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金メダル請負人、アメリカ代表トラックチームコーチ、ゲーリー・サットン

ゲーリー・サットンは25年に及びコーチとしてオーストラリア代表チームを率いた男だ。かつて競技スポーツ後進国と呼ばれたオーストラリアを世界トップレベルに引き上げた実績を持つ。現在はUSチーム代表を率いている。自身もトラックで世界選手権に優勝した経験を持ち、コーチとしては100回近くアルカンシェルを獲得した名伯楽にピークス・コーチング・グループの中田尚志さんが話を聞いた。

オーストラリアを強くした名伯楽が、新天地アメリカへ

ワールドカップ女子チームパーシュート
一年間の延期がもたらしたもの

良かったこと。それは一年の延期が取り組むべき課題に向き合う時間を与えたことだ。この時間でより強くなれた。全ての国にとってそうだと思う。五輪では世界記録を破る国が出てくるだろう。

伊豆のトラックは走路が軽く速い。それも今回のレースで世界記録が生まれると思う理由のひとつだ。

残念なところ。それはアスリートに限らず全ての人にとって苦しい時間だったこと。アスリートにとっては特に精神面において。開催されるか分からない五輪に向けて努力するというのは難しい。だから私は「きっと開催してくれるよ」という言葉ととともに、いつも選手を前に向かってプッシュする必要があった。我々は極めて前向きにここまで来れたと思う。

日本の人々が素晴らしい努力で開催に漕ぎつけて下さったことに感謝している。いまだ予断を許さない状況にも関わらず、スムーズな運営がなされていることに尊敬をもって驚いている。彼らの努力を思うと、コロナの影響で全てのスポーツを有観客で行えない現在の状況を残念に思う。

レースが無かったことはどうやってカバーしましたか?

冬季のコロラド州でチームパーシュートの準備を重ねる

ベルリンでの世界選手権から一年半の間、行われた国際大会は香港でのネイションズカップのみ。それは長い休止時間だった。

レースが行われない期間エンデュランス種目においてはここまでの道程を出来る限り楽しむことを心がけた。もちろん浮き沈みはあったけどね。でも皆で小さな喜びを見つけ共有したし、オリンピックセンターのあるコロラドスプリングスで我々は共に過ごして、凄く仲の良いチームを作り上げることが出来た。

ある期間はそれぞれのメンバーが練習にひとつジョークを持って来るというゲームをしたりもしたし、頻繁に一緒に食事を摂ることで絆を深めた。

メンバーみんなで辛い期間を乗り越えることでより良いチームが出来上がったと思う。

日本に来るのは何回目ですか?
たしか国際競輪に参加したと聞いたことがあるように思います。競輪学校に来たことはありますか?

自分にとって日本に来るのは5回目だね。そのうち2回は選手として国際競輪に参加した。自身が選手として最後の世界選となったのは1990年に行われた前橋でのポイントレースだった。

日本でいくつもの楽しい思い出があるし、日本の人々と美しい文化、そして自然を愛している。ここに来るまでもスタッフとそのことについて話していたところだ。

コーチとして今まで沢山のメダルを取ってきました。数えたことはありますか?

いや〜まだないね笑。(自身も世界選手権に優勝し、コーチとして100回近く世界チャンピオンに輝いている)

コーチとして最高の思い出は?

チームパーシュートで世界チャンピオンに輝いたUSチーム

コーチとして最高の思い出…(微笑)。良い質問だね。そして選ぶのは難しい。沢山の思い出があるけど、もしひとつを選ぶとしたら昨年行われたベルリンでの世界選だ。

我々はケリーを失ってから(※)というもの、本当に辛い時間を過ごしてきた。そして努力を重ね世界チャンピオンに返り咲いた。おそらくあの瞬間が今まで最高の思い出だと思う。

私はもちろん、ライダー、全てのチームクルーにとってエモーショナルな瞬間だった。

 

インタビュアー注:アメリカチームが世界チャンピオンに輝いた瞬間他国のコーチ、スタッフがゲーリーに駆け寄り祝福していたのが印象的だった。

メンバーのバイクには無くなったケリー・カトリンのイニシャルKCが入っている
※チームパーシュートのメンバーだったケリー・カトリンは落車による脳震盪が引き起こした鬱により自殺し亡くなった。

コーチとしてやらかしてしまった思い出は?

ポーランドで、ホテルに選手を置き去りにしてしまった(苦笑)。選手は別のクルマに乗っていると思っていたのだけど、実際には選手に乗るべきクルマを伝えてなかったのでロビーに置き去りにしてしまった。途中で気づいて引き返し事なきを得た。それ以外にも色々あるけどね(笑)。

イズミ・アラヤなど日本企業が協力していますが、彼らの印象。
彼らに期待すること。

USチームが信頼を置く日本製ディスクホイールとチェーン

素晴らしい製品だ。私の現役時代から愛用しているし、選手も喜んでいる。駆動抵抗・空気抵抗などの測定データも良い。何より情熱がありプロフェッショナルな人々とより良い製品を作り上げて行くのは楽しいものだ。

パリまでは3年しかありません。準備に影響はあると思いますか?

