『天気の子』新海誠のルーツにあるMacと若者へのメッセージ〈新海誠インタビュー01〉
- 2020年03月06日
INDEX
『Macの向こうから』キャンペーン登場を機会にインタビュー
昼から夜に移り変わる短い時間に刻一刻と変わる美しい空の描写を背景に、若い男女のみずみずしい感情の移り変わりを描き、世界を席捲した『君の名は。』『天気の子』を監督した新海誠監督にインタビューする機会を得た。どうしても聞きたかった話を、3編のインタビューにまとめたので、お楽しみいただきたい。
1本目は、そのクリエイティブを実現したコンピュータの話。2本目は『君の名は。』に登場したiPhoneに隠された細かな設定。3本目は『君の名は。』と『天気の子』の対照的な物語についてだ。
『君の名は。』三葉と瀧君のiPhoneに隠された秘密〈新海誠インタビュー02〉
https://funq.jp/flick/article/566119/
『壊れたままの世界』で生きて行くMacBook世代へのエール〈新海誠インタビュー03〉
https://funq.jp/flick/article/566134/
最初の短編映画は、1台のMacで作られた
『君の名は。』で興行収入250億円を突破し、一躍世界的な存在となった新海誠監督。本作で彼の名を知った人も多いことだろう。しかし、マニアの間ではその独自性の高い『新海ワールド』の魅力で、一作一作着実にファンを増やして来た監督でもある。なんといっても伝説的なのは、初の商業デビュー作品である『ほしのこえ』を、ほぼたった一人でMacを使って自宅で作り上げたというエピソードだ。
2002年2月に公開された『ほしのこえ』は、25分の短編アニメーション。キャッチフレーズは『私たちは、たぶん、宇宙と地上にひきさかれる恋人の、最初の世代だ。』というもの。地上に残ったノボルと、異星人と戦うために国連宇宙軍の艦隊に所属し、地球を離れ旅立つミカコの物語だ。地球からの距離が広がるにつれて、次第にメールの往復にかかる時間も延びていく。そして、さらにミカコは光を越える速度で遠くに向かい……という、宇宙的規模の少年少女の恋愛物語だ。
このアニメの監督、脚本、演出、作画、美術、編集……つまり制作にかかるほとんどすべてを新海誠監督が行った。
その時使われたのが、Power Mac G4 400MHz。いわゆるポリタンクと言われた形状のG3の進化版のグラファイト色のモデルだ。Adobe Photoshopで1枚1枚絵を描き、After Effectsでアニメーションにした。ミカコの登場するロボットはLightWaveを使った3D CGで描いたという。
5分の短編、『彼女と彼女の猫』はPower Macintosh 7600で
しかし、さらなる源流があるという。
それが、この1999年に作られた『彼女と彼女の猫』だ。新海誠監督自身がYouTubeに公開している作品があるので、まずはそれをご覧いただきたい。
わずか、5分の作品ではあるが、この作品を約20年前に、前職のゲーム開発会社に勤めながら新海監督は約半年をかけて作り上げた。
使われたのはなんとPower Macintosh 7600/120。今から考えると信じられないほど貧弱なマシンだ。CPUはPowerPC 604の120MHz。メモリーは標準でわずか16MB。現代のMac Proの最大メモリー1.5TBの、およそ10万分の1だ。ストレージも標準で、1.2GB。その貧弱なマシンで、この作品を、しかもひとりで作り上げたというのには本当に驚かされる。
なんとひとりで1枚1枚絵をPhotoshopで描き、After Effectsで繋いで動画にしていったという。映像を視聴いただけば分かる通り、猫である『僕』の声も新海誠監督本人だ。
しかも、絵の美しさも、心情描写のデリケートさも、物語性も、完全に今の新海誠監督に通じるものがある。
なんと、小学校4~5年生の時から、物語を作っていた
実はさらに源流がある。若かりし日の新海少年のルーツについて聞いた。
ご存じのように、彼は長野県南佐久郡小海町に生まれた。『君の名は。』の舞台となった糸守町の風景の源流はこの土地にあると言われている。
「パソコンと出会ったのはとても早くて、小学校4年生か、5年生の時だったんです。親に頼んでMZ-2000(’82年発売のシャープの8ビットパソコン)を買ってもらいました。黒い画面に、緑色一色で文字が表示される、今から考えると本当に原始的なパソコンです。日本語はカタカナしか表示できませんでしたし、出せる音もビープ音だけでした。たとえそれだけでも、1台のパソコンで、絵も文字も音も扱えるというので、とにかく嬉しくてワクワクしました」
