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vol.7「武士は刀を抜かない」|天使よ自由であれ!byケルビム今野 真一

スチールバイクの限界に挑む今野製作所「CHERUBIM(ケルビム)」のマスタービルダー、今野真一の手稿。武士は刀を抜かないというが、今回はビルダーにとっての“刀”にまつわるお話。

武士と日本刀

「武士道」日本の精神論。その核にいた武士の象徴として君臨する神器は言わずと知れた「日本刀」だ。
江戸末期となると武士は腰に刀をぶら下げ街を歩いていたが、刀を抜くことはほぼなかったという。
彼らはむしろ「刀」を抜かないためにこそ「武徳」「品格」「武威」を鍛えていたのだという。どういう意味だろう。

現代を生きるわれわれ職人や自転車ショップにとっての「刀」となる神器はなんだろう。日本の職人としてのプライドを探ってみようではないか。

ヤスリ

ビルダーにとっての刀は?
道具は多く必要だが、「ヤスリ」もその一つ。
品質の悪いヤスリは寿命も短く短命でなかなか仕事も安定しないし、種類も多くあり日々メンテナンスをしておくことも必要だ。
形状など好みの物はなかなか見つからず、自身で曲げ焼入れをしたりしていたが、私の焼入れでは寿命も短く良い物に出会うまでずいぶんと苦労もした。

そんな修行時代、尊敬する職人に相談したことがある(偉人的ビルダー梶原利夫氏)。氏は私に「ニコルソンのマジカット知らないのか! そんな職人じゃなにも作れんぞ! 墨田区のヤスリ問屋に行ってこい!」と一喝された。帰路その脚でヤスリ問屋のドアを叩いていたのを思いだす。

使用した感想は、それは素晴らしい切れ味と作業スピードの短縮で、仕事の質とヤスリ掛けの楽しさが格段に上がった。いいヤスリとはこういう物かと道具の大切さを痛感した。

「ヤスリの王者」米国ニコルソン社のヤスリ。30年近く前に出会って以来同メーカーの物を使い続けている。種類も豊富で目立てによりさまざまな仕上げ面を作りだす

ちなみに米国ニコルソン社のヤスリは当時高級品で国産の3倍を超える価格。なかでもマジカット(MAGICUT)はニコルソン社が独自に開発した特殊な目立てが施してあり、荒削りをしながら美しい仕上げ面が得られるという逸品。私の憧れヤスリだったが、今では近辺の量販店にも並ぶようになった。

しかし、現在は生産国がアメリカ、メキシコ、ブラジルと転々としており製品にバラつきがあるのが現状だ。私はあのときの感動をもう一度味わいたいと探し続けている。

最近ニコルソンの中でも個体差がありその見分け方を発見した!(この話マニアックすぎるのでご興味ある方はどこかで!)。

以前は米国製だったが、最近は生産国がさまざま。よく見れば最終仕上げの工程の違いで、切れ味や寿命にも影響が出てしまっている

使いもしないのに

先日そのニコルソン社やさまざまな舶来ヤスリが売られている道具屋の催事があり、一本ずつチェックしながら、そして当時を思い浮かべ、多くのヤスリを買った。「これがあればこんな仕事ができるぞ! これも安くなってるぞ! もしこんな箇所があったら役に立つぞー」なんて思いならがついつい……。

しかしじつは現状の工房でスタンダードなフレームを作る際はヤスリをほとんどど使わなくなった。
というのも、修行時代に言われていた言葉に「仕上げ(ヤスリ)の達人になるなよ、お前が触るほどにフレームが汚れていくんだ」とも言われていた。
要するに仕上げとは後始末的な要素も含んでおり、後処理の入らないシゴトを心がけろ!という意味だ。

