BRAND

  • FUNQ
  • ランドネ
  • PEAKS
  • フィールドライフ
  • SALT WORLD
  • EVEN
  • Bicycle Club
  • RUNNING style
  • NALU
  • BLADES(ブレード)
  • flick!
  • じゆけんTV
  • buono
  • eBikeLife
  • Kyoto in Tokyo

STORE

MEMBER

  • EVEN BOX
  • PEAKS BOX
  • Mt.ランドネ

日本屈指のアシストが見出す新たなスタンス 小森亮平|El PROTAGONISTA

Jプロツアー8連勝を成し遂げた小林 海が絶大な信頼を寄せるマトリックス・パワータグの小森亮平(こもりりょうへい)。将来を嘱望された若手時代も経験し、日本屈指のアシスト選手として勝利を支える存在となり、新たなビジョンで今活動の範囲を広げている小森選手をプロタゴニスタはフォーカスした。

アシストの名手小森亮平、全日本選手権での一幕

2022年6月26日午前11時、全日本選手権ロードレースのスタートラインに選手がずらりと並んだ。そしてそれら選手の誰もが脅威とみたのはマトリックスパワータグの小林 海。この年開幕戦から怒涛の8連勝、さらに前週の修善寺大会を制しこの日を迎えていた。

「後手を踏んだら終わる、僕が逃げるしかない」

スタートの号砲を前に静まり返る会場、184.5km先にあるゴールを見据えた選手たちの緊張感がピークに達する。小林の傍らに小森が立ち、ひとこと言葉を交わしペダルに足を嵌めた。「レギュラーの半分が外国籍のチーム、後手を踏んだら僕らのレースは終わる。数的不利を払拭するには僕が逃げるほかにない」。

逃げ続けた先行グループから単独で抜け出し、ライバルをふるいにかける小森。チームを有利な局面に運ぶ小森の力走は、レースの随所で光る(2021年6月群馬ロード)

各チームの思惑が交錯しペースが不安定に変化する中盤の攻防から一転、抜け出したのは阿部嵩之、河野翔輝、そして小森だった。途中白川幸希が合流したエスケープは残り3周まで続いた。リードを続ける彼らを追撃する展開がはじまると消耗した選手が絞られプロトンは小さくなっていく……。すべては小森の想像どおりにレースは展開していた。しかし、残り3周で彼らがキャッチされると事態が変わっていた。

「マリノ(小林)が想像以上に消耗していました。彼を勝たせるためにここに来ている。勝負が掛かる先頭から遅れ始めた姿を目の前に、自分が走り切る意味を見出す理由もなかった」。

クライマックスを前に本命のリタイアは場内を騒がせた。肩を落とす小林の先で小森は静かに足を止め、レースラインを背にした。

2022年Jプロツアーを席巻した小林 海がもっとも信頼を寄せる存在。会話していても2人の強い関係性が垣間見える

自然と感じていた自転車から得られる喜び

ロード選手として均整の取れた体が小森の長いプロキャリアを支える

「夢は憧れのJリーガー」とサッカーボールを担ぎながら練習場へ自転車で通う少年時代を過ごしていた小森。レギュラーではあったが自負するほどの上手さもなかったサッカーに対し、水泳や長距離の競争の速さにはどこか自信を持っていた。「ある日ふと、移動手段だった自転車で勝負したらどうなんだろうと考え始めたんです」。

中学でマウンテンバイクを手に入れ、広場でトリックを決めて遊んだり、地元の草レースにも出場しはじめた。やがてマウンテンバイクのJシリーズの存在を知り出入りしたショップの店長に相談すると「トレーニングのためにロードに乗りなさい」と1台のロードバイクを貸してくれた。「自分の年齢と同じくらいの年代物のスチールバイクでしたが、僕の人生が変わりました」。

2005年3月、地元広島の西日本チャレンジロードレースが小森のデビュー戦となった。100名以上の集団に戸惑いながらも経験者の背中を追いながら前方に出ると、レースの先頭かもわからないまま踏み続け優勝を果たす。そして、高2から念願のJシリーズに参戦すると1年後には2006年全日本MTB選手権ジュニアの部で3位、全日本ロードジュニア4位と能力が開花した。好成績に感触をつかみ「将来は海外でMTBのプロになりたい!」と思うように。

そんな折、ショップへ出入りしていたお客さんが当時フランスで活躍する日本のプロチーム梅丹本舗で活躍する福島晋一の同級生であったことから話は急展開する。

紹介を受けた福島から開口一番「トレーニングでタイにいるからこっちに来てよ」と誘われる。このとき「このチャンスを逃してはダメだ」と直感した小森は高校を2週間休み、スチールバイクを手に初めての海外へ。

たどり着いた地はチェンマイ。タイの山岳民族がいるような場所で出会ったのは福島のほか、宮澤崇史、新城幸也、そして日々バイクぺーサーをしてくれる中川 茂という面々。「千切れてもまっすぐ行けば家に着くから」と教えられプロの背中に張り付いて走る日々が始まった。「彼らを見ていると“人間としての強さ”を感じるんです。この出会いが今の考え方のベースになっています」。

驚異のスピードでプロロードデビューへ

高3の夏休みにはフランスへロードレース参戦を計画し本場のレースを経験。その後周囲が大学進学へ向き合うなか、小森の心はひとつだった。高校卒業後、日本の頂点へ上り詰めた実力は福島の所属するEQAS梅丹本舗の浅田 顕監督の目に留まり研修生として契約を果たす。

