マイヨロホを守ってブエルタ最終週へ!エイキングってどんな選手!?|ロードレースジャーナル
福光俊介
- 2021年08月31日
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vol.13 ノルウェーの新星、オドクリスティアン・エイキングの“ニュー・センセーション”に迫る
国内外のロードレース情報を専門的にお届けする連載「ロードレースジャーナル」。本記執筆時点で、ブエルタ・ア・エスパーニャ2021が第2週を終了。この1週間で大きな注目を集めているのが、リーダージャージ「マイヨロホ」を5日間着続けているオドクリスティアン・エイキング(アンテルマルシェ・ワンティ・ゴベールマテリオ、ノルウェー)の快進撃だ。彼自身ビッグネームとは言えず、チームとしても成熟しきれていない印象だったが、ここへきて大躍進。改めて、彼のキャリアを見ていくとともに、大会終盤戦への期待、そして第2休息日に行ったプレスカンファレンスの様子をレポートする。
第10ステージでマイヨロホ獲得、以降5日間守り続ける
今回のブエルタから振り返っていこう。
8月24日に行われた第10ステージ。大部分が平坦でありながら、残り30kmを切って迎える2級山岳が大きな存在感を見せたこの日。リアルスタートから出入りが繰り返され、70km地点を過ぎてようやく形成された逃げグループには、31人が飛び乗った。
そのほとんどが総合成績に関与していない選手たちだったが、趣きの異なる選手が2人いた。このステージ開始時点で総合トップだったプリモシュ・ログリッチ(チーム ユンボ・ヴィスマ、スロベニア)から9分10秒差の19位につけていたエイキングと、同じく9分39秒差で20位のギヨーム・マルタン(コフィディス、フランス)だ。
メイン集団に対して10分以上の大差をつけるとともに、エイキングはバーチャルリーダーとなる。マイヨロホを着ていたログリッチは、この数日前からリーダーの座から一度降りようという意思が明らかだった。レースが進むにつれて、マイヨロホ奪取の可能性が高まり意欲的になったエイキングとマルタン、いったんそれを譲りたいログリッチの思惑が、図らずも1つになっていった。
エイキングとマルタンはステージ優勝こそ逃したものの、それよりもレース終盤はマイヨロホを意識した「別の戦い」となっていたことは明白だった。マルタンのアタックにエイキングがすかさず反応。結局、マルタンとの総合タイム差を維持したエイキングのもとへ、レース後にマイヨロホが舞い込んだのだった。
以降、レースリーダーとしての日々を送り続ける。彼にしてジャージを手放すことになるかもしれないと踏んでいた大会第2週の山岳2連戦もうまくクリア。その2日目にあたる、第15ステージに至ってはチームメート総出でメイン集団をコントロール。戦力的に厳しいとの見方もあったアンテルマルシェ・ワンティ・ゴベールマテリオが、堂々とグランツールのリーダーチームの役目を担ってみせたのだった。
地元レースで調子を上げてブエルタでの“大仕事”につなげる
エイキングは1994年12月28日生まれの26歳。学生時代までをノルウェー南西部のアスコイで過ごした。2014年に地元コンチネンタルチームでデビューし、2016年にエフデジ(現グルパマ・エフデジ)に加入。プロ入りの決め手となったのが、前年のアークティックレース・オブ・ノルウェーでの個人総合6位で、堂々とトッププロと渡り合ったのが高く評価されたことだった。
ただ、エフデジでの2年間では「1軍メンバー」になることはできなかった。プロ初年度からブエルタに出場し、翌年にはプロ初勝利を挙げたが、フランスの伝統チームでの活動はそう長くは続かなかった。
現チームに加入したのが2018年。エフデジ時代も含めて、地元開催のレースではいつも強いところを見せていた。出場すれば必ずと言ってよいほどステージ上位に顔を出し、2019年のアークティックレース・オブ・ノルウェーではステージ1勝。昨年は新型コロナウイルスの世界的な感染拡大も影響し活躍の場が少なかったが、今年はシーズン後半に来て上り調子に。8月上旬のアークティックレース・オブ・ノルウェーでは個人総合2位。そこで自信を深めて、ブエルタではいまも継続中の“大仕事”につなげるのである。
プロ選手としての意識を変えた2つのターニングポイント
今回の大躍進にあたりエイキング自身、2つのターニングポイントがあったことを認めている。
1つは、エフデジ時代に出場した2017年のブエルタでのこと。第20ステージまでを走り終え、3週間の完走が決定的になったところでホテルから無断外出。バーでビールを飲んだことがチームの知るところとなり、最終・第21ステージの出走を許可されなかった。もっとも、翌朝になっても酔いから醒めておらず、前夜の外出時のままの服装で朝食会場に現れ、チーム首脳陣を怒らせてしまったのだとか。
当時を振り返り、「今までの人生で最も衝撃的なことだった」とエイキングは述べる。ジュニア時代から一緒に世界を目指し走ってきたクリストファー・シェルピング氏(キャノンデール・ドラパックで走った元プロ選手、2019年引退)は、「その話を聞いたときは驚いたよ。レース内外を問わずプロ選手であることを自覚して過ごさないといけない。ただ、あの経験をしてから彼はプライベートでも羽目を外すことはなくなったね」と仲間を評している。
もう1つは、5月に新型コロナウイルスに感染したこと。「心を乱されてしまった」というほどショックな出来事だった。感染が分かってからのPCR検査ではなかなか陰性にならず、結果的に19日間の隔離生活を強いられた。その間、バイクにまたがることはできなかったが、隔離が明けてからはスイッチが入ったようにトレーニング内容がハードになっていったという。シェルピング氏いわく「彼よりトレーニングに励んだ選手は見つけられない。それくらい彼には強くなろうという強い意志が芽生えていた」と述べる。
