク、レースやツーリング、ヴィンテージまで楽しむ自転車専門メディア。ビギナーからベテランまで納得のサイクルライフをお届けします。
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