「ゴアテックス史上最大の革新」ePEとはなにか?
森山憲一
- 2024年01月15日
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ゴアテックスウエアが初めて登場したのは1976年。以来50年近くにわたって、常に改良を重ねながらゴアテックスプロダクトは進化してきた。そしていま、およそ50年の歴史のなかで最大といってもいい革新を迎えている。そのキーワードとなるのは「ePE」という謎の文字列だ。
文◉森山憲一
写真◉宇佐美博之
冒頭で「ゴアテックス史上最大の革新」と煽ったが、その最新ゴアテックスウエアを着てみても、もしかしたらユーザーは大きな変化を感じないかもしれない。ではなにが革新なのだろうか? まずはそれについて説明しよう。
ゴアテックスはePTFE(Expanded Poly Tetra Fluoro Ethylene=延伸ポリテトラフルオロエチレン)というフッ素化合物の一種を主素材としている。ところが近年、フッ素化合物が環境や人体に悪影響を与えるおそれがあることがわかり、欧米を中心に使用を制限する条約や法律が制定されるようになってきている。
「PFCフリー」という言葉を聞いたことはないだろうか。フッ素化合物を使わない製品をさす用語で、アウトドア界では主に新しい撥水加工の技術を指すときに使われてきた。(PFCフリーについて詳しくは以下の記事を参照)
だがPFCフリーとは撥水加工だけに関わるものではない。本来は、フッ素化合物を利用するありとあらゆるものが対象になる。フッ素化合物を主素材とするゴアテックスもその例外ではないわけだ。
しかしePTFEは、50年以上にわたって改良を重ねてきた、まさにゴアテックスプロダクトの心臓部。ここを根本的に作り替えることは技術的に非常にハードルが高かった。仮にできたとしても、ゴアテックスならではの性能を維持することはきわめて困難だった。
ゴア社がこの課題に取り組み始めておよそ10年。すべてをクリアする新しいゴアテックスファブリクスがついに誕生した。素材の名は「ePE」(Expanded Poly Ethylene=延伸ポリエチレン)。その名称からわかるように、ePEにフッ素は含まれていない。
さてここで、冒頭に書いた「ユーザーは大きな変化を感じないかもしれない」という一文を思い出してほしい。
新しいePEは、旧来のePTFEと同等の性能を発揮する。だからユーザーは変化を感じない。革新は機能面ではなく、ユーザーには直接関係しない内側で起こっているのだ。
その新しいゴアテックスはどのように開発されたのか。開発に関わってきたパタゴニア社を交えて、裏側を聞いてみた。
「ものすごくハードルの高い課題だった」
「日本ではまだあまり知られていないんですが、欧米ではフッ素化合物を問題視する気運がすごく高まっていて、すでにアメリカのいくつかの州やEUでは、フッ素化合物を含んだ製品の販売を禁止する法案が2025 年から施行される予定もあるほどなんです。われわれパタゴニアもこうした動きに率先して取り組んでいかなければいけないという意識があったので、ゴアさんに働きかけて開発に協力することになりました」(パタゴニア日本支社・片桐星彦さん)
開発がスタートしたのは2012年に遡る。当初からパタゴニアを開発パートナーとして、二人三脚で新素材の試行錯誤を進めていたのだという。
「当時、『PFCフリーのメンブレンができないか』というリクエストをパタゴニアさんからいただいたんです。それは正直、われわれにとってはものすごくハードルの高い課題だったんですが、何十もの素材を試して、いっしょに試行錯誤しながら、最終的にePEにたどりついたというわけです」(日本ゴア・大貫英昭さん)
旧来のゴアテックスウエアと実用面での違いは?
その新しいePE、われわれユーザーレベルで意識すべき違いはあるのだろうか。そこがまず気になるところだ。
「従来のゴアテックス製品とまったく同じ使い方で、同じ性能を期待していただいてかまいません。防水性や透湿性、防風性などは旧来品とまったく変わらないので」(大貫さん)
大貫さんはそう語る。ゴア社では防水性や耐久性などさまざまな社内基準を設けていて、その厳しさは業界では有名な話なのだが、ePEは旧来のePTFEと同じ基準ですべてのテストをパスしているという。
「じつは、分子レベルの耐久性でいうと、ePTFEのほうが強いんですよ。ですから理論上はePEになると耐久性が劣ることになるんですが、それは40年とか50年というスパンの話なんですね。その前に表地や裏地が寿命を迎えてしまうことがほとんどなので、実質的な耐久性に差はないと考えていただいていいと思います」(大貫さん)
実用面ではなにも変わるところはない。それが10年かけてたどり着いたePEの性能であるというのだ。
ただしひとつだけ言えるとすれば、PFCフリーの撥水加工やePEは撥油性に劣る部分があるという。つまり、皮脂汚れなどが付着しやすく、そのまま使っていると透湿性などを阻害する。洗濯をすることで皮脂汚れは落ちるので、こまめに洗濯をしてほしいということだ。
「洗濯の重要性は今回のePEにはじまったことではなくて、旧来のゴアテックスウエアでもそうなんです。ですからパタゴニアでも以前からこまめに洗濯してほしいと情報発信してきたんですが、ゴアテックスウエアは洗濯しないほうが長持ちするという伝説がいまだに一部で根強いですよね。そうではないということをより積極的に訴えていきたいです」(片桐さん)
じつは軽くしなやかになっている。
「実用面では変わらない」と書いたが、じつはユーザーレベルで体感できる違いもある。それは旧来のゴアテックスファブリクスと比べて、少し軽くしなやかになっていることだ。
「組み合わせる表地や裏地によって変わるので一概にはいえないんですが、単純にメンブレンだけを比較すると、ePEの薄さと質量はePTFