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ヴィンゲゴーの勝利を呼び込んだユンボの暑熱対策|チームスタッフ目線で見るツール・ド・フランス

7月1日に開幕した世界最大のサイクルロードレース「ツール・ド・フランス」に、国内外のチームでマッサー・ソワニエとして活躍し、現在も現役スタッフである森川健一郎さんが帯同している。

「原点回帰」として、長年の経験をフィードバックするとともに、世界のトップチームが導入している技術を自らの目で確かめるため、3週間のフル帯同を決意したという。そこで、“チームスタッフ目線”で見るツール・ド・フランスがいかなるものかを、数回にわたってレポートしてもらおうと思う。

第5回は、ツール・ド・フランス内で議論される「暑さ」について。森川さん自身の考えと現地での議論についてまとめている。

準備力示したユンボ・ヴィスマの暑さ対応

ツール・ド・フランスに来て、日を追うごとに感じること。

「とにかく暑い」である。

アルプスは涼しい……と思っていたが、日差しはきつい。

もちろん毎日ではないにしても、われわれも外にいて太陽を感じるわけであり……話には聞いていたがジリジリ焼けるように暑い。数字では表せない暑さがあるようだ。年々気温が上昇していることは、レキップ(フランスのスポーツ紙でツール・ド・フランス公式メディア)が優先事項の高い課題として挙げてもいる。

具体的に述べると、日本のそれとは違う暑さである。例えば、新聞の天気予報欄に「明日は30度くらい」と載っているとする。しかし、そのとおりになることはほとんどない。

ある日のサルドプレス(プレスセンター)では、室内であるにも関わらず温度計は34度を指していた。

第16ステージスタート前のヴィラージュでは気温39度を示していた Photo: Kenichiro MORIKAWA

当然のことながら、屋外はもっと暑い。把握できただけでも以下のとおりだ。

第13ステージのヴィラージュ(スタート地点に設けられる関係者の憩いの場) 正午の時点で大型時計が37度を記録
第14ステージのヴィラージュ 正午前の時点で34度
第15ステージ アルプスということもありそれまでのような暑さではないものの、それでもサルドプレス内は暑い
第16ステージのヴィラージュ 午前11時 36度→正午 37度→12時30分 39度(ロット・デスティニーのチームバスのオーニング下でも35度を記録していた)

こんな具合である。

酷暑下でのツール・ド・フランスにあって、多くのチームで選手にアイスベストを着用させ、チームパドック内には空調ファンが設置されている。選手の中には手首にアイスネットを巻き、ミストを吹き付けながらウォーミングアップをしているケースも。

個人タイムトライアルで争われた第16ステージではヨナス・ヴィンゲゴー(ユンボ・ヴィスマ、デンマーク)が圧勝したが、この日同チームではパドック内にテントを設置し、四方を囲った中にスポットクーラー(簡易エアコン)を用意。レースを控えた選手たちは、アイスベスト・空調ファン・スポットクーラーの“3本立て”でウォーミングアップを行っていた。それも、外部からは確認できないような環境づくりをする徹底ぶりである。それでも現場で見る限り、テントの内と外ではまったく異なる体感であったことは想像できるものだった。

第16ステージのユンボ・ヴィスマのチームパドック Photo: Syunsuke FUKUMITSU

選手たちがベストな状態でレースに臨めるような環境づくりは、ツール・ド・フランスやUCIワールドツアーにおいてかなりのスピードで進んでいることを感じ、個人的にはとてもうらやましく思っている。

年々高まる暑さはツール関係者の間でも問題視されている

先述のレキップでは先ごろ、暑さに関する興味深い議論がなされていた。一部抜粋してお届けしたい。

「どのように灼熱の環境を克服したらよいのか!?」(エディ・ピッザルディーニ氏)
「レースカレンダーはすでに定着しているが、それが再スケジュールされることを意味しているのかもしれない」(ブエルタ・ア・エスパーニャ テクニカルディレクター:キコ・ガルシア氏)

こうした意見に対し、ツールにおいては「伝統」のうえに成り立っており、時期の変更はとてもじゃないが簡単ではないとレキップは指摘する。そこで提案と課題として、

「可能性としてありうるのは、スタート開始時間を午後の終わりに移すこと。しかし、スタート時間を遅らせることは選手の負担やストレスが懸念される。選手の安全に配慮した時間の変更が、リカバリータイム(マッサージ・食事・睡眠)に少なからず影響を及ぼし、翌日のパフォーマンスにも関係する」