世界チャンピオン、クロエ・ダイガードと

コロナの影響による1年のズレをどうカバーするかを考えなくてはならないね。

次の五輪に向けて本来は昨年に行うべきだった若い世代の発掘は、一旦止まってしまった。その後、感染状況が落ち着いたので、すぐに活動を再開した。そのおかげで新しい才能を見つけることも出来たし、他のスポーツから自転車のUSチームに入りたいという選手も多く発掘することが出来た。昨年は短い期間に色々なことが起こった。

今後3年という短い期間で選手を育てなければならないけども、既にプロジェクトはスタートしているし未来は明るいと感じている。

コーチとしてとても長い時間を過ごしてきました。皆あなたにコーチをして欲しいと期待していると思います。あと何年ぐらいコーチをするつもりですか?

それは難しい質問だね。自身の希望から言えば情熱が続く限り私はこの仕事を続けたい。でもそれは選手と競技界から求められなければ成り立たない。

またコーチとしての情熱がなくなった時、それは身を引く時だとも思っている。

今後2年間で後任のコーチを育てたいし、自身もコーチとしてより成長しステップアップしたい。それによりパリに向かうかその先へ向かうか自身のゴールも見えてくるだろう。

私は今でもこのスポーツを100%の情熱を持って愛している。私は全てのスポーツが好きだが自転車競技が最も美しいと信じている。自分が贔屓にしているスポーツだからね笑。

あなたが現役だったころと比べて、オーストラリアは沢山の良い選手が出ています。その理由は?

ジェイコのジェリー・ライアン、マイケル・ドラパックといった自転車に情熱を持つ裕福な人達の助けもありオーストラリアの自転車文化は発展を遂げた。

彼らは人間的にも素晴らしい。私は彼らのアプローチが好きだ。高い知識と教養を持って、ライダーが単にスポーツ選手としてだけでなく人間的にも成長出来る方向に導こうと努力している。アイデアと哲学を持ったプロフェッショナルな人々だ。

オーストラリア人によるワールドツアーチームが出来るなんて想像を遥かに超えた素晴らしい出来事だ。

友人であり五輪でチームメートだったマイケル・ターダーはツアー・ダウン・アンダーを設立した。情熱を持つ人々によりオーストラリアで自転車はビッグスポーツへと発展している。

アメリカのレース文化は後退しているように見えます。しかし良い選手は出ています。その秘密は?

オーストラリア人の私はそれについて話す立場に無いかもしれないけれど、やはり競技スポーツに取り組む人口が多いこと。そして連盟その他の団体のリーダーシップによるものだと思う。3億人もの人口が居る中で陸上・水泳・チームスポーツからサイクリングに入ってくる人も多い。五輪に憧れてスポーツを始める少年少女が多くいるのもその理由だと思う。東京五輪後もそういう人がスポーツに取り組むことだろう。それはオースラリアでもそうだね。

現役時代の欧州での活動は?

スイス、イタリアで多くのレース活動を行った。イギリスのケロッグシリーズやツアー・オブ・ブリテンも走った。GPウィリアム・テル(スイスのビッグレース)も走ったね。

五輪でのご健闘をお祈りしています

ありがとう!また会おう!

インタビュー後記

ゲーリーは毎朝5時に起きてローラーで自身のトレーニング。それが終わったら選手のトレーニングの準備と帯同。一日の終りには「今日自分は選手の為に100%努力できたか?」と振り返るのが日課だと言います。 66歳になり国際的なコーチの中では最年長ですが、やる気に満ち溢れ、目の輝きはとても若い印象です。一緒に時間を過ごすだけでコーチとしても人間としても成長できるような気にさせられる人間的魅力に溢れた人物でした。

ピークス・コーチング・グループ・ジャパン代表。パワートレーニングを主とした自転車競技専門のコーチ。2014年に渡米しハンター・アレンの元でパワートレーニングを学ぶ。

中田尚志 ピークス・コーチンググループ・ジャパン

ピークス・コーチング・グループ・ジャパン代表。パワートレーニングを主とした自転車競技専門のコーチ。2014年に渡米しハンター・アレンの元でパワートレーニングを学ぶ。
https://peakscoachinggroup.jp/

出典

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PROFILE

中田尚志

中田尚志

ピークス・コーチング・グループ・ジャパン代表。パワートレーニングを主とした自転車競技専門のコーチ。2014年に渡米しハンター・アレンの元でパワートレーニングを学ぶ。

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