現在スタンダードなフレームを作る場合はほぼヤスリをフレームに当てることはない。
電動工具にブラスト処理や仕上げの入らないラグの製作に力を注ぎ、ほぼヤスリは使わないまでにいたった。後処理に手間が掛からないように手間をかけているといったところだ。
にもかかわらずヤスリを私は買いあさってしまうのだ。ヤスリを広げ、あーまた使いもしない物をたくさん買ってしまった……と内省するばかりだ。

まさに痒いところに手が届くヤスリたち。現状の仕事ではあまり登場しないがそろえておかなければならない。スイス製のバローべ社の名品

ほかにも工房を見渡せば全く使ったことの無い道具があちらこちらにあるありさま。
私は使いもしないのに道具もそろえるし、使わない道具も捨てられない。
しかし私の心は不思議と落ち着き満足感に満ちる。これで物作りに専念できると。まぁよしとするか、と自身の収集癖を許すようにしているのだが。

自転車店のいらないもの?

私の捨てられない物のなかに、いらなくなったネジやハンパなラグなどが大量にある。
いつ日の目を見るのかわからず、途方に暮れることもある。しかし、いざというときのために出てこないのであれば、本当に意味がなくなってしまうので、整理整頓のため時間を作ってせっせと片付けなけれならない。

使うかわからないネジや道具の整理に時間を掛け片付けているボスを見てスタッフたちはどう思うだろう。
冷たい視線を感じながら作業する私を見て、若き職人が僕にこんなことを言った。「僕は自転車屋の価値はネジの多さで決まると思ってますから! 手伝いますよ」。おおーなんと心強い言葉だろうか!

ムダな物?が大事

使わないヤスリ、使わないネジ、使わない知識、これらをムダと捉えてよいのだろうか。
昨今、断捨離やミニマリストなる言葉も良い指標のように扱われている。
人生(時間)は限られている!など不必要なことに時間をかけることを良しとしない傾向だ。使わない知識や道具をムダと言えば私の人生はムダだらけだ。

武士が刀を抜くとき、それはどちらかの死を意味する。そのために日々華道やお茶を嗜み教養を深め居合道を極める。
鍛錬されたその肉体、技、知力を持つ武士の凄みを目の前にしたとき、相手は刀などは抜かずに降参するという。刀を抜く前から勝敗は決まっているのだ。

私の使わない道具やヤスリは、いざというとき(新しいアイデアや物を作るときに困らないように)に瞬時にその作業を行い、イレギュラーな仕事もこなすために必要なのだ。
一生使わないかも知れないが、そのときにその仕事ができるか否かは、新たな物を作る職人に取って死をも意味する案件だ。

自転車職人の凄み

ゴミひとつ落ちていないようなまるで高級装飾品を扱っているかのようなサイクルショップを最近多く見かける、ムダな道具は一切なく効率のみを追求し、私が見るかぎりではイレギュラーな自転車には全く対応できないだろう。

そもそも対応するつもりもなく、自社の効率化の図られた完成車を組み付けする程度で、イレギュラーな自転車はほかに行ってくださいということだろう。そこに、自転車屋としての「凄み」を私はまったく感じない。

それよりも、一見ムダに見える、道具やネジが所せましと転がっているショップには凄みがある。
それこそが、どんな案件でも対応できるショップの証であり、そこで働く人間の安堵につながるのかもしれない。付け加えるなら、そんな所で働く職人の口数は少なく品格に満ちているかもしれない。

あなたもそんな工房やショップをみれば理解できるだろう。彼らの仕事場に踏み込めば「参りました!」きっとそんな言葉がこぼれるだろう。

エアロパイプが世になかった時代に自社でエアロ加工する道具。もう10年以上は使っていない。スペースの事情で通常なら廃棄されてしまうが、メンテナンスしていつでも使えるようになっている

※この記事はBiCYCLE CLUB[2023年3月号 No.448]からの転載であり、記載の内容は誌面掲載時のままとなっております。

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ロードバイクからMTB、Eバイク、レースやツーリング、ヴィンテージまで楽しむ自転車専門メディア。ビギナーからベテランまで納得のサイクルライフをお届けします。

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