車輪の先に見えたアイデンティティー 小林 海|El PROTAGONISTA
管洋介
- 2022年12月26日
日本人のプライドをもって、もう一度ヨーロッパへ飛び立つ日まで
「世界の一流と言われる選手たちと肩を並べたい」
強さを追い求めるがゆえに彼にとってチーム(ナショナル〜スペイン〜NIPPO)というものは、どの時代もステータスとして守るべきものでなかった。「どのジャージを着ていようが自分は自分。自分のベクトルの上に活動して失敗しても、それは僕の問題。今のポジションにとどまることは自分を退化させてしまうと考えているんです」。
何に応えるために競技をしているのか、マリーノの歩みはときにまわりの流れから外れ、その自我の強さから反感を買うこともあった。だが、我が道を貫き実力で証明してきた結果と揺がぬ信念に、いつしかまわりも引かれるようになっていった。
「さかのぼってみても、自分は小さなころからまわりの人が感じる少しのギャップを、受け入れられないほどキツく感じてしまう性分。それが結果を出すのに自分には必要のないことと感じてしまうとなおさらです」
少年期の学校生活でもマリーノは適応を拒んだことがあった。
「学問は好きなんです。でもそれを習得させようとする学校の教育方針に僕は合わなかった」。
結果、中学は不登校に、高校は短期間で退学してしまう。若さ故に行く先を決めあぐねていたところにスペイン人の父が乗っているロードバイクが目に留まった。84㎏あった体重をダイエットをかねてサイクリングしているうちに、これまでにない英気を得られる感覚に気がついた。それは「ペダルを踏んで開いていく世界」だ。
「父はかつてスペインでアマチュア選手をしていました。家庭内でもツールを見たりするのがふつうの環境だったのもあり、自分もレースに出てみようと」
やるならトップになりたい!と同世代のトップ選手の情報やトレーニングの仕方などを片っ端から調べ上げた。
「自分の身近に高校のトップ選手の岡篤志が所属するスペース ゼロポイントを探し出し、迷いなくその門を叩きました」
体を3カ月で20㎏絞り込み17歳でスタートした競技人生だったが、初年度にしてツール・ド・熊野エリート総合優勝、経産大臣旗杯ユースカテゴリーで岡 篤志を下し優勝、驚くべき勢いでトップレベルへ上り詰めた。
「結果を出すためなら嫌なことでも集中できる。この極端な性格だから遅く始めたことも逆にアドバンテージにできたのだと思います」
考え、行動、プライド。スペインと日本の違い
スペイン人の父のもとに育った家庭環境もあり、少年期のマリーノはまわりからやや浮いた存在にもなっていた。しかし19歳で渡欧を決意しスペインで活動を始めると、現地では自分の考え方や行動が普遍的に受け入れられることに驚いた。
「僕はここの人間なのかなと思うとそうとも言い切れない不思議な心境だったのですが、幼いころから思っていた考えや振る舞いの本質がこの地にあるのだなと。日本では異質な人間にされていた自分が救われました」
一方、日本ナショナルチームとして出場したレース中に、日本人と認知されると卑下された扱いを受けたことに強い憤りを覚えた。「自分のプライドは日本にある」とも感じたという。
「自転車に出合ったことで自分を深く理解することができました。そしてトッププロを多く輩出するスペイン選手層の厚さに苦しみながらも、『目指すものがここにある!』と躍起立ちました」
アンダー2年目に所属したチーム・パウリーノはスペインのステージレースやトップクラスのシリーズ戦に参戦するチーム。結果を出すには何が必要かを学ぶことができたという。
「ロードレースはチーム同士の戦であり、チームワークの中で自分の事を優先しすぎると逆に自分に勝利がめぐってこないことを体得しました」
現在エース格となったマリーノだが、今なお渾身のアシストでチームに尽くす姿は、その言葉を確かに裏付けている。
ヨーロッパから日本へ 転機となったTOJ
ヨーロッパから一時帰国し総合8位となった2019年のTOJで、ヨーロッパのハイクラスで活躍する選手がちぎれていく場面にマリーノは目を疑った。
「距離が短くひたすら高強度の緩急を強いられる日本のレースは、ダイナミックなスケールで走るヨーロッパとは別競技ともいえるんです。これはヨーロッパのレースに育ち、向こうのプロレースに順応するために走っていた若いころには気づけなかった部分。ヨーロッパでごまかせる部分が、日本ではごまかしが効かない」
この日以来、マリーノのなかの日本の見方が変わった。ヨーロッパでの契約更新を断ち切って2021年マトリックスに入団。それは冒頭に述べたヨーロッパからの戦略的撤退、実力を磨くために貪欲に己の強さを求め続けるマリーノの決意だった。
この年、マトリックスはマリーノを含む日本人が3連勝。そしてこれに呼応するようにライバルチームのブリヂストンも走りが変わった。
「スペインから帰国して全日本選手権などで感じた、敵の顔をうかがって走るような日本人のレースの戦い方にはギャップを覚えたこともありましたが、それは自分も受け身だったから。自分がこの環境で圧倒的な強さをもてば状況は変えていける、ヨーロッパで自分が足りなかった部分も補えると確信しました。日本人であるプライドをもって僕はもう一度ヨーロッパに挑戦したい。ロードレースに生きることが今の僕のすべてだから」
自分の強さを追い求め、日本のレースをも革新していくマリーノ。再び世界に羽ばたく日をともに応援していきたい。
ライダープロフィール
マトリックス パワータグ 小林 海
PERSONAL DATA
生年月日:1994年7月1日
身長・体重:173㎝・64㎏
HISTORY
2012/スペース ゼロポイント
2013/バックス レーシング
2014/ソペラ(スペイン)
2015-2016/チームクオータ・コンストラクシオネス・パウリーノ(スペイン)
2016年8月-2018/NIPPO・ヴィーニファンティーニ
2019-2020/ジョッティ・ヴィクトリア
2021-2022/マトリックス パワータグ
RESULT
2016年/全日本選手権U23ロードレース・TT 2冠、ロンド・ファン・フラーデン 完走、ヴェルタ・ブルゴス(2.HC)ユース 7位、GP テトゥアン 優勝
2017年/GP カントン・ドゥ・アルゴヴィエ(1.HC) 33位、ツアー・オブ・ジャパン 総合7 位
2019年/ツアー・オブ・ジャパン 総合8 位
2021年/Jプロツアー 第7 戦 群馬CSCロードレース 優勝、ツアー・オブ・ジャパン ステージ2 位
REPORTER/管 洋介
海外レースで戦績を積み、現在はJエリートツアーチーム、アヴェントゥーラサイクリングを主宰する、プロライダー&フォトグラファー。本誌インプレライダーとしても活躍。
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