<日本登山史上最強集団を率いた男> 小西政継 【山岳スーパースター列伝】#57
森山憲一
- 2023年04月30日
文◉森山憲一 Text by Kenichi Moriyama
イラスト◉綿谷 寛 Illustration by Hiroshi Watatani
出典◉PEAKS 2016年7月号 No.80
山登りの歴史を形作ってきた人物を紹介するこのコーナー。
1960年代から80年代にかけて、日本の先鋭登山を世界のレベルに引き上げた立役者を紹介しよう。
小西政継
その昔、「鉄の集団」と呼ばれた屈強きわまる山岳会があった。その名を山学同志会という。
よく間違えられているのだが、「山岳」ではなく「山学」である。「山を学ぶ同志の会」という意味で、それだけ聞くとおだやかな人たちを想像する。ところがその実態は、日本の登山史上最強と謳われた猛者たちの集まりであった。
この会には正会員・準会員という制度があった。準会員は定められた登山実績を積まないと正会員にはなれない。要するに一軍二軍制である。会員でない人とはロープを組んではならないという掟もあった。全盛期には毎年のように死人が出ていたが、会は勢いを弱めることなく、着実に困難な岩壁を落としていく。それはまさに鉄の集団という名がふさわしかった。
猛者たちの名は、遠藤二郎、今野和義、川村晴一、坂下直枝、鈴木昇己、和田昌平、木本哲、保科雅則などなど。ここ20年ほどは会の名を聞くことはほとんどなく、現在は休眠状態にあるらしいが、私が山登りを始めた1980年代末には、木本や保科など、まだ何人か精力的に活動している人たちもいた。
山学同志会の人たちには一種共通した雰囲気があった。とにかく登れることはまず前提。それだけでなく、みながストイックなオーラを全身にまとっていた。「ドーシカイ」というだけで、畏れの対象であったのだ。
今回の主役は、その鉄の集団を作り上げた男であり、山学同志会の代名詞、小西政継である。
1938年生まれの小西が登山を始めたのは16歳のころ。創立間もなかった山学同志会に入会し、メキメキと頭角を現していく。山学同志会は先鋭的な登山を志向する会だったものの、このころは目立つ存在ではなかった。小西が会の主導権をとるようになってから、山学同志会は先鋭度を高めていき、他とは違う存在感を示すようになっていく。
小西が特異だったのは、早くから海外に目を向けていたこと。1950年代から60年代といえば、谷川岳をはじめとする国内の岩壁の初登競争が盛んだったころで、力あるクライマーたちの関心はそこにあった。
そんななか小西はひとり洋書を取り寄せて研究し、会の後輩たちに日がな「世界水準の登山とはなにか」ということを説教していたという。日本のトップは眼中になく、世界を目指そうとする小西のこういう姿勢が、山学同志会の独特なムードを形成した源流となっている。
それは結果としても表れる。1970年代から80年代にかけて行なわれた、ジャヌー北壁やカンチェンジュンガ北壁、K2北稜の初登攀などは、当時の世界をリードする大登攀で、困難度において頭抜けたものであった。
こうして小西は日本の登山界に輝かしい足跡を残したが、自身はあまり山頂に立てていない。目立つところではグランドジョラス北壁とジャヌーくらいだ。クライミングの実力としては、会の後輩のほうがはるかに優れていたようである。だが小西は、そうした猛者をまとめ上げるオーガナイザーとしての才能が飛び抜けていた。
現役時代にあまり山頂に立てなかったことが心残りだったのか、小西は55歳を超えてから再び高峰登山に通うようになる。だが、3座目の8,000m峰登頂をねらったマナスルで行方不明となってしまう。
その後、山学同志会自体もフェイドアウトしてしまい、現在ではなくなってしまったに等しい。だがそのメンバーたちは、山岳ガイドや登山用具輸入業者として登山界各地に散り、「小西イズム」を体現した活躍をしている。鉄の集団は、そうした伏流としていまでも登山界に流れ続けているのである。
小西政継
Konishi Masatsugu
1938年~1996年。東京都出身の登山家。18歳のときに山学同志会に入会し、先鋭的登山を志す。谷川岳一ノ倉沢北稜冬期初登など国内での活躍の後、早くから海外の難峰にターゲットを定め、グランドジョラス北壁冬期第3登、ジャヌー北壁初登攀などの実績を残す。文章も達者で、『マッターホルン北壁』『北壁の七人』など多くの著書を残している。
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PROFILE
PEAKS / 山岳ライター
森山憲一
『山と溪谷』『ROCK & SNOW』『PEAKS』編集部を経て、現在はフリーランスのライター。高尾山からエベレストまで全般に詳しいが、とくに好きなジャンルはクライミングや冒険系。個人ブログ https://www.moriyamakenichi.com
『山と溪谷』『ROCK & SNOW』『PEAKS』編集部を経て、現在はフリーランスのライター。高尾山からエベレストまで全般に詳しいが、とくに好きなジャンルはクライミングや冒険系。個人ブログ https://www.moriyamakenichi.com