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聖母抱光 |旬のライチョウと雷鳥写真家の小噺 #7

よく私はライチョウのことを擬人化して考える。じつはこれは研究者としては珍しいことらしく、研究者という人たちの多くは大学や研究機関に属しロジカルなデータをもとに生態を解き明かすことが常である。そういうサラブレッドな面々と違い、私は生の生態を観察しながら独学で知識を深めた野良育ちである。誰かに教わったことがないということが、逆に彼らを理解するための手段や発想を自由にしていると自分なりに理解している。
そういう前提もあって私はその都度出会ったライチョウたちに仮の名を付けたりして、その懐に滑り込んでいくのであった。

編集◉PEAKS編集部
文・写真◉高橋広平

「聖母抱光」

おおよそ初夏の終わりに「そのとき」は訪れる。そのときに合わせるように彼女たちはそれぞれに準備をし、大事に大切にそれを産み、そして温める。

それは彼女たちから一日置きに産み落とされる。ハイマツの茂みの秘密の場所、少し沈んだくぼみの中に簡素な巣をあつらえておおよそ5〜7つほど産み揃える。温め始めるまでスイッチは入らないようだが、いざ温め始めると内部的なカウントダウンが始動し、その後3週間は無休厳戒態勢となる。

それを守り、温めるために1日のすべてを費やす。例外的に自身の食事のために朝夕、たまにお昼も挟むがその都度2〜30分ほど巣を離れる。食事の際は縄張りを見張っていた彼女の連れ合いが身辺警護のためにそばに寄り添う。あくまで護衛が主な目的であるが、夫婦の貴重な時間ともいえるだろう。一刻も早く巣に戻るために猛烈な勢いで採食する彼女を見守る連れ合いの眼差しは、周囲を警戒しているときとは違い暖かなものに感じる。

調査研究をする関係者が彼女たちの巣を特定する際は人海戦術を用いる。朝夕の採食に出てきた彼女たちを捕捉し、あちこちに配置した人員を用いて巣に戻るのを追跡するという手法である。対して私はというと、それを独りで決行するわけであるが、彼女たちとの蜜月の刻をすごすためには困難がつきものである。毎度のことであるが甘んじて火中の栗を拾いにいくのである。

正直、温め開始の日がわかるわけではないので「そのとき」を経験と勘から予測して調査、撮影に向かう。この年も彼女の秘密の場所をみつけることができた。彼女がそれを守る巣に近づくには極めて細やかな配慮を必要とする。彼女を驚かせたり万が一圧力をかけると大切なそれを放棄してしまう可能性があるからだ。

どのように接するかを例えていうならば、宙に浮かぶシャボン玉を割らずに素手で手に取るくらいの細やかな心遣いを要求される。そのようなことを実行しつつ、且つ日に数回のペースでそれに変化がないか確認をしにいく。

その日はまだ暗いうちから様子を見に行った。
薄暗く目立たないハイマツの奥にたたずむ彼女に昇る朝陽が差し込む。
朝露に濡れた葉や草木に反射して虹色の光があたりを包む。

今回の一枚は【聖母抱光】。
ライチョウの未来を担う光ともいうべき卵たちを温め守る母鳥と、その彼女を照らす光のひとときを切り取った1枚である。

今週のアザーカット

たまにどんな撮影機材を使用しているか聞かれることがあるのでちょっと紹介。以前パナソニックの機材レビューをしたことがあるので同社製の機材を使用しているようなイメージがついて回っているが、活動初期から一貫して基本装備はペンタックスの機材である。現在リコーの傘下に入ってカメラブランドとして位置しているが、質実剛健且つこのミラーレス時代にレフ機を貫いているガチガチの矜恃を纏ったカメラメーカーである。

▶過去の「旬のライチョウと雷鳥写真家の小噺」一覧はこちら

 


 

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PROFILE

高橋広平

PEAKS / 雷鳥写真家・ライチョウ総合作家

高橋広平

1977年北海道生まれ。随一にして唯一のライチョウ専門の写真家。厳冬期を含め通年でライチョウの生態を紐解き続けている。各地での写真展開催をはじめ様々な方法を用いて保護・普及啓発を進めている。現在「長野県内全小中学校への写真集“雷鳥“贈呈計画」を推進中。
Instagram : sundays_photo

高橋広平の記事一覧

1977年北海道生まれ。随一にして唯一のライチョウ専門の写真家。厳冬期を含め通年でライチョウの生態を紐解き続けている。各地での写真展開催をはじめ様々な方法を用いて保護・普及啓発を進めている。現在「長野県内全小中学校への写真集“雷鳥“贈呈計画」を推進中。
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