何がきっかけで、まだ当時一般的でないパソコンに、長野県に住む小学生が触れる機会があったのかはあまり覚えてないとのことだが、本屋さんでパソコン雑誌を買い、憧れたということのようだ。ガンダムやドラえもんなどのアニメに出ていたパソコンにも影響されたという。
「その貧弱なパソコンで、絵本のようなものを作っていました。絵をまず方眼紙に描いて、それをX軸Y軸の座標をとって画面に描画して、カタカナだけの文字で文章を表示し、教科書に載っていたような音楽をビープ音で演奏して、キーを押すとページがめくれて物語が展開するようなものでした」
なんと、これはもうひとつの映像作品だ。
驚くべきことに、小学校4~5年の時に、8ビットの単色グリーンディスプレイのパソコンで、新海監督は『絵と言葉と音楽』がある物語を作っていたのだ。今から40年近く前、およそ10歳の時に、すでに新海誠監督の才能の萌芽があったのだ。本当に驚くべきことだ。
就職した会社でのMacのとの出会い
その後、シャープのX1 turboなども使ったという。しかし、文学部だった学生時代には、レポートにはワープロを使ったりと少しパソコンから離れていたそうだ。
Macと出会うのは、社会人になって、就職してから。
「団塊ジュニアだったので、就職氷河期でした。阪神大震災とかオウム真理教の事件などがあって、非常に世の中も混沌としていて自分も何をやっていいかわからなくて。震災や大型台風、新型コロナウイルスに悩まされる今と少し通じるものがあるかもしれません。同時にWindows 95が発売されて、インターネットを使えるようになって、何か新しいことが始まりそうな年でもありました。そんな中でなんとか自分を採用してくれたゲーム会社がありました。それが、『Y’s(イース)』『ザナドゥ』などを作った日本ファルコムという会社でした」
「その会社の当時の代表が加藤社長(現会長)でした。その加藤社長が昔アップルのディーラーをやってらっしゃったんですよね。ロゴマークもアップルの6色リンゴに通じるものがあって、社長がジョブズの名言について語るようなこともあり……ある種アップルに憧れていた会社でもあったと思います。そこでMacに出会いました。機種は覚えていないですが、PerformerやPower Macintoshの時代ですよね」
当時、Windowsにもマウスがあったが、Macintoshのそれはまったく違うと感じたという。Macの方がはるかに洗練されていたし、その時はじめて『パソコンで遊ぶ』ということが目的なのではなく、Macは何かを作る『手段』なのだと感じたという。
「その会社で働きはじめて2~3年経って、お金を貯めてPower Macintosh 7600を買いました。旅行などにも一切行かず、自分の買える精いっぱいのMacだったと思います。たしか、19万円ぐらい。それにディスプレイも当時にしては大きめのものを20万円ぐらいで買い、AdobeのPhotoshopも10万円ぐらいだったでしょうか? 全部で50万円以上したと思います。今と違って、銀行で下ろした現金を握りしめてソフマップに行って、大きな箱を持って帰りました」
サラリーマンを経験したからこそのクリエイティブ
このパソコンで、自主制作したのが、前出の『彼女と彼女の猫』だ。
「僕はサラリーマンという経験を経たからこそ、何かを作りたいという気持ちに、強くさせられたと思います。ひとつの象徴として、スーツを着て、毎朝満員電車に乗って、毎日終電で帰ってくるというような生活だったのですけれども、そういうことを繰り返していると、やっぱり疲れてくるし、気持ちも荒んでくる。その中で切実に『作りたい』という気持ちにさせられたんだと思います。」
「社会人生活の中で、何かを作らないと、この先の人生がしんど過ぎるんじゃないかと思って。『何か作りたい』という気持ちになった時に、目の前にあった道具がMacでした。映像はひとりで描けばひとりで済むし、稚拙なものでもカタチにできる。声だけは周りの人にも手伝ってもらって。音楽はできればやっていたのかもしれないけど、できなかったので同僚にお願いして。本当にミニマムなスタイルでやってみたら、それが功を奏して、『これがやりたかったんだ』ということに気付いたんですね」
「『彼女と彼女の猫』は拡張子が.movのQuickTimeムービーでしかないんですが、完成直後に自宅の三菱のディスプレイにそれを一晩中リピートして見続けていた思い出があるんですね。『自分から作品が出てきたんだ!』と。嬉しくて。そこから自分が本当にやりたいことはなんなのかと、考えながら進んできたら、それがアニメーション作品であり、監督なんだなと。僕にとって、一番大事なのは『誰も見たことがない物語』を誰かに見せることができる、それなんですよね。」
