ツール・ド・フランス|平和なステージが巻き起こす「逃げ論争」 誰のために選手たちは走るのか
Bicycle Club編集部
- 2020年09月06日
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日々進行中のツール・ド・フランス2020は、本記を執筆している時点で第8ステージまでを終了した。ニースを出発したプロトンは、アルプス山脈や高原地帯に寄り道をしながら、南フランスを西進。ピレネー山脈までやってきた。そんな中、現地では数日前のステージについての議論がいまだ続いている。果たして何がベストだったのか。そして、議論の答えは見えてくるのか。“波紋”を呼んだステージを振り返りながら、現地フランスで取材するサイクルジャーナリスト、福光俊介さんが各方面の意見をまとめた。
172選手が一団で進んだ第5ステージ
問題となっているのは、現地時間9月2日に行われた第5ステージ。
主催者発表では平坦ステージに位置付けられ、コースは序盤からしばらく下り基調。レース後半に4級山岳が2つ出てくるが、レースには大きな変化をもたらすことはないとみられ、まさにスプリンターのためにある1日といえた。
実際にスプリント勝負となったステージ優勝争いは、ワウト・ファンアールト(ベルギー、ユンボ・ヴィスマ)が勝利。今大会随一のチーム力を誇り、好調を継続するチームは、平坦ステージでも十二分に戦えることを証明した。ただ、話題となっているのはそこではない。
レースをテレビ観戦されていた方であれば、この日がどこか不思議な光景だったことはすぐに感じただろう。ロードレースに“お約束”の逃げグループが形成されず、プロトンが一団のまま距離だけを減らしていたのだ。
実際、リアルスタートから逃げを狙って動くような選手はほぼ皆無。カスパー・アスグリーン(デンマーク、ドゥクーニンク・クイックステップ)が見せた一瞬のアタックが、緩い空気にアクセントを与えたが、すぐに集団へと引き戻されている。1つのまま進んでいくプロトンの中では、選手間で談笑する様子や、おどける姿も見られ、長い時間にわたってリラックスムードは続いた。
第5ステージの様子はこちら
https://funq.jp/bicycle-club/article/625568/
マーケティングのために逃げにトライすべきだった?
ツール最終日のパリ・シャンゼリゼまでのパレード走行でもなければ、何らかの理由で起きたニュートラル走行でもない。繰り返される落車やアクシデントにより、それ以上のリスクを回避するために選手間で申し合わせてニュートラル化するケースや、レース中の事故などで命を落とした選手への追悼の意味を込めてゆっくりと集団走行とするケースもあるが、第5ステージに関してはどれにも該当しない。
この通常では考えられないレース展開に、ヨアン・オフルド(フランス、サーカス・ワンティゴベール)がすぐに声を上げた。
彼は現在、フランス国内でのツール中継を放映するフランステレビジョンの解説者として出演中。現役選手ではあるが、今年はチームが出場権を得られなかったこともあり、毎日スタジオで選手目線でのコメントを残している。
このレース中、オフルドは「ロードレースはマーケティングだ。4時間以上もの間、この状況をテレビで見せられる側の気分は考えたことがあるだろうか」と語気を強めた。さらには、コロナ禍によってシーズンがイレギュラーである点も絡めて「3カ月以上レースをしていなかったのだから、もっとレースを見せていかないといけない」と続けた。
もちろん、反対の意見もある。ヨーロッパを中心に各種スポーツを配信する専門チャンネル・ユーロスポーツに出演している元選手のベルンハルト・アイゼルは、「逃げなければいけないといった規則など存在しない」とし、「確かに(スポンサー企業のロゴがならぶ)興味を引くジャージをみんなが着ているが、これはサーカスではない。まずは選手たちの考えを尊重すべきだ」と主張。レーススピードが時速42km台だったことを挙げ、「レース自体は決して遅いとはいえない。そもそも逃げることは(戦術上)意味がなかったのではないか」という見方を示した。
両者の意見はともに一理ある。オフルドが所属するサーカス・ワンティゴベールといえば、UCIワールドツアーでは逃げの常連チーム。そして逃げを得意とするオフルドだからこそ、そうした思いに駆られるのだろう。また、アイゼルは昨年まで現役選手として走り、ここ数年はプロトンのボス的な存在だった。選手のリーダー格だった彼の考えも、やはり理解はできる。
消耗度が高まるプロトン
Race organizers have spent so much energy in making mountain Stages crazier. they picked the wrong battles in my opinion. No rider in the tour has energy to throw away in a suicidal 190k head wind stage with the sprinters teams controling you at 2min all day.
