スペシャのコンプってどうなのよ スペシャライズド・3 Icons試乗記 vol.3
安井行生
- 2024年08月21日
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スペシャライズド三部作に関する試乗&分析記事、最後はコンプグレードの比較試乗である。「ハイエンドバイクには手が届かない」というサイクリストのために、50万円以下で手に入るターマックコンプ、エートスコンプ、ルーベコンプの3車種に試乗。ジャーナリストの安井行生がその価値を見定める。
ハイエンドの世界を知る意味
先に公開した2本の記事vol.1、vol.2 で、近代ロードバイクに込められた設計の深みの一端を覗いてもらった。特に、vol.1のセバスチャン・セルベット氏の言葉からは、これまでロードバイクの良し悪しを決定づけていた(と思われていた)軽さや剛性や快適性が、そのままシンプルな性能の指標にならないということが分かっていただけたのではないかと思う。
現在肩で風を切って自転車業界を闊歩している空気抵抗だって、あくまで性能の一つの要素にすぎない。人間でいえば学歴のようなものだ。学歴はプロフィールを成すいち要素ではあるが、学歴でその人の価値は決まらない。人間はテストの点数で決まるような単純な生き物ではないからだ。
ロードバイクだって単純なスコアで決まるような軽薄な乗り物ではない。ペダリングフィールや操安性や動力伝達性や乗り手との親和性や操る楽しさや整備性や堅牢性も必須科目で、当然、空気抵抗の高低で世界最速かどうかなどが決まるわけがない。
レーシングバイクとして見ても、空気抵抗の1Wの差より、「自分が求めるポジションが実現できるか」「よく進むか」「脚にダメージを残しにくいか」「ハンドリングが正確で思ったとおりのラインをトレースできるか」などの数値化不可能な性能のほうがよっぽど速さに対する影響力が大きい。分かろうとしない人はいつまで経っても分からないかもしれないが、分かろうとする人には感覚的にでも分かってもらえると思う。
いやそれでも私は配偶者や仕事仲間を容姿や学歴や収入や社会的地位や背丈・スリーサイズで選び、自転車は風洞実験の結果や重量や剛性やプロツアーでの結果で選ぶんだ、そう仰るのなら止めはしないが、正直な感想を吐露すると、自転車乗りとして浅はかだなとは思う。
本当にいい自転車とは、スペックがキラキラしているだけでは駄目だ。そういう思いでずっと原稿を書いてきたが、セバスチャン・セルベット氏の言葉がそれを裏付けてくれたような気がした。
そういう意味で、例え買えないとしても、ハイエンドモデルの世界を覗き、そこに込められた技術を知ることには意味がある。自転車を見る目が変わり、自転車乗りとして成長できるからだ。
コンプグレード比較試乗、概要
とはいえ。懐事情に合った価格帯のモデルの完成度もリアルな自転車生活の判断材料として重要だ。それが、バイヤーズガイドたるインプレッション記事の本来の存在意義である。
そう考え、3 Iconsに関する試乗&分析記事の最後はコンプグレードの比較試乗にしたいと申し出たところ、編集部もスペシャライズド・ジャパンも快諾してくれた。
コンプは、Sワークス、プロ/エキスパートに次ぐミドルグレード。フレーム素材で走りが決まるわけではないが、Sワークスの素材のグレードがFACT 12r、プロ/エキスパートがFACT 10rのところ、コンプはFACT 9rとなる(ルーベのみプロ/エキスパートと同じ10rフレームを採用)。
2024モデルのターマックコンプ(https://www.specialized-onlinestore.jp/shop/g/g90624-5149/)、エートスコンプ(https://www.specialized-onlinestore.jp/shop/g/g97225-5049/)、ルーベコンプ(https://www.specialized-onlinestore.jp/shop/g/g94423-5244/)はどれもシマノ・105 Di2仕様で、車両価格は全車49万5000円。「150万円用意してから出直しといで」なハイエンド帯はカンケーないという人も、この価格ならギリギリ検討範囲内なのでは?(ちなみに、筆者は最近メインバイクを新調したが、予算は逆立ちしてポケットの中の小銭まで総動員してトータル50万円ほどでした)。
