BRAND

  • FUNQ
  • ランドネ
  • PEAKS
  • フィールドライフ
  • SALT WORLD
  • EVEN
  • Bicycle Club
  • RUNNING style
  • NALU
  • BLADES(ブレード)
  • flick!
  • じゆけんTV
  • 湘南スタイルmagazine
  • ハワイスタイル
  • buono
  • eBikeLife
  • Kyoto in Tokyo

アレックス・オノルド 【山岳スーパースター列伝】#27

文◉森山憲一 Text by Kenichi Moriyama
イラスト◉綿谷 寛 Illustration by Hiroshi Watatani
出典◉PEAKS 2017年8月号 No.93

 

山登りの歴史を形作ってきた人物を紹介するこのコーナー。
今回は、ロッククライミングの世界でひとつの究極を実現した男を紹介しよう。

 

2017年6月3日、アメリカ・ヨセミテ渓谷にある有名な大岩壁「エルキャピタン」が、世界で初めて ”ボルダリング” で登られた。といっても、エルキャピタンの高さは約1,000m。世界最大の一枚岩などともいわれ、ほぼ垂直の壁が高さ1kmにわたって続く、超巨大な ”ボルダー(石ころ)” である。しかもノーマットスタイル(マットはあっても意味がないから使っていないだけであるが)。

登った人物の名はアレックス・オノルド。

「ボルダリングで登った」などと書いたが、エルキャピタンはもちろんボルダリングの対象となるような場所ではない。ほとんどの人はロープとクライミングギアを使って、ボルトやハーケンにハシゴをかけて手がかり足がかりとしながら、3日ほどかけてじわじわ登っていくのが普通である。

ところがオノルドは、チョークバッグひとつ持って早朝にひとりで登り始め、午前9時半には岩の上に立っていた。途中にあるボルトなどの設置物はもちろん、命綱となるロープも一切使っていない。こういうクライミングは「フリーソロ」と呼ばれるが、本質的にはボルダリングと同じことである。高さが普通のボルダリングの300倍くらいあるけれど。

かかった時間は3時間56分。あなたは標高差1,000mの登山道を登るのにどれくらい時間がかかるだろうか。一般的には、3~4時間が普通だと思う。オノルドがエルキャピタンを登るのに要した時間はそれとほぼ変わらない。歩くようにスムーズに登っていってしまった姿が想像できる。

これは世界のクライミング史・冒険史に確実に残る驚異的なパフォーマンスで、直後から、多くのメディアの報道が相次いだ。それは無理もない。

エルキャピタンの歴史はロッククライミングの歴史そのものといえ、ここを登るために考案された技術や道具は、そのまま世界のクライミングのスタンダードとなってきた。黎明期はウインチやワイヤー梯子まで使われ、時代を経るにつれてそれは徐々に洗練されて、必要な道具はより少なく、より軽くなっていった。

そしてついに、オノルドの格好は、普通のボルダラーとなんら変わらないほどになった(マットを持っていないぶん、ボルダラーより身軽だ)。ほぼすべての道具を必要とせず、使ったのはクライミングシューズとチョークバッグだけ。長いロッククライミングの歴史のなかで、多くのクライマーが思い描いてきた究極の理想型がついに実現したといえるのだ。

とはいえ。

垂直の岩壁をフリーソロするということは、ミスすれば死ぬということである。自分のミスだけではなく、つかんだ岩が欠けたり、落石に当たったりしてもアウトだ。途中で豪雨に襲われたりしても、かなりな窮地に陥る。リスクがあまりにも高すぎるため、これを追求しようとしたクライマーはごくわずかで、その少ないクライマーのなかでの少なくない数が、実際に事故で亡くなったりもしている。いかに理想型といえど、やりすぎだとして、クライミング界のなかでさえ賛否が分かれているほどだ。

なぜこんなに危険なことをあえてするのか、という当然の疑問も湧く。おそらくそれは、登山でいうソロの感覚に近いのではないかと想像はできる。完全に自由なペースで動け、山から受ける刺激も最大限になるあの特別な感覚。ミスをしたら終わりだという状況が、ふだん出せない極限の集中力を生んでくれるという面もあるだろう。指先や足先までニューロンがフル稼働するような、しびれるようなあの感覚だ。

が、完全に腹に落ちて理解はできない。それは私のクライミングレベルが低いからなのかとも思ったが、世界的なトップクライマーでも、わかる人とわからない人に分かれるようだ。フリーソロをできるかできないかというのは、クライミングスキルとはあまり関係がない話であるらしい。

それでもオノルドが賞賛されるのは、彼のやっていることがクライミングの理想の形であるからだ。多くの人はできないし、やろうとも思わず、これを追求した先になにか素晴らしい未来が待っているとも思えないけれど、これが究極的な理想型であることだけはわかる。その人類の限界をまたひとつ広げたオノルドには、心のどこかでやはり憧れを覚えてしまうのである。

 

アレックス・オノルド
Alex Honnold
1985年、アメリカ・カリフォルニア州生まれのロッククライマー。フリーソロなどリスクの高いクライミングにおいて圧倒的な実績をもつ。2014年には南米パタゴニアで「フィッツトラバース」を初登攀し、アルパインクライミングの賞「ピオレドール」も受賞。アフリカやボルネオ、南極など辺境の地でのクライミングにも積極的に出かけている。
http://www.alexhonnold.com

SHARE

PROFILE

森山憲一

PEAKS / 山岳ライター

森山憲一

『山と溪谷』『ROCK & SNOW』『PEAKS』編集部を経て、現在はフリーランスのライター。高尾山からエベレストまで全般に詳しいが、とくに好きなジャンルはクライミングや冒険系。個人ブログ https://www.moriyamakenichi.com

森山憲一の記事一覧

『山と溪谷』『ROCK & SNOW』『PEAKS』編集部を経て、現在はフリーランスのライター。高尾山からエベレストまで全般に詳しいが、とくに好きなジャンルはクライミングや冒険系。個人ブログ https://www.moriyamakenichi.com

森山憲一の記事一覧

No more pages to load