と挙げている。加えて、

「1903年のツール・ド・フランス創設以来、暑さによってステージがキャンセルされたことは一度もない。しかし、人間はどこまで忍耐の限界に挑戦できるのか」

とも。

酷暑下でのレース実施は関係者間でも議論がなされている ©️ A.S.O./Pauline Ballet

ただ、過去の事案として、

2022年のルート・ド・オクシタニー(ピレネー山脈で開催されるツール前哨戦)の第2ステージが、暑さにより県知事の判断でコースの大部分をキャンセル。隣県でわずか30kmのレースとしての対応を余儀なくされた。

 

2022年のツール第16ステージでロマン・バルデ(現(チーム ディーエスエム・フェルメニッヒ、フランス)が脱水症状で大きく後退。翌日、フィリップ・ジルベール氏が「心停止に陥る選手が出たらどうするのか」と警鐘。じつは、レース開催地のカルカッソンヌではステージを中止または短縮にするべきではないか、との話し合いがなされていた。

 

2023年6月25日にカッセルで開催されたフランス選手権(224km)も灼熱で、完走したのは23人。106人がリタイア。その多くがけいれんやめまい、嘔吐を訴えていた。

という点に触れており、暑さが重要な検討課題であることは最大限認めている。

チームごとに暑熱対策は異なるが、ハード・ソフトとも構築・運用を急ぐ必要がある Photo: Kenichiro MORIKAWA

メテオ・フランス(フランス気象局)によれば、2022年夏は史上2番目に暑く、33日間も熱波に見舞われたという。ツールのロジスティックマネージャー、アンドレ・バンカラ氏も近年の暑さを気にするひとりで、会期中全日程の気温を入念に記録しているという。

そこで分かっているのは、過去24回のツールで平均気温は1.7度、地上気温は10度以上上昇していることだ。

レースの結果や選手のブレーキなど、さまざまなドラマが演じられるひとつの要因として、「自然との戦い」が本格化している。冷却器具などの「ハード」面の戦略はもとより、「レース前・レース直前・レース中・レース後」のマネジメント(準備・対策・管理)が勝利につながる重要なファクターとなってきていることは間違いない。そこに置かれたスタッフの意識、選手のパフォーマンスパラメータ、チームにおけるプロトコルの構築といった「ソフト」面の構築・運用を急ぐ必要がある。

イネオス・グレナディアーズのチームパドック。あらゆるアイテムを用いて暑熱対策を行っている Photo: Kenichiro MORIKAWA

私感ではあるが、第16ステージでのヴィンゲゴーの快走は、チーム全体によるレース前からの準備も大いに関係しているように思う。もし、私がこのチームのスタッフであれば、その成功を大喜びしていたことだろう。

チームの大小を問わず、選手の高い意識に負けないチーム内部やスタッフの成長が求められているのかもしれない。本記第1回・第2回に協力してくれたイネオス・グレナディアーズのヤチェックが述べた「これがわれわれのスタンダードなのだよ」という言葉に、組織としての強さを感じるとともに、「目に見えないもの」の大切さを気づかせてくれている。

森川健一郎

Photo: Syunsuke FUKUMITSU

コンディショニング・トレーナー
アスレチックトレーナー
インディバ・アクティブ セラピスト
自転車ロードレースチームスタッフ
柔道整復師
BLUE CORN SPORTS 代表

略歴
2004〜
自転車ロードレースのスタッフとして活動を始める
同時に、数多の方々の協力でイタリアへソワニエ修行のチャンスをいただく

2005〜2008
ナショナルチームスタッフとして活動

2008〜
日本国内でのスタッフ活動を中心に、主にアジア・オセアニアツアーで現在も活動
自転車チームスタッフ歴約20年

2012〜
スキー競技、アルペン・クロスカントリーのジュニア・育成年代のトレーニングに自転車を取り入れた、基礎体力育成・強化トレーニングセッションを通年で開催している

2015〜
ワールドツアーのチームや多くのトップ選手のケアにも多数導入されている「インディバ・アクティブ®️」のセラピストとして、一般の方から選手まで、ケガ等のアフターケア〜スポーツコンディショニングケアをスタッフ活動と並行して行なっている

1969年(昭和44年)生まれ
静岡県静岡市(旧清水市)出身

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Bicycle Club編集部

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ロードバイクからMTB、Eバイク、レースやツーリング、ヴィンテージまで楽しむ自転車専門メディア。ビギナーからベテランまで納得のサイクルライフをお届けします。

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