人生をも左右する大きな経験をしたことで、心身ともに強いライダーへと進化していった。それが、このブエルタで花開いたといえよう。
第2休息日プレスカンファレンス「ライダーとしての成長を実感している」
マイヨロホで大会第3週を迎えるにあたり、2回目の休息日にあてられた現地8月30日にはチームによるオンラインでのプレスカンファレンスに、スポーツディレクターのヴァレリオ・ピーヴァ氏とともに臨んだ。
チームの本拠であるベルギーのメディアを中心に質疑が展開され、「ブエルタのリーダーとしてレースを続けることでライダーとして成長している。それはチームメートも同様だ」とコメント。日々、メイン集団をコントロールする責務を果たしてステージを終えるたびに、ライダーとしての質が向上している実感を得られているという。
一方で、自身の脚質や他の個人総合上位陣との実績を客観的に見て、この先に待ち受ける本格山岳ステージでマイヨロホを手放す可能性が高いと分析する。「もしジャージを手放すことになっても、ルイス・メインチェス(南アフリカ)と一緒に個人総合トップ10は目指したい」と述べ、現実路線で目標を設定していることも明かした。
そして、「第3週で何が起こっても、私たちのブエルタはすでに大成功を収めている」と収穫十分の大会であることを強調。充実したレースとあってか、質問に答えるエイキングの表情は終始明るかった。
チームとの契約延長、プロキャリアの方向性を定める運命の1週間
運命の大会第3週を迎える時点で、エイキングと個人総合2位のマルタンとのタイム差は54秒。優勝候補筆頭のログリッチとは1分36秒差。今なおログリッチ有利の見方は揺るがないが、何が起こるか分からないのがグランツール。プレスカンファレンスではジャージを手放す可能性が高いと語ったエイキングだが、マイヨロホを着たまま突き進む可能性は、決してゼロではない。
マイヨロホ争いに動きがあると見られるのは、残り4ステージ。1級山岳ラ・ゴジャーダ・ロメダ(登坂距離7.6km、平均勾配9.3%)を2回上り、最後には超級山岳ラゴス・デ・コバドンガ(12.5km、6.9%、最大勾配16%)の頂上を目指す第17ステージ。高低差約1400mを一気に駆け上がる超級山岳アルトゥ・デル・ガモニテイルへアタックする第18ステージ。“ミニ・リエージュ~バストーニュ~リエージュ”と称したクラシックレースをイメージした設定の第20ステージ。そして、最終目的地サンティアゴ・デ・コンポステーラに到達する33.8km個人タイムトライアルの第21ステージ。
“本当の勝負”はまだまだ控えている。チームによれば、エイキングの脚質は「パンチャー」。数々の超級山岳に対応できるかが見ものとなってくる。
そこで思い出すのが、2015年のブエルタで当時若手有望株の1人に過ぎなかったトム・デュムラン(現チーム ユンボ・ヴィスマ、オランダ)の大活躍である。突如マイヨロホ争いの中心に立ち、その後グランツールレーサーとして確たる地位を固めたように、エイキングにも今大会を機に「大出世」する可能性が秘められている。大会制覇に限らず、この先に控えるブエルタならではの山岳コースや、改善の余地が残されているタイムトライアルの走りをいかにこなすかが、今後のキャリア構築につながっていきそうだ。
さらに、エイキングにとって今年が現チームとの契約最終年になっている点も重要なポイント。チームは来季へ向け、戦力の幅を広げることを視野にアレクサンダー・クリストフ(UAEチームエミレーツ、ノルウェー)ら実績十分の選手たちをすでに獲得。エイキングは「同国の友人と一緒に走れる」と地元メディアに対して答えているが、契約延長に合意することが最優先。とはいえ、世界最高峰レベルのレースでこれだけの走りができれば、チームも放っておかないだろう。あとは、どれだけの評価に値するかを走りで示して、良い条件をつかめるかだ。
成功と失敗、数々の経験をしてきた26歳にとって、未来へとつながる運命の1週間が始まろうとしている。
福光 俊介
サイクルジャーナリスト。サイクルロードレースの取材・執筆においては、ツール・ド・フランスをはじめ、本場ヨーロッパ、アジア、そして日本のレースまで網羅する稀有な存在。得意なのはレースレポートや戦評・分析。過去に育児情報誌の編集長を務めた経験から、「読み手に親切でいられるか」をテーマにライター活動を行う。国内プロチーム「キナンサイクリングチーム」メディアオフィサー。国際自転車ジャーナリスト協会会員。
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- Bicycle Club
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- TEXT:福光俊介 PHOTO:Luis Angel Gomez / Photo Gomez Sport Gautier Demouveaux
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PROFILE
サイクルジャーナリスト。サイクルロードレースの取材・執筆においては、ツール・ド・フランスをはじめ、本場ヨーロッパ、アジア、そして日本のレースまで網羅する稀有な存在。得意なのはレースレポートや戦評・分析。過去に育児情報誌の編集長を務めた経験から、「読み手に親切でいられるか」をテーマにライター活動を行う。国内プロチーム「キナンサイクリングチーム」メディアオフィサー。国際自転車ジャーナリスト協会会員。