ホイールは全車DTスイスのアルミリムだが(ターマックとルーベはR470、ルーベはG540)、今回はローヴァール・ラピーデCLXとアルピニストCLXも同時にお借りし、ターマックコンプ×ラピーデCLX、エートス×アルピニストCLXという「足元だけハイエンド仕様」でも走ってみている。この価格帯の試乗は、ともすれば「鉄下駄ホイールの重い走りを確認するためのライド」になってしまいがちで、試乗記は「鉄下駄ホイールじゃなければ……と必死に弁明するための文章」になってしまいがちなので、いいホイールでも走ってフレームの実力を正しく感じ取るためである。
能書きは以上。ややこしい技術の話や蘊蓄やひねくれた自転車評論家のお気持ち表明も終わり。以降は試乗印象の描写に徹する。
ターマックコンプ
ターマックは昨年にSL8へと世代交代しているが、コンプグレードは現在もSL7のまま。そのせいで基本設計の古さを感じるのかと思いきや、レーシングバイクとしての素性が非常によかった。
SL7のSワークスは、アマチュアには剛性が高すぎたきらいがあった。当時の試乗記には「踏めるときならいいが、疲れたときにシッティングで登坂しているとフレームに跳ね返されてしまい、脚にダメージが残る。これでは気持ちのいいロングクライムはできない」「最終型ヴェンジの美点である懐の広さはなくなった。そのかわり、ヴェンジのようなワンテンポ置いて加速する感じではなく、即座にダッシュする鋭い速さを手に入れた。競争に徹した作りだ」などと書いた。
しかし、FACT 9rになったSL7はアマチュア向けロードレーサーとしていい塩梅に落ち着いている。俊敏性はSワークスと比ぶべくもないが、硬すぎず、しかし剛性は適度に出ており、パワーをかけても推進力が削がれず、よく進んでくれる。ハンドリングもシャープながら安心感ある。
鉄下駄と書きかけた純正ホイールも悪くない。数日前に話を聞いた某社の企画担当者は、「DTは低価格帯のホイールでも出来がいいんです。シンプルな見た目でフレームのグラフィックを邪魔しないということもありますが、完成車に採用する一番の理由は性能です」と言っていたが、数多のミドルグレード完成車に採用されているこのR470、確かに走りは悪くない。持って重いが走ると軽い……は言い過ぎかもしれないが、走ると思ったほど重くない。純正状態のターマックコンプ、力強く走る良作である。
ラピーデCLXに付け替える。ゼロスタートの瞬間に大差は感じないが、スピードの伸びはレベルが違う。同じホイールを履くSワークスは、前述のように想定脚力がかなり高く、中途半端な脚力だと体にダメージが残りやすい仕立てだった(ストイックなレーシングバイクなのだからそれでよし)。FACT 10rフレームのプロ/エキスパートではその過激さが薄まって乗りやすくなっていたが、FACT 9rのコンプではさらに柔和になっている。
冷静になってみれば、このターマックコンプSL7は、一世代前のサードグレードである。目立つ存在ではないが、実力は高く、しかも当時のSワークスにはない魅力(優しさ、扱いやすさ)を持っていた。
エートスコンプ
FACT 12rのSワークスエートスには散々乗っているし、FACT 10rのエートスプロにも試乗した。その経験を踏まえて評すると、FACT 9rのコンプにもエートスらしい軽快感があった。もちろんS印ほどヒラヒラと舞いはしないが、ダンシングが現代のアンダー50万円車とは思えないほど軽やかだ。エートスならではのジオメトリと剛性感によるものだろう。こちらも純正ホイールとフレームの相性は悪くない。
アルピニストCLXに付け替えて同じルートを走ってみて、なんだか考え込んでしまった。かなりSワークスに近づくのである。激坂で瞬間的なトルクをかけたときの反応には差があるし、重量差も小さくはないだろうが、Sワークスエートスの走りを7~8割ほど再現できている気がする。
10rエートスも非常にいいバイクだったが、9rの完成度も悪くない。つくづく、フレーム素材では自転車の良し悪しは計れないんだと痛感する。料理の美味しさを決めるのは、産地など些細な食材の違いより、まずは調理の上手い下手だ。世界の高級食材をかき集めても、筆者が指と一緒に切り刻んで前髪と一緒に焦がして作る料理より、業務スーパーで叩き売りされている激安食材を使って一流シェフが作る料理のほうが100倍は美味い。フレームも同じだ。いくら素材がよくても設計がヘボだと走らない。素材が中庸でも、上手く設計すればいいフレームになる。
