日本のロングトレイルの”いま”とこれから進むべき方向
PEAKS 編集部
- 2022年08月22日
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ここ数年、日本で続々生まれているロングトレイル。そのうち25団体が加盟しているのが日本ロングトレイル協会だ。その代表理事の中村さんに、日本のトレイルの〝いま〞とその課題、またこれから進むべき方向について話を聞いた。
国内のトレイル運営団体が多数加盟する、日本ロングトレイル協会に聞いてみた。
日本ロングトレイル協会・代表理事/中村 達(とおる)さん
協会代表理事のほか、安藤百福記念自然体験指導者養成センター長などを務める。カラコルムなど国内外の多くで登山を経験。著書に『アウトドアズがライフスタイルになる日』など。
協会では、どんな活動が行なわれているのか?
協会はロングトレイルの振興が目的です。そのために、シンポジウムやセミナーなどを開催しています。また、組織同士のゆるやかな情報交流とネットワークを作るのも目的です。
協会にいちばん新しく加入したのはみちのく潮風トレイルです。
ただ、加入しているといっても、トレイルによって温度差があります。トレイルができたからこれでいいや、というところもあるし、作った担当者は熱心だったけれど異動になってしまい、次の担当者が「トレイルのことはよくわからない」というところもあります。
それでも道がいったんできてしまえば、あとはメンテナンスをすればいいんです。いま協会はロングトレイルを作りたい人が集まっていて、それぞれが抱える問題を話し合ったりしています。加盟組織もたくさん集まってくると発言力も出てきますから。
加盟組織の悩み
参加している組織は、情報発信の仕方で困っているところが多いようです。自分たちのトレイルに対する思いをどうやって伝え、どうやってトレイルのファンを増やしていくのか。
実際にはみんないろいろ行動していて、人もたくさん来て歩いています。国東半島にしろ、霧ヶ峰・美ヶ原トレイルにしろ、外国人を含めたくさんの人が歩いています。協会の事務局がある安藤百福センターも60㎞くらいのトレイルがあり、地元の人たちなどが歩いています。
だから、人が来ないというよりも、多くの人があまり認識してないのではないでしょうか。安藤百福センターではトレイルを使って絵を描いたり写真を撮ったりするプログラムを開くと人気があります。来るのは、20代から30代の女性と30代40代の男性が多いですね。ロングトレイルは中高年の人が多いと思われがちですが、実際には若い人が多い。それに、若い人はウエアなどとてもファッショナブルです。
トレイルを作ると観光活性化を考えますが、たとえば、国道ができたとしてもそれだけではお金になりません。道ができて、店ができて、ガソリンスタンドなどができて初めてビジネスができます。
まずはトレイルを作ることで、自分たちのライフスタイルを確立することが先だと思います。
「ジャパントレイル」という壮大な構想も
今年の3月にシンポジウムがありました。鳥取県横断トレイルができたのを記念して、このトレイルを兵庫県と繋げられないか現在検討中です。そして兵庫県から京都府の大江山連峰トレイルに繋げ、その先の高島トレイルに繋げられます。
そこから福井県を抜けると、白山白川郷トレイルがあり、金沢トレイルを通って富山県に行けます。富山県では呉羽トレイルというのが計画中だと聞いています。
その先の塩の道トレイルを歩けば塩尻まで行けますが、外国人には北アルプスも歩いてほしいので、親不知から縦走路を歩いて槍ヶ岳、槍沢か穂高に行って、塩尻で塩の道と合流して美ヶ原トレイルに入ります。浅間山を登ったその先の妙高でもトレイルを整備しています。それから信越トレイル、ぐんま県境稜線トレイルを通って日光・尾瀬に行きます。
そこでまたふたつに分かれて、一方はみちのく潮風トレイル、もう一方は鳥海山などを通って、八甲田山で合流します。さらに岩木山を通って奥津軽トレイルへ。
西は大山から広島湾岸トレイルに入って、しまなみ海道を渡り石鎚山系ロングトレイル、海峡を越えて国東半島峯道トレイルに繋がり、九州の自然歩道から開聞岳まで歩けるコースです。
いまのところ、あくまで勉強会レベルの机上の構想ですが、未来に残せる遺産になればと思っています。ただ構造物を作るわけではなく、スマホ用にウェブの地図を作るだけなので、ラインを引くことはできると思っています。
日本らしさが伝わるトレイルにするには
いまはまだトレイルがバラバラですが、そのうちいつかはひとつに繋がると思います。ただ、それには100年くらいかかるんじゃないでしょうか。アメリカのアパラチアントレイルにしても、構想から実際に道ができて、さらにたくさんの人が歩くようになるまで長い時間がかかっています。
アパラチアントレイルの各パートは観光地で、たくさんの人がハイキングで訪れますが、トレイルをスルーハイクする人はごくわずかです。
全部通して歩くには半年かかるわけですから、日本人だったら会社を辞めるとか、あとは休みの取りやすい学生でもなければいっぺんには歩けません。
私たち日本人に向いたトレイルを言葉で表すとしたら「山旅」ではないかと思います。山旅と登山となにが違うかというと、登山はどちらかといえばストイックな行為で、たとえば食料にしてもできるだけ軽く、高カロリーで燃料も少なく、早く食べられるものにします。
つまり味は二の次なわけですが、山旅はその反対で、寝て、食べて、見て、歩く。峠から下りてきたら地元の美味しいものを食べてゆっくり温泉に浸かる。
観光化よりも、自分たちのライフスタイルを確立することが大切なんです。
翌日に山を越えて下山したらバスで家に帰って、次はその続きから歩き出す。そういう山旅で、食べて、見て知るということをいかに取り入れるかがポイントになります。
