飯豊連峰天幕縦走55時間 後編|ヒトよりもクマの密が気になる東北の山塊
PEAKS 編集部
- 2021年07月16日
コロナ禍に揺れた2020年夏の飯豊連峰ドキュメント後編。密を避けて、30km3日間のテント泊縦走へ。登山者同士のコミュニケーションにまで変化が訪れていることに少なからずショックを受けた1日目。そして2日目、飯豊の自然の中で感じたこととは? withコロナ登山デビュー戦を記録した。
>>>2020年梅雨の合間の飯豊連峰縦走旅ルポの前編はこちら
文◉森山伸也 Text by Shinya Moriyama
写真◉大森千歳 Photo by Chitose Omori
取材期間◉2020年7月19日~21日
出典◉PEAKS 2020年9月号 No.130
やっぱりニンゲンには、手つかずの自然と密接に触れ合う時間が必要なのだ。
日の出とともに4時起床。雲海の上で幾重にも重なる峰々が、飯豊の山深さを教えてくれた。刻々と赤く染まっていく大日岳を見ながら親友が手作りするトレイルフード「ザ・スモール・ツイスト」を温めて食べる。人生を振り返るタイミングは、こうしてひとり幸せなときにやってくる。山をやっていなければ、新潟へUターンすることもなかっただろうし、いまごろ東京のマンションでテレビでも見ながら体力を持て余し、燻っていたかもしれない。心底、山をやっていてよかったと思えた朝だった。コロナは山登りのよさをあらためて教えてくれたのだ。
6時前に歩き始め、梅花皮(かいらぎ)岳を南に回り込んだときだった。登山道から300mほど下の草っ原に黒い点が……動いているではないか。ツキノワグマが草を食みながら、稜線へじわじわと登ってきている。口笛を吹きながらスーッとその場をあとにした。
その後、御西岳までの稜線上で3つのツキノワグマの糞を跨いだ。出会う人よりも多い。コロナ禍で登山者が少ないためか? それとも若葉を狙って高度を上げはじめただけなのか? 下界でのほほんと暮らす人間に知る由もない。
糞を見かけた烏帽子岳から御西小屋までの稜線が、飯豊連峰の枢要だと勝手に思っている。もっとも山深いため人が圧倒的に少なく、たおやかな女性らしい山容でずんずん歩けて、飯豊山と大日岳が見渡せる絶景山道である。
飯豊主稜線と大日岳登山道の分岐にある御西小屋は、融雪の水場こそあるものの、管理人不在で静まり返っていた。水を汲み、飯豊山を目指す。池塘が大日岳を写し、チングルマとニッコウキスゲが足元で笑う。ここ草月平は、飯豊山と大日岳を間近に望み、高山植物と大雪渓が自然美を織りなす飯豊を象徴する場所である。
今回で5回目の飯豊山登頂になるが、360度の大展望を視界にとらえたのは初めてだった。
クサリのついた岩稜帯を歩き、今日の野営地である切合小屋についたのは、14時。歩いて3分ほどの雪渓から雪を持ってきて、ビールを冷やし、ソックスを乾かすなどして時間を持て余した。
切合小屋の管理人は、いかにも山男というガタイのいいおっさんなのだが、外で作業するときも白いマスクを着用していた。福島県からの指導なのだろう。なんともいたたまれない気持ちになった。
小屋の前でツアー客が準備する物音で目覚めた。ヤマテンによれば、今日は午後から天気が崩れる予報だ。朝日を待たずして薄暗いうちからガイドツアーが飯豊山を目指して出発する。
小屋番にあいさつをして、大日杉小屋へ下山する。昨晩ビールを冷やした雪渓は、迷ったすえに上から巻いた。これまで見たこともないダケカンバの美しいトンネルに心震わせながら、標高をじわりじわりと下げていく。沢の轟が大きくなるたびに窮屈な世の中が現実味を帯び、憂鬱になってきた。
送迎に来たタクシーの運転手さんの発した第一声に、本気で踵を返したくなった。
「マスクありますか?」
*
いまこの記事を書いている7月31日現在、登山へ行こうと呼びかけることが、正しいことなのか正直わからない。ただこれだけは、はっきりと言える。僕らは登山からなにを学んだだろう? それは、自然のなかでリスク管理しながら山を歩き、生きていく術だ。雷の危険があるなら朝出で午前中に行動したり、風が強ければ稜線を避けて歩き、落石の危険がない場所にテントを張る。こういった判断力だ。アンテナを広く張ってあらゆる情報を集めて、把握し、リスクを炙り出して、行動に移す。コロナウイルスの出現によってそれがいま、下界の日常でも試されている。わが国の頼りない為政者たちの言葉に振り回されることなく、自分で判断して家族の命を守るために動く必要がある。ひとりで衣食住を背負い山に登ったことがある人なら、それができる。
「なにも騒ぐことはないよ。山でも下でも同じことをやるだけさ」
飯豊の山は、ひとりで黙々と歩くおれにそんなことを語りかけてくるのだった。
>>>今回のルートガイドはこちらから
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文◉森山伸也 Text by Shinya Moriyama
写真◉大森千歳 Photo by Chitose Omori
取材期間:2020 年7月19日~ 21日
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PROFILE
PEAKS 編集部
装備を揃え、知識を貪り、実体験し、自分を高める。山にハマる若者や、熟年層に注目のギアやウエアも取り上げ、山との出会いによろこびを感じてもらうためのメディア。
装備を揃え、知識を貪り、実体験し、自分を高める。山にハマる若者や、熟年層に注目のギアやウエアも取り上げ、山との出会いによろこびを感じてもらうためのメディア。