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うえの子としたの子 |旬のライチョウと雷鳥写真家の小噺 #8

人それぞれ、いわゆる特技というものがあると思う。自身以外の人からすると、なぜそのようなことが可能なのか不思議でしょうがない特技を有している人もなかにはいるであろう。
私も生育歴で得た経験と技術から組み合わせた、半ばオカルトじみた特技を有している。具体的には「相手(主にライチョウ)に認識されつつ自身の気配を消す」というものであるが、これをフル活用して愛しのライチョウへとアプローチを続けている。今回はその特技の成果を紹介したいと思う。

編集◉PEAKS編集部
文・写真◉高橋広平

「うえの子としたの子」

先般、ライチョウの抱卵巣を見つけたあと、その様子を見守っていた旨を書き綴ったわけだが、今回はその続きの話となる。産み揃えられた宝玉ないし光ともいえる卵たちは母親の懐にて守り温められ、およそ3週間後にその殻を割って世にいずることになる。抱卵開始日を特定することは困難なため、生息環境の様子からおおよその孵化日を予測する。持てる能力を総動員してまずはその巣を特定する。

抱卵中の極めて神経質な母親と独自のコミュニケーションを試み、彼女に負担をかけることなくその直ぐ横に腰をおろす。どのくらい直ぐ横というと、腰をおろした状態で腕を伸ばして相手を撫でられる距離である。もちろん触れることは諸々の理由からないのだが、良い機会なので触れてはならない理由をお話しする。

まずライチョウは無菌状態に近い環境で生きているため病気に極めて弱い。人間の生活帯においてありふれて存在するおよそ無害とも思える細菌ですら、彼らには命を脅かすレベルの脅威となる。故に仮に触れずとも彼らの生息域で残飯を残すなどを代表とする蛮行はライチョウ倫理において大罪となる。

人間に対して寛容な彼らではあるが、これひとつ見ても彼らは非常にデリケートな生きものである。自身が相当特殊なことをしているのでどの口が言うではあるのだが、彼らとの交流はそれだけ気を使わなければならないということを周知していきたい。

さて、話は戻るが、卵を温める彼女を見守ること数日「予定日」にそれは起こった。

巣にうずくまる母親が微妙にそわそわしだす。彼女の脇の羽毛が不自然に動き出す。なにかが羽毛の内側から出てくるような気配。食い入るように見ることしばらく、小さなクチバシとしっとり濡れた黄色と茶黒の羽毛、その中に黒檀のような黒い瞳を輝かせて母親の羽毛の中から待望の天使が顔を出してきた。

濡れているということは羊水が乾いていないことであり、つまり「今孵った」ということの裏付けである。殻を破り出てきたこの天使は母の暖かな羽毛を掻き分けて外界を初めてそのまなこで見たわけだが、視界、視野的に最初に目が合ったのが私というライチョウ界でもかなり特殊な経験をした子となってしまった。なお、いわゆる刷り込みは発生しなかった。賢い子である。

その後、母親の懐を出たり入ったりして次第に羊水も乾き、フワフワの虎柄の玉へと仕上がった。最初の子が出現してから小一時間、次の子も顔を出す。

今回の一枚は【うえの子としたの子】。
母親の温かいまなざしのもと1羽また1羽と孵りいずる様を見守りながら、「ようこそ世界へ!」とにささやきながらシャッターを切った一枚である。

今週のアザーカット

前回に引き続き使用機材の紹介をしていこうかと思う。現在PENTAXブランドを取り扱っているリコーが誇る大業物GR-3iiiをいわゆるサブ機で使用している。ご覧の通りコンパクトデジカメではあるのだが、メイン機材のK-3iiiと同等の情報量で撮影が可能というスーパーカメラである。ただ画角が28mm固定の単焦点であるためユーザーを選ぶ代物ではあるのだが個人的に懐刀としては最高のものである。

▶過去の「旬のライチョウと雷鳥写真家の小噺」一覧はこちら

 


 

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PROFILE

高橋広平

PEAKS / 雷鳥写真家・ライチョウ総合作家

高橋広平

1977年北海道生まれ。随一にして唯一のライチョウ専門の写真家。厳冬期を含め通年でライチョウの生態を紐解き続けている。各地での写真展開催をはじめ様々な方法を用いて保護・普及啓発を進めている。現在「長野県内全小中学校への写真集“雷鳥“贈呈計画」を推進中。
Instagram : sundays_photo

高橋広平の記事一覧

1977年北海道生まれ。随一にして唯一のライチョウ専門の写真家。厳冬期を含め通年でライチョウの生態を紐解き続けている。各地での写真展開催をはじめ様々な方法を用いて保護・普及啓発を進めている。現在「長野県内全小中学校への写真集“雷鳥“贈呈計画」を推進中。
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