日光白根山~至仏山|ニッコーオゼ・ロングトレイル65kmで栃木、福島、群馬の県境を行く
PEAKS 編集部
- 2019年11月06日
ロングトレイルってなんだろう? 日本ではいろんな意味をぶら下げて、多方面へひとり歩きしている感がある。街と街を繋ぐ舗装路もロングトレイルといい、北アルプスの縦走路を繋いだ登山道もロングトレイルという。距離や 日数、フィールドの縛りはなく、定義は曖昧だ。広義に解釈されるゆえ、行政の観光事業のためにいいように使われて、なんだかなーってところもあったりして。
ぼくが思い描くロングトレイルの理想形のひとつは、ハイカーの外ではなく、内で生まれるもの。具体的にいえば、ある山域とある 山域を繋いで歩く旅のことである。たとえば、登山地図のトップシェアを占める昭文社の山と高原地図 は全国の山域に分けられているが、その複数のエリア地図を広げ て繋ぎ合わせ「ここからあっちへ繋げて歩いてみようか。お、おもしろそうじゃん」と、こんな感じではじまる山旅。
山域と山域の間には人間の営みがあり、その土地の文化や歴史、風習などにも触れられる。おのずと日数は3泊以上、 距離は60km以上になるだろう。テント泊ならなおうれしい。山頂を巻く遊歩道があればなおのことよし。山行記録はウェブに転がっていないから距離と歩行時間を計算し、どこで寝るか、どこで水を汲むか、思索を繰り返す。○○トレイルとパッケージで用意された歩き道もいいけれど、自分で地図に引いた一筋のラインを歩きたい。 衣食住を背負って、自由気ままに。
そこで以前から気になっていた日光と尾瀬を繋ぐニッコーオゼ・ロングトレイル(勝手に命名)へ旅立つことにした。日光エリアのランドマークとして空を劈く日光白根山をスタートして、栃木、福島、群馬の県境をぐるっと山越えし、尾瀬ヶ原を突っ切って至仏山に登る、総延長約65kmの歩き旅だ。
日光白根山の山頂から五色沼、 日光連山を見渡す。見えている山を繋ぐだけでもプラス 2 日は長く 歩ける。日光東照宮などもあって ロングトレイルにもってこいの山域だ。
上毛高原駅~日光白根山
上越新幹線上毛高原駅から大清水行きのバスに乗り、鎌田で30分乗り換え待ち。タバコを燻らせた60代の乗務員としばし談笑する。「昨晩は寒くてついにコタツを引っ張りだしたよ。急に寒くなったな〜。にいちゃん、大学生か?」
若く見られることがうれしいと思えるようになった41歳のおっさんだ。ハイライトの煙がけむい。「今日どこに泊まるの? 湯元温泉? なら温泉寺に入るといい。
硫黄の匂いが強くていいお湯だ」 今日の動きが決まった。奥白根に登ったらテントを張って温泉寺に浸かってビールを飲む。オープンマインドであらゆる事象を受け入れながらイエスマンで歩く。それがわが旅のスタイル。
さあ、旅が転がりはじめたぞ。 日光白根山ロープウェイについたのは土曜日の10時半。観光客で賑わう山頂駅で水筒の水を捨てて、 山の湧き水を汲み、歩き出す。できることなら山の水を吸収しながらその山に登りたい。なんか体の内側から山に溶け込む感じがしていいじゃないか。
2時間ほどで大混雑の山頂に着いた。これから歩く山々が北東方面へ連なっていた。あの稜線を歩いている自分をイメージすると否が応でも歩欲が高まる。それにしても山頂カップメン族の多いこと。ズルズル音に背中を押され、いそいそと下る。五色沼から前白根山を経由し湯元へ下りる登山道では、1組しか登山者に出会わなかった。
山頂に群がるざっと100人の登山者はどこへいったのか? みんな最短距離で山頂を踏むことが目的のようだ。こんなに美しいツガと苔の森が麓の温泉地へ続いているというのに。おかげで静かな尾根歩きを楽しめた。
1泊目。日光湯元キャンプ場
車でアクセスできる日光湯元キャンプ場はファミリーで賑わっていた。最上部の森のなかにテントを張り、 17時終了の温泉寺へ滑り込みセーフ。鼻から脳天へ突き上げる硫黄臭と滑らかなお湯に体がトロけた。テントへ戻り、BBQの匂いに包まれながらフリーズドライを胃へ流し込む。フリーズドライは自由の象徴。ビールがあれば夜は平和にふけていく。
湯元から金精峠
2日目の朝一ミッションは、湯元から金精峠へトレイル復帰することだ。登山道を歩くと金精山経由で時間もかかる。迷わず路線バスで上がることに。昨晩、温泉寺からの帰りに湯元バス停で調べておいたのだ。8時半発のバスに乗り、金精峠のトンネル手前の 駐車場で下ろしてもらうよう運転手に頼むと、バス停がないので下ろせないという。トンネルを抜けた群馬側の菅沼バス停から1時間かけて金精峠へ登れというのだ。
気を取り直し、菅沼バス停から 金精峠へ登る。この登山道がひどかった。大雨で幾筋もの水流が登山道を洗い流し、数え切れないほどの倒木が行く手を阻む。踏み跡を何度も見失い、迷いながら標高を上げ、峠には9時半着。ふ〜。
群馬と栃木の県境に沿って、細かいアップダウンを繰り返しながらの稜線歩き。北八ヶ岳の美林を彷彿とさせるツガやモミなど針葉樹の森がとびきりきれいだ。温泉岳や根名草山をピストンする登山者と計3人すれ違ったが、奥鬼 怒温泉へ抜ける人はだれひとりと していなかった。
念仏平避難小屋で奇妙な体験をした。小屋前で行動食のナッツを食べていると、根名草山方面からひとりのおじさんがやってきた。
「こんにちはー」
たがいに挨拶を交わした瞬間、おじさんの後ろから複数の女性がキャッキャと騒ぐ声が聞こえた。
おじさんはソロじゃなく大所帯のようだ。もしかしたらガイドさん かな。しかし、だれも続いて下りてこない。おじさんに挨拶をして、 歩きだすも後続者はいない。カメラマンの松井進もはっきりと同じ女性の声を聞いていた。あれは一体なんだったのだろう?
