ワンデイでも大満足。上州赤城山
PEAKS 編集部
- 2020年03月02日
とにかく寒く、積雪でルートは不明瞭。クランポンなどで装備も重くなると、なにかとハードルが高い雪山登山。 しかし真っ白に雪化粧された山の美しさは、冬ならではだ。冬が深まるにつれ、その景色は低山でも楽しめる。 今回向かったのは、群馬県の赤城山。ループを描くコースには、縦走感もたっぷりだ。
僕が現在住んでいる東京からは、常磐道、東北道、関越道、中央道、東名道といった高速道路が放射状に延びている。このなかで、「山」という意味でもっとも重要なのは、日本アルプスや八ヶ岳につながる中央道。その次は、上越や尾瀬の山へのアプローチに使える関越道だ。
雪のある時期と考えると、日本海に向かう関越道の存在はさらに大きくなる。だが東京から関越道を走っていくと、群馬と新潟の県境にある谷川岳付近から先は、世界有数の豪雪地帯だ。ともすれば山中で深い雪を長時間ラッセルしなければならず、冬は晴れている日が少ないのが大きな問題だ。
僕は無理をしたくない。それに寒さに弱く、悪天候の薄暗さも苦手だ。だから雪が多い日本海側の山域へ行こうという気分には、じつはなかなかならない。楽しむ以上にツラさを感じるくらいなら、行く必要なんてないのだから。
そんなわけで、今回僕が選んだ目的地は、赤城山。関越道で東京から新潟方面に向かうと、前橋付近から右側に見える名峰だ。日本海の湿気で生まれる雪の多くは谷川岳付近で受け止められ、赤城山の降雪量はそれほど多くはない。晴天率も高く、週末はバスでもアプローチできる。雪山初心者にも適した山域なのであった。
ちなみに、前橋付近からは右手の赤城山に対応するかのように、左手には榛名山(はるなさん)がそびえている。こちらは赤城山よりも標高が低く、初心者にはよりおすすめだ。
ひさしぶりの赤城山は好天とはいえ、うっすらと雲がかかり、ほど良い陽射しだった。部分的に凍結した雪面にはクランポンが必要だが、サングラスを常に使っていなくても目が傷むほどではないのがありがたい。サングラスは紫外線を防いでくれるが、いわばカラーフィルター。できれば肉眼で実物どおりの色景色を見たいと思っている僕にとって、この気象条件はうれしい限りだ。
しかも無風で、気温は氷点下3℃ほど。黒檜山(くろびさん)登山口から登り始めると体感温度は想像以上に上がり、暑がりの僕はすぐにグローブを外してしまった。それでも歩き続けている限り、冷たさで指先がしびれる感じはまったくない。標高を上がり、眼下に大沼が見えてきた。この沼はオオヌマではなく、オノと呼ぶのがおもしろい。
それにしても、きれいに凍結したものだ。その上ではテントを張ってワカサギ釣りをしている人が見える。あちらも楽しそうだな……。ここ最近していないワカサギ釣りにも心惹かれてしまう。
赤城山はカルデラ湖である大沼を中心とする大きな山塊で、黒檜山から続く外輪山の駒ヶ岳に加え、溶岩ドームである地蔵岳などのいくつもの山があり、小こ沼のや覚かく満まん淵ぶちといった湖沼も含む複雑な地形だ。そして赤城山という名の山自体はなく、この一帯の最高峰が標高1828mの黒檜山というわけなのである。
僕は今回、その黒檜山に登ったあと、南側の駒ヶ岳へと向かい、ループ状のコースを歩く計画を立てた。縦走好きの僕は、日帰り登山といえども稜線歩きを加えたいと思ったのである。コースタイムの目安は、無雪期で4時間半程度。雪山は当日にならないと現地のコンディションを把握できないが、多少歩きにくい場所があったとしても、6〜7時間もあれば大丈夫なのではないかと考えていた。
山頂への登山道は尾根上についており、先行する登山者によって明確な踏み跡が残っていた。危険な場所はほとんどなく、すみやかに稜線の分岐点へ到達する。そこからはまずは山頂へ向かった。
黒檜山の山頂標は雪に埋もれかけていた。積雪のために視線が高くなっていることに加え、冬場は山頂周囲の木々の葉が落ちていて視界を遮るものがなく、展望は良好。寒い積雪期ならではの好条件だ。だが、ここからは北にある武ほ尊たか山やまなどはよく見えないのである。そこで山頂は早めに切り上げ、その先にある展望台へと歩いていく。あちらのほうがより視界が開けるはずなのだ。
展望台での眺めは期待どおり! あれは皇海山(すかいさん)か? だとすると、その奥が男体山や日光白根山だ。そこから左に展開していくと、尾瀬の燧ケ岳(ひうちがたけ)と至仏山、そして武尊山に谷川岳。
視線の方向を変えると浅間山や奥秩父の甲武信ケ岳や雲取山らしきものも見えている。そのほかにも北アルプス、南アルプス、八ヶ岳までが遠望できる。展望台ではないが、登山道の途中では「富士山が見える」という看板も見かけていた。