挫折と高揚感
もちろん、観客はとても重要だという。
「最初の『彼と彼女の猫』を下北沢のトリウッドという映画館でかけてもらえることになったんです。自分にとってもはすごく巨大なことで、嬉しいから、会社の仕事が終わってから見に行ったんです。そしたら、観客が誰もいなくて。僕がひとりで見ることになってしまって。結構そのことがショックで。かけてくれる劇場にも申しわけないですし。トリウッドの館主の大槻さんに相談したりもしました。」
最初は自分の中にあるものが作品になることが嬉しかったが、その向こうに観客がいて欲しいという気持ちが強くなっていった。だから、観客に見てもらう映画として『ほしのこえ』を作ったという。
「宇宙を舞台とした遠距離恋愛をテーマにして、ロボットを出して、シンプルなキャッチーさを求めました。そしたら、トリウッドの観客動員数のレコードを更新するようなヒットになったんです。朝から行列ができて、客足が本当に途切れなくて、一日中繰り返し上映していただいたんですけど、終電までそれが続いて。上映が終わるたびに満員のお客さんがすごく拍手してくれるんですね。あの時の高揚感。「こういうことができるんだ」という喜びは忘れられませんね」
観客の声があるからこそ、次作へのモチベーションが高まるという。
シビアな時代だが幸運でもある今の若者へのエール
ただ、新海監督が若かった頃とは時代も違う。筆者も新海監督とほぼ同世代だが、生活もぶん投げて、高価なマシンをローンで買っても、’80年代、’90年代の景気が良い時代にはなんとかなった。今日より明日の給料の方が絶対に高かった時代だった。今はそうはいかない。
若者の気持ちに寄り添った作品を作る新海監督は、未来の見えにくい今の若者たちのことを、どう考えているのか?
「今でももちろん、借金して何かを買う人もいなくはないと思いますよ。昨日たまたま、恵比寿の喫茶店にいたら、隣でお茶を飲んでる若者が……どうもYouTuberらしかったんですけれども、高価な機材を頑張って買うという話をしていました。僕なんかに見えないフィールドで頑張っている人もいっぱいいると思います。」
「もう少し自分に近いフィールドのこともお話ししましょう。絵を描いたりとか、映画を撮りたいと頑張っている人ですね。今は厳しい時代ですが、流通や道具の条件についてはとても整っていると思います。昔はアニメーションを一人で作るのは不可能に近かったのですが、Macなどのコンピュータが登場して、それは一人でも不可能ではないことになりました。みなさんが使っているMacBookと僕が使っているMacBookはまったく同じですし、プロが使うソフトウェアも、ネットワーク環境も誰でも購入できます。作れない理由はないと思うんですよね。もちろん、本当に作りたいという気持ちが試されているシビアな時代でもあります。でも、環境が整っているという意味では、本当に幸運な世代。思い切って飛び込んで挑戦して欲しいと思います」
グリーンスクリーンの8ビットパソコンで創作を始め、Macを得てクリエイティブの翼を大きく羽ばたかせた新海監督の、それは若いクリエイターたちへのエールだ。
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「天気の子」Blu-ray&DVD 5月27日発売
Blu-rayコレクターズ・エディション 1万2000円(税別)
Blu-rayスタンダード・エディション 4800円(税別)
DVDスタンダード・エディション 3800円(税別)
発売元:STORY/東宝 販売元:東宝
©2019「天気の子」製作委員会
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新海誠監督の作品はiTunesでも配信されています。
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(村上タクタ)
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PROFILE
flick! / 編集長
村上 タクタ
デジタルガジェットとウェブサービスの雑誌『フリック!』の編集長。バイク雑誌、ラジコン飛行機雑誌、サンゴと熱帯魚の雑誌を作って今に至る。作った雑誌は600冊以上。旅行、キャンプ、クルマ、絵画、カメラ……も好き。2児の父。
デジタルガジェットとウェブサービスの雑誌『フリック!』の編集長。バイク雑誌、ラジコン飛行機雑誌、サンゴと熱帯魚の雑誌を作って今に至る。作った雑誌は600冊以上。旅行、キャンプ、クルマ、絵画、カメラ……も好き。2児の父。