それにしても倒木が多い。あとで日光澤温泉の主人・根本智規さんに聞いたところ、去年の台風で倒れたものが多いそうだ。日光の山はもろい岩の塊だ。樹木は地面深くまで根を張ることができず、 地面を這うように浅く広がる。だから風や雪で負荷がかかるとすぐに倒れてしまうのだ。倒木に出くわすたび飛び乗ったり、膝まずいてくぐったり、全身運動で体力が消耗していく。
山と高原地図を見ると、根名草山の北に危険マークがついている。雨や雪に土砂が流され、急斜面に不安定な岩が露出したガレ場が3カ所続いていた。いずれも足場は安定し、落石さえ気をつければ危険マークをつけるほどではないと個人的には思う。快晴の日曜日に登山者をひとりも見かけないことと、危険マークの関係性はゼロとは言い切れないだろう。注意喚起は大事なことだが、それにより山道が滅びていく可能性もあるのだとぼんやり思った。
鬼怒川のせせらぎが大きくなってきた。木々の間から赤い屋根が 見える。今日の宿、日光澤温泉だ。
ここ日光澤温泉から尾瀬沼までの約17kmの縦走路に宿泊できる山小屋やテント場はない(鬼怒沼に東電の巡視小屋があるが非常時のみ使用可能)。日光澤温泉から約8km行った小松湿原に水場と野営スペースがあるようだが、片品川の源頭を汚す不用意なビバークは慎むべきだ。
以上のことから日光と尾瀬を繋いで歩くには、必然的に日光澤温泉に泊まることになる。この事実を知ったときぼくはほくそ笑んだ。ずっとここに泊まりたかったのだ。
日光澤温泉に着くと看板犬のサンボが出迎えてくれた。お腹を掻いてあげるとゴロンと腹を見せる。人懐っこい柴犬だ。癒される〜。「この前お客さんについて尾瀬沼へ行っちゃったんですよ。尾瀬の知り合いから『サンボに似た犬が尾瀬をぶらぶらしているよ』って 電話があって(笑)」
迎えてくれた主人の根本さんが サンボの大冒険を話してくれた。鹿や熊除けのために、サンボは夜だけ放し飼いにしているという。日本一幸せな犬である。風雪に耐え木目が露わになった木造建築と放し飼いの犬と混浴露天風呂。期待したとおり、つげ義春の漫画に出てくるような温泉宿だ。
夕食後、根本さんに尾瀬沼へ抜ける山道について聞いてみた。「昨日も女性がひとり尾瀬へ出発しましたよ。少ないですが人は歩いています。倒木が多いので迷いやすく時間がかかります。健脚者向けの縦走路といえるでしょう」
朝食を弁当にしてもらい、朝5時に宿を発つ。朝焼けにほんのり赤く照らされた根本さんとサンボが静かに見送ってくれた。
シラカバ、モミ、シラビソの森 からときおり差し込む朝日を浴びながら急登を行く。足が鉛のように重い。朝、長風呂に浸かったからだ。経験上こうなるとわかっていたが、朝まずめの極上露天風呂に浸からずにはいられなかった。
傾斜が緩やかになって視界が開けると大小の池塘が点在する湿原が広がった。関東屈指の秘境といわれる鬼怒沼だ。振り返ると歩いてきた日光白根山や根名草山が沼に浮かんでいた。ベンチに座り、山々を眺める。3日間歩いてきたハイカーだけが味わえる至福の風景と時間だった。
鬼怒山をすぎると踏み跡が薄く、細くなった。しかし、迷いやすそうなところにはピンクテープがあるので心強い。栃木県の登山整備事業よって倒木が処理され歩きやすくなっていたが、それも小松湿原手前の一部だけ。栃木百名山の黒岩山周辺は倒木がひどく、距離が稼げないうえにペースを乱され続けた。だが、困難ゆえに歩いている実感だけが体に充満した。
花のシーズンが終わった晩夏の尾瀬は静かだった。4日目、見晴キャンプ場を6時に出発するも山の鼻まで出会った登山者はたった3名。標高差800mを登り、最後の頂、至仏山を踏んだ。4日間をかけて歩いてきた山々をここから見るために至仏山をゴールとした。
しかし、日光の山々は雲のなか。スタート地点の日光白根山を望む目的は叶わなかった。鳩待峠へ下りはじめると、ウエアやキャップに染み付いた日光の温泉の匂いが、4日間の記憶を掘り出し、歩いてきた山並みを雲のなかにイメージさせてくれるのだった。
定番ルートや山域の殻を破って、1本の線を自由に、長く繋げてみる。遊び心と好奇心をもって。ハイカーだからこそ実現できるインディペンデントな旅のカタチ。それがロングトレイルだ。
>>ルーとガイドはこちらから
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文◉森山伸也 Text by Shinya Moriyama
写真◉松井 進 Photo by Susumu Matsui
取材期間:2019年8月24日〜27日
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PROFILE
PEAKS 編集部
装備を揃え、知識を貪り、実体験し、自分を高める。山にハマる若者や、熟年層に注目のギアやウエアも取り上げ、山との出会いによろこびを感じてもらうためのメディア。
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