BRAND

  • FUNQ
  • ランドネ
  • PEAKS
  • フィールドライフ
  • SALT WORLD
  • EVEN
  • Bicycle Club
  • RUNNING style
  • FUNQ NALU
  • BLADES(ブレード)
  • flick!
  • じゆけんTV
  • buono
  • eBikeLife
  • Kyoto in Tokyo

STORE

MEMBER

  • EVEN BOX
  • PEAKS BOX
  • Mt.ランドネ

岩瀬幹生 【山岳スーパースター列伝】#31

文◉森山憲一 Text by Kenichi Moriyama
イラスト◉綿谷 寛 Illustration by Hiroshi Watatani
出典◉PEAKS 2014年9月号 No.58

 

山登りの歴史を形作ってきた人物を紹介するこのコーナー。
世界一過酷な山岳レースを作り出した、愛知県のひとりの山好きを紹介しよう。

 

岩瀬幹生 

あなたはこの記事をいつ読んでいるだろうか。8月14日以前であればまだ間に合う。「TJAR」と検索して、出てきたサイトを見てほしい。2022年8月14日まで、世界で最も過酷な山岳レースが行なわれているのだ。

そのレースの名は「トランス・ジャパン・アルプス・レース」という。

富山県の日本海海岸から北アルプス、中央アルプス、南アルプスを通って、静岡県の太平洋海岸までの約420㎞を踏破するというものだ。制限時間は8日間。より正確にいうと192時間。つまりノンストップ。ちなみに言っておくと、このコースを普通の登山のコースタイムで歩いたとすると、26日間かかる計算になる。

2012年にNHKが取材して番組になって以来、いまでは知っている人も多いかと思う。「世界一過酷な山岳レース」というのはオーバーな表現ではない。過酷すぎるためオープンな形での開催はできず、出場したい人は、1年かけて参加資格テストにパスしなくてはならない。過酷すぎるためレースの規模を大きくすることもできず、出走者は30人に限定されている。過酷すぎるため商業ベースにもならない。

今回ご紹介したいのは、このレースの創始者である。いったいどんな屈強なトレイルランナーなのかと思いきや、その実態は、愛知県に住む小柄な山好きのおじさんなのであった。

 

かつて私は『山と溪谷』誌の編集部に在籍していた。そのころ、1年に1回くらい、すさまじい記録を投稿してくる人がいた。初めて見たのは「甲斐駒ヶ岳~光岳ワンデイ」という記録だったと思う。さらっと書いたが、南アルプス全山である。コースタイムの合計は約50時間。普通に歩けば1週間の行程だ。それをワンデイだと!?  

その人の名は岩瀬幹生といった。そのころすでに40代前半。さらにすごいのは、冬期にもこれをやっているところだ。「冬期南アルプス全山5泊6日」という記録もある。私は体力全盛期の20代に冬の南アルプスの半分を縦走したことがあるが、10泊11日かかった。その4倍のスピードということ……!?

いったい何者なのだ、このおじさんは。 私は次第に、岩瀬幹生の名で届く記録文を楽しみにするようになった。岩瀬の文章は、内容のすさまじさとは裏腹に理系技術者のような几帳面さがあり、行動記録は分単位、装備についても1グラム単位で記述してある。そこにはクソ真面目を通り越した妙なおかしみもあり、私はそのファンになったのである。

これらの記録と並行して、岩瀬は日本海~太平洋の縦走にも取り組んでいた。北アルプスや南アルプスの山岳地域をつないで日本海から太平洋まで歩き通すというのは、山好きなら一度は夢見る企画ではないだろうか。

岩瀬もひとりの山好きとして同じ思いを抱いた。しかし実行するには1カ月ほどの時間がかかる。普通の勤め人である岩瀬にそんな長期休暇はとれない。そこで岩瀬は逆転の発想をする。

「ならば夏休みの間に歩ききろう」

すさまじい記録の数々は、これの実現のためのトレーニングでもあったのだ。

何度かのチャレンジの末、7日10時間で日本海~太平洋を達成したのち、岩瀬はこれをレース形式で開催することを思い立つ。これが、2002年に初めて行なわれたトランス・ジャパン・アルプス・レースの始まりである。

 

その岩瀬もすでに60代。さすがにもうレースには出ていない。しかし現在の主催者は、岩瀬が始めたこのレースのコンセプトを大切に守っている。

すなわち、これはレース形式ではあるが勝負ではない。日本海から太平洋という壮大なコースを、人間はいったいどれくらい速く歩き通せるものなのか知りたい。レースにするのは、仲間とともに行なうことで、能力を限界まで引き出すため。真のねらいは可能性への挑戦であり、かぎりない達成感なのだ――。

岩瀬のその思いは、いまもそのまま受け継がれている。8月14日までの間にぜひ一度、レースのサイトをのぞいてみてほしい。本当に山が好きな人たちの、純粋すぎる思いを感じることができると思う。

 

岩瀬幹生
Iwase Mikio
1955年、愛知県生まれ。大学ワンダーフォーゲル部で登山を始め、卒業後は山岳会に入会してヒマラヤ登山なども行なう。国体の山岳競技に関わったことでスピード縦走にも関心をもち、北アルプスや南アルプスで数々のスピード記録を樹立。2002年に有志4人とトランス・ジャパン・アルプス・レースを開始。第1会大会の優勝者でもある。
https://tjar.jp

SHARE

PROFILE

森山憲一

PEAKS / 山岳ライター

森山憲一

『山と溪谷』『ROCK & SNOW』『PEAKS』編集部を経て、現在はフリーランスのライター。高尾山からエベレストまで全般に詳しいが、とくに好きなジャンルはクライミングや冒険系。個人ブログ https://www.moriyamakenichi.com

森山憲一の記事一覧

『山と溪谷』『ROCK & SNOW』『PEAKS』編集部を経て、現在はフリーランスのライター。高尾山からエベレストまで全般に詳しいが、とくに好きなジャンルはクライミングや冒険系。個人ブログ https://www.moriyamakenichi.com

森山憲一の記事一覧

No more pages to load