全日本を終えて2カ月もたたぬうちにフランスへ移住し、スペインの山岳ロードレース「スビダ・ウルキオラ」でプロデビューを果たすなど小森の目の前の景色は急速に変化していった。「プロ初レースはあまりの上りの速さに打ち砕かれました。しかし新城さんがゴールしているのを見て衝撃を受け、気持ちが奮い立ちました」。翌戦のパリ〜コレーズでは清水都貴が総合優勝するという快挙を目の当たりにし、日本の競技界の歴史を塗り替えていくチームの一員であることを自覚した。

(左)2009年、ランス・アームストロングのU23のグローバルプロジェクトにセレクションされ注目を集める (右)2008年、全日本選手権U23ロードでは、内間康平らを力で引き離して見事に優勝

「レースでは手の届かない先輩方でも生活では食卓を一緒に囲む生活。彼らも人間なんだと現実味も感じていました」。まだまだ肩を並べるには遠い彼らの活躍に大きな刺激を受けていたのもつかの間、引退したランス・アームストロングが参画し世界の有望なU23を集めたプロジェクト「トレック・リブストロング」から声がかかった。2009年、大きな希望を胸にアメリカへ渡るとこれまで経験した環境とは世界が違っていた。

乳酸値に基づいたトレーニング、システム化されたプランニングのなかに組み込まれたが、これまでレースを重ねて実力をつけてきた小森にとって月に1度のレース活動は少なく、本場の選手ほどチャンスも少ない状況に活動を考え直した。

プロとアマを行き来し苦しんだ欧州時代

心機一転し再びレースを求めフランスに戻った小森は2010年、アマチュアランキング1位のヴァンデUと契約。フランスを中心にプロアマ混合のレースを戦いステップアップを図るが、勝ちを狙うようなチームの軸となる選手になれていない自分に次第に焦りを感じ始めていた。「U23で走れる時間もわずか……なんとしてでもプロになりたい」。当時チームNIPPOに所属していた宮澤に相談し、2011年はバリアー二をエースとしメンバーの7割がイタリア人で構成された同チームへと入団。「激しいプロの世界で生き残ってきた彼らは何が違うのか、がむしゃらに頑張っても彼らの域に届かない自分。日本人だからそこにいられるという事に葛藤もありました」。

そして、2012年のジャパンカップの出走前日に小森は解雇通告を受ける。翌日のジャパンカッププロロードで逃げる活躍で魅了するも移籍交渉には遅すぎるタイミングだった。

だがレース後「チームユーラシア」の橋川監督に声を掛けてもらい、競技を続ける糸をつないだ。ヨーロッパのレースへの未練もあり、プロを経験してから2度目のアマチュアでの活動。このとき小森に「引退」という選択肢はなかった。「若い選手たちの中で25歳の自分は彼らを教える立場にもなりました」。

かつてはレースに勝つことしか価値を見出していなかった小森のなかに新たなスタンスが生まれ始めていた。そして2014年、アジアツアーを転戦するプロチーム愛三工業に移籍すると一時代を築いたベテランの西谷泰治、綾部勇成、盛 一大らの世代交代も経験。新構成するチームの一員として活躍した小森は、エースにもアシストにも立ちまわれる選手へと成長した。

2019年からはマトリックスに入団。かつて世界トップクラスのライダーとして活躍したフランシスコ・マンセボと活動を共にすると、ベテランとなっても衰えぬ自転車へのモチベーションに大きな影響を受けた。

「彼と通じ合うなかで、競技を超えて自転車そのものへのピュアな価値を持つようになりました、するとレースの世界観が大きく変わって見えることに気づきました」。

プロレースを戦う仕事も自分の一面として磨き続けるいっぽうで、自分の原点であったマウンテンバイクレースやグラベルレースへの参加、さらにコーチングなど、新たな価値への挑戦心も生まれた。己の経験を生かし、自転車で生きていくための多角的な活動が小森の人生を豊かにし始めた。

ライダープロフィール

マトリックス・パワータグ 小森亮平

PERSONAL DATA

生年月日:1988年9月26日
身長・体重:180cm 70㎏
A型、広島県出身

HISTORY

2008年/フランス ボンシャンス
2008年8月/EQA・梅丹本舗
2009年/トレック・リブストロング
2010年/ヴァンデU
2011年/ダンジェロ&アンティヌッチィ NIPPO
2012年/チームNIPPO
2013年/チームユーラシア
2014年/愛三工業レーシング
2019年/マトリックスパワータグ

RESULT

2008年/全日本選手権U23ロード優勝
2009年/世界選手権ロード 完走、ジャパンカップ山岳賞
2017年/ツール・ド・セランゴール 総合3位
2021年/西日本ロードクラシックDAY2 優勝

 

REPORTER/管 洋介
海外レースで戦績を積み、現在はJエリートツアーチーム、アヴェントゥーラサイクリングを主宰する、プロライダー&フォトグラファー。本誌インプレライダーとしても活躍

 

El PROTAGONISTAの記事はコチラから。
「El PROTAGONISTA」一覧

Info

出典

SHARE

PROFILE

管洋介

Bicycle Club / 輪界屈指のナイスガイ

管洋介

アジア、アフリカ、スペインなど多くのレースを走ってきたベテランレーサー。アヴェントゥーラサイクリングの選手兼監督を務める傍ら、インプレやカメラマン、スクールコーチなどもこなす。

管洋介の記事一覧

アジア、アフリカ、スペインなど多くのレースを走ってきたベテランレーサー。アヴェントゥーラサイクリングの選手兼監督を務める傍ら、インプレやカメラマン、スクールコーチなどもこなす。

管洋介の記事一覧

No more pages to load