あと、ワールド・トレイルズ・ネットワーク(WTN)というジュネーブに本部のある団体があって、40の国と地域でネットワークを作っています。ブラジルやニカラグアやパナマ、アジアでは台湾、韓国、香港などいろいろな国が参加していて、地域ごとに合った形のトレイルを作っています。日本もこれから、そうした世界のトレンドをヒントに進んでいくでしょう。
トレイルを歩くことが子どもの教育に繋がる
日本では子どもたちにもっとトレイルを歩いてもらわないといけない。なぜかというと、トレイルを歩くといろいろなことを考える。
トレイルは考える空間で、子どもにとってそういう時間をもつことは大事なんです。また、道を歩くと空間の繋がりを感じることができます。山に登って下りて、その先も道は隣の町に続いて、さらに隣の県に続いてまた山に登っていく。
たとえば、海を渡れば北海道に続いて知床までこのトレイルは続いている。そういった空間的な広がりや繋がり、地理的な感覚を身につけるのにトレイルは最高のツールです。トレイルの教育的効果について触れる人はまだ少なくないですが、これから重要になってくると思うし、ただ歩いて楽しいというだけでは長続きしません。
最近では、信越トレイルなどで地元の小学生が歩くようになりました。ただ、そこだけだといまのところ80㎞ですが、延長して苗場山、妙高に繋がって、さらに塩の道、鳥取から四国を抜けて開聞岳、というような地理的感覚が子どもに身についたら、日本も変わってくると思います。トレイルの効果については観光とかインバウンドもあるけれど、やはり子どもへの教育効果も大きいと思います。
国内でのアウトドア関係の出荷市場は推定で2800億円、小売市場にすれば5000億円に上るそうです。そのなかでも「アウトドアライフスタイル市場」というものが注目されています。それだけではなくて、アウトドアのアクティビティに繋げていかないとこの先は厳しい。
ロングトレイルのインバウンドへの可能性
いま、来年の東京五輪のあとのインバウンドをどうするかが大きな課題になっています。一般登山での日本の山は期間限定で、富士山も9月初旬までしか登られません。
その点ロングトレイルは歩ける期間が長いし、日本の山と森の文化を伝えることが可能です。そういう意味では、インバウンドに対してロングトレイルの可能性はあると思います。
外国人が日本のトレイルを歩くと、日本人とは違うものを発見します。日本人とは感性が違うんでしょうね。日本でインバウンド専門の旅行会社を作った外国人がいて、日本のトレイルを歩くツアーを募集すると、海外客でいつも盛況と聞いています。知床とか中山道などを歩いたりしているようです。
そんなこともあって、ウェブサイトも英語で作ろうと思っています。明治時代にウイリアム・ゴーランドが日本に来て山に登り、「日本アルプス」と名付けています。彼の書いた本を日本人が読んで、日本アルプスという名前を逆輸入しました。そんなふうに日本人は外国人に言われて気付く、というところがあります。
海外の旅行者が歩くようになったら、日本のトレイルも風景が変わりますよ。
だから日本のロングトレイルも海外の人に評価されるようになったらおもしろいなと思いますね。日本人も歩くけれど、海外のバックパッカーなどが歩くようになったら、日本の風景も変わりますよ。
あとはうまくいくかどうかは、日本人のライフスタイルの問題だと思っています。自然のなかを歩いて旅をする、そういうスタイルが日本人のライフスタイルに入ってこないとうまくいきません。
イギリスのフットパスは22・5万㎞あります。経済効果は1兆3000億円です。なぜそれだけの効果があるかというと、やはり歩く人が多いんです。それは歩くことがイギリス人のライフスタイルとして根付いているから。たとえば日本人だと、山でもトレイルでもがんばって歩きます。
イギリス人の場合は、昼から時間ができたから家の前をちょっと歩こうかと、紅茶とビスケットを持って3時間くらい出かけるそうです。それで隣の村でのんびりしてバスで帰る。
そういうライフスタイルを日本人がもてるかどうか。
個人的にロングトレイルは、肩肘張らずに歩いてほしい。ライフスタイルの一部になることが大切なので、「〇〇しなくてはいけない」ということではなくて、気楽に楽しんでほしい。いまアウトドアライフスタイル市場というものが生まれきたのも、これからの変化の兆しなのかもしれません。
たとえばハードシェルを着れば、足元がスニーカーでもなんとなくアウトドアの気分になってくる。それで「今度は丹沢にでも行ってみようか」という気持ちになってくれればいいんです。
トレイルを普及させる運動は、5年や10年ではできません。50年、100年かかります。だからトレイルへの思いをどう次の世代に伝えていくか、それがこれからずっと続く課題です。その間に新しく生まれてくるトレイルもあれば、消えていくトレイルもあるでしょう。
でもあまり形にこだわらず、ある意味気楽に続けていったらいいのではないかと思います。
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文◉堀内一秀 Text by Kazuhide Horiuchi
写真◉神谷 渚 Photo by Nagisa Kamiya
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PROFILE
PEAKS 編集部
装備を揃え、知識を貪り、実体験し、自分を高める。山にハマる若者や、熟年層に注目のギアやウエアも取り上げ、山との出会いによろこびを感じてもらうためのメディア。
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