— nicholas roche (@nicholasroche) September 3, 2020
真相に迫るには、選手たちの声が一番なのかもしれない。
このステージについてあらゆる意見が挙がる中で、ニコラス・ロッシュ(アイルランド、チーム サンウェブ)が持論であるとしたうえで、いくつかのツイートを投稿している。
要約すると、「主催者は、山岳ステージをスペクタクルにするために多くのエネルギーを費やしてきたのではないか。(平坦ステージになれば)スプリンターチームが逃げとのタイム差を2分以内にとどめながら進むというのに、向かい風の中を190kmにわたって逃げ続けられるエネルギーが残っている選手など存在しない」というもの。
今大会は山岳比重が高く、第2ステージから本格山岳が登場。最初の山頂フィニッシュが第4ステージで登場するなど、ここ数年とは異なる過酷な序盤戦だった。第1週はスプリントステージと山岳ステージとが1日おきに入れ替わるような構成なのも特徴的。さらには、第1ステージでは大多数の選手がクラッシュに巻き込まれる惨劇。もはや、どの選手たちも消耗度が高まっているという。
加えて、パンデミックによるレースシーズンの中断もあり、再開後に結果を求める選手が多いとされるプロトン内。ロッシュの意見を受けるならば、スタートからフィニッシュまで走り切ることで精いっぱいになっている選手がすでに多数存在していても不思議ではない。
つまりは、疲労度の高い選手たちにとって第5ステージは、あらゆる理由から「逃げても無駄」「逃げるメリットがない」と判断した末のレース展開だったということか。
それでもレースは続く
筆者としても、第5ステージが一団のまま進んだ理由が、選手たちの疲労度でよるものであることに一票を投じたい。大会序盤から山岳が組み込まれたことが理由になるかどうかは疑問だが、やはり第1ステージでのクラッシュ多発や、シーズン再開後に激しさを増すプロトン内の動きは、選手たちの心身を削る要素となっていることは確かだろう。
グランツールの場合、総合に関係しない選手であれば山岳ステージをグルペットで終わらせることや、平坦ステージでもタイムアウトにならない範囲で流しながらフィニッシュを目指す、といった工夫をしながら3週間を送る。日々高まっていく消耗度については、ステージごとの力配分や休息日でのコンディショニングなどで上手く付き合っていくしかない。逃げのチャンスについては…、毎ステージをスマートに立ち回っていきながら、ここぞというところで動くよりほかないだろう。
ただ1つ言えることは、第5ステージの議論はどうやっても正解が生まれないであろうこと。結局のところは、それぞれの立ち位置から、いわば「好き勝手」言っているにすぎない。いまもなお、現地ではあらゆる意見を見聞きするが、これもマイヨジョーヌ争いが熱を帯びるのと引き換えに鎮火していくのではないかと思う。
ちなみに、筆者がみる第5ステージは「無事終わってよかった」というのが正直なところ。確かに、全21ステージのうちの大切な1日が退屈に終わってしまったかもしれない。でも戦いは長いのだし、大きなトラブルなく次へと駒を進められたことを喜ぶべきではないだろうか。おもしろく、魅力満載のレースは、この先のステージできっと数多く観られるはず-…と「好き勝手」言ってみる。
福光 俊介
サイクルジャーナリスト。サイクルロードレースの取材・執筆においては、ツール・ド・フランスをはじめ、本場ヨーロッパ、アジア、そして日本のレースまで網羅する稀有な存在。得意なのはレースレポートや戦評・分析。過去に育児情報誌の編集長を務めた経験から、「読み手に親切でいられるか」をテーマにライター活動を行う。国内プロチーム「キナンサイクリングチーム」メディアオフィサー。国際自転車ジャーナリスト協会会員。
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- 文:福光俊介/Syunsuke FUKUMITSU PHOTO:A.S.O./Alex Broadway,Pauline Ballet
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