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月下鳴争 |旬のライチョウと雷鳥写真家の小噺 #5

ときは繁殖期。見た目温厚なライチョウたちも、生命を紡ぐためにその生命を熱くたぎらせるときはある。日々繰り広げられる光景は、それを愛する者にとってはいずれも眩しいものである。しかし「撮れなかったことは無かったこと」。見たことはあっても、知ってはいても、写真に収めることができなければ絵空事といっしょである。思い描いた「そのとき」に遭遇したとき、いかにしてその一瞬を捉えたか。今回のエピソードはそんな1枚にまつわる話である。

編集◉PEAKS編集部
文・写真◉高橋広平

「月下鳴争」

アイゼンとピッケルを駆使して氷雪の断崖に取り付く。現在地は高さおよそ10m、傾斜は45度以上。実際にそこに立てば分かるのだが、垂直ではないものの登山においてこの角度はまさに崖である。ライチョウの痕跡を探りに取り付いたわけだが、見下ろせばそのような状況なので足取りは基本的に三点支持。注意深く歩を進める。

そんな登るのも下りるのもひと苦労な場所にいるときにそれははじまった。

この断崖を下りた100mほど先の別の断崖の縁でオス同士が鳴き合いをはじめたのである……。しかもその頭上にはキレイな月が輝いている。なんてこった。私の頭の中には、おびただしい数の理想の構図がストックされている。その理想の瞬間を探して見つけ次第シャッターを切る、というのが基本的なスタイルだ。もちろん相手は生きもので向こうの都合もあるわけで、そうそう思いどおりになるものではないが、そこは世界でただひとりのライチョウ専門のプロ写真家の腕の見せどころというものである。人間を題材にした作品でもあると思うが、月夜の決闘などというシチュエーションは普通に……、いや非常に格好良い。当然、頭の中のストックリストにも登録されている。

私のなかでも垂涎の構図であるが大きな障害がある。そう、このおよそ10mの断崖である。正直、安全を考慮して三点支持を保ちつつ下りていたのではとうてい間に合わない。下りても100mという地味に長い距離が立ちはだかる。かなり切羽詰まった状況ではあるが、やらなければ撮れない。あとはどうやったらやれるかである。

自分の装備を確認する。アイゼン、ピッケル、アタックザック、最後にもっとも大事なカメラ。すぐさま背からザックをおろしピッケルとともに進行方向へ放り投げる。ザックの中には水と行動食しか入っていないので問題ない。

断崖とは言ってもある程度の角度が付いている斜面。カメラを胸に抱え、腹をくくり、「着弾点」を確認し、斜面を蹴った。よくアクション映画でガラスを突き破って飛んでくるアレを想像していただければ良いかと思う。あえて表現するなら「自主滑落」というのが適当かもしれない。

本人のなかではほどよく着弾。すぐに起き上がり、カメラと体に故障がないか確かめつつ先回りしていたザックとピッケルを拾い上げ、いざ決闘の場へ。高山帯で雪上を全力疾走するというのは非常につらい。心の臓や肺が爆発しそうになる。努力の甲斐もあり、男たちの戦いはこれからクライマックスというところだ。乱れる息と胸を内側から叩きつける鼓動に気を失いそうになるが、さらに息を止めてファインダーの狙いを定める。

今回の1枚は「月下鳴争」。

鳴き合う男たち、そそり立つ氷雪の断崖、頭上に輝く月を捉えた。先般の「月下に集う」もそうだが、私は月の夜に大変な目に遭うことが多いようだ。そのぶん、素敵な目にも遭っていると思うので多少の無理は厭わないのだ。

今週のアザーカット

今回の写真を私なりにイラストにしてみた。詰まるところ、私の脳内ではこういうディフォルメが成されているということである。

 

▶過去の「旬のライチョウと雷鳥写真家の小噺」一覧はこちら

 


 

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PROFILE

高橋広平

PEAKS / 雷鳥写真家・ライチョウ総合作家

高橋広平

1977年北海道生まれ。随一にして唯一のライチョウ専門の写真家。厳冬期を含め通年でライチョウの生態を紐解き続けている。各地での写真展開催をはじめ様々な方法を用いて保護・普及啓発を進めている。現在「長野県内全小中学校への写真集“雷鳥“贈呈計画」を推進中。
Instagram : sundays_photo

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1977年北海道生まれ。随一にして唯一のライチョウ専門の写真家。厳冬期を含め通年でライチョウの生態を紐解き続けている。各地での写真展開催をはじめ様々な方法を用いて保護・普及啓発を進めている。現在「長野県内全小中学校への写真集“雷鳥“贈呈計画」を推進中。
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