エートスコンプ、無線変速だし、12速だし、主観だがカラーリングもいい。50万円でFACT 9rのこれを買って、そのうち軽いカーボンホイールを買い足す、というのがアマチュアサイクリストにとって今一番賢い自転車遊びかもしれない。
ルーベコンプ
フューチャーショックとパヴェシートポストでライダーを浮かせてフレームはしっかり作る、というコンセプトはSワークスと同じだから、コンプでもフレームの剛性はしっかり出ており、パワーをかけても顎を出すことはない。Sワークスのほうがフレームが硬い気はするが、ルーベは長距離を走るためなのだから、少々柔らかいほうが脚に優しいだろう。
いつもの業務モードで乗り始めると、各速度域での加速性能や登坂性能、ハンドリングやフレームのしなりや振動伝達の違いなどを感取しようとしてセンサーの感度を上げて不相応なパワーで踏んでみたりもするわけだが、そうして重箱の隅を楊枝で洗えばSワークスとの差はある。挙動の軽さ、高負荷時の動力伝達性は明確に劣る。フューチャーショックの内部構造がSワークスとは異なり、コンプはスプリングの交換やプリロードの調整ができないため、厳密に言えばフューチャーショックの振る舞いの洗練度も落ちるだろう。
しかし、ルーベはそんな格付けチェックのような走りは想定していない。
というわけで、センサーを切ってお遊びモードに切り替えて、軽いギヤでのんびり走り始めると、見事にSワークスとの差が気にならなくなる。
ロングライド用バイクだから重くていいというわけではない。他の条件が一定であれば軽いほうがいい。しかし、ステムやシートポスト、ホイールやタイヤで重量が嵩んでいるので、フレームやコンポの重量差がする悪さは目立ちにくい。
カタログによれば、Sワークスの完成車重量は7.34kgで、ルーベコンプは8.97kg。2kg弱の差は大きいが、ルーベが想定している使用シーンを考えると、ターマックやエートスほど重量差が実際の走行性能に響きにくいはずだ。
そもそも、ルーベはターマックのように空気を切り裂いてライバルとドンパチ撃ち合うバイクではない。エートスのように登坂で軽やかに舞うというコンセプトでもない。大海を行く大型船の如く、ゆったりと余裕のある走りをするためのバイクである。
高価な高弾性繊維を使う目的は、軽量化と高剛性化を両立するためだ。ターマックとエートスは、高剛性化と軽量化がメリットとして表出しやすいコンセプトであり、「FACT 12rである意味」が享受できる。
しかしルーベは、ターマック&エートスほどそれらを必要としていない。それを考えると、「Sワークスである必要性」は、ターマックやエートスほど大きくないかもしれない。
Sワークスとコンプの関係性
やっぱり最後にお気持ち表明をちょっとだけ追記。
数倍もの価格差があるのだから、そもそもSワークスとコンプを比較してもしょうがないと分かってはいたが、センサーと思考がやや暴走した結果、面白い構図が見えてきた。各モデル間における、Sワークスとコンプの関係性の違いである。
- ターマックコンプには、Sワークスとは別の魅力があった。
- エートスコンプには、Sワークスに近い魅力があった。
- ルーベコンプに乗って、Sワークスの存在意義を考えさせられた。
それは、単純に上位グレードと下位グレードという一言では片付けられないものだったのだ。
ロードバイクのコンセプトが多様化し、設計・製造技術も向上した今、かつてのように、「高価なバイクが全方位的に優れていて、安いバイクは問答無用で劣る」という単純な構図ではなくなってきている。ハイエンドバイクは確かにかっこいいし素晴らしい。だが、一番あっぱれなのは、見てくれや身分不相応な所有欲やいいねの数に惑わされず、身の丈と目的に合ったモデルを選べる人である。
- BRAND :
- Bicycle Club
- CREDIT :
- 編集部:バイシクルクラブ編集部 撮影:管 洋介
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