いやはや、すごい。関東平野の外れに独立して存在する赤城山は、第一級の展望台なのである。どの山からもある程度の距離があるとはいえ、「ひとつの場所から同時にいくつの日本百名山が見えるか」ということを全国で競ったときに、もしかしたら一番に輝くのは、この黒檜山かもしれない。
登山者でにぎわっていた展望台をあとにし、再び山頂を経由して黒檜大神へ。鳥居はかがまないと潜り抜けられないほど雪に埋まりつつあり、外側から手を合わせる。足跡から判断するに、山頂から大して離れていない場所なのに、ここまで来た人は少ないようだ。
そこから先、駒ヶ岳への縦走路からはますます踏み跡が減っていた。人によっては少し不安になるかもしれない状況だが、静かな山が好きな僕にはむしろ好ましい。天気は安定し、よほどのことがなければこのままスムーズに下山できるだろう。とはいえ、油断は禁物だ。まずはしっかりと腹ごしらえをしておこうと、僕は昼メシを食うことにした。
登山道の脇の雪の上を踏み固め、ひとり昼メシの会場とする。僕は分厚いダウンジャケットを羽織った。行動を止めた途端に急激に寒くなるのは、さすが冬の山だ。
早速、目の前の雪をクッカーに押し込んで火をつける。雪は次第にお湯になり、そこにインスタントラーメンを投入する。彩りは大量のチャーシューとキムチだ。ラーメンのスープから盛大に立ち上がる湯気が食い気をそそる。
できあがったしょうゆ味のラーメンを一気にかき込んだ。体の内側から暖まるとは、まさにこのこと。周囲には真っ白な山が並び立ち、最高のシチュエーションだ。数日かけた夏場の縦走であれば、僕は途中でわざわざメシを作ることはなく、行動食で済ませてしまう。悠長な計画では時間に余裕がなくなるからだ。
だが今回は日帰りで、日没にはまだまだ間がある。こんな余裕がある山行も楽しい。クッカーは持っていかなくても済まされる装備だが、こういうときに無駄を省きすぎてはつまらないではないか。
たっぷりと休んだあとに、改めて駒ヶ岳へ向かう。雪面は締まっていて、ブーツだけでも体はほとんど沈まない。バックパックに取り付けておいたワカンの出番はなく、もはやただの重りだ。結果的に不必要だった装備はほかにもある。緊急ビバークのためのツエルト、応急処置具をそろえたファーストエイドキットなどだ。これらは持っていかないわけにはいかないが、使わずに済ませられるのが一番。安全のためには多少重くなっても仕方ない。
黒檜山と駒ヶ岳のあいだの鞍部にいったん下り、もう少しだけ進むと駒ヶ岳の山頂がある。出発前に大沼の対岸から見た山の形のとおりに、鞍部から駒ヶ岳への登り返しはわずかなもの。途中で雪庇が発達し始めていたが、あっという間に山頂へと到達できた。
そういえば、保温ボトルに入れてきた熱い紅茶を飲んでいなかったなと、山頂ではミルクティーを味わう。僕が冬に多用しているのは、作るのが簡単な粉末タイプ。だがじつはコレ、自宅では甘すぎて飲んでいられない。ところが山中ではこの甘さがたまらない。
植村直己のような探検家も、厳寒の極地では溶かしきれないほどの砂糖を入れたお茶を飲んでいたようだ。それでも甘く感じなかったというが、同じことが自分の体に起きているのかもしれない。植村さんに比べれば低レベルではあるが、寒さに耐えるためにはやはり糖分が必要なのだろう。人間の体というものはじつに興味深い。
駒ヶ岳から先は、下る一方だ。次第に積雪量は減り、黒い地面が見えるとクランポンを外した。次第に大沼が近付き、本日のワンデイハイクは終わろうとしている。
今回は日帰りでも充実した山行になった。だが次は、ワカサギ釣りと組み合わせた1泊2日がいいかもしれないな。そんなことを考えながら、僕は自分のクルマが待っている駐車場に向かっていった。
- CATEGORY :
- BRAND :
- PEAKS
- CREDIT :
-
文◉高橋庄太郎 Text by Shotaro Takahashi
撮影◉矢島慎一 Photo by Shinichi Yajima
取材期間:2017年2月22日
SHARE
PROFILE
PEAKS 編集部
装備を揃え、知識を貪り、実体験し、自分を高める。山にハマる若者や、熟年層に注目のギアやウエアも取り上げ、山との出会いによろこびを感じてもらうためのメディア。
装備を揃え、知識を貪り、実体験し、自分を高める。山にハマる若者や、熟年層に注目のギアやウエアも取り上げ、山との出会いによろこびを感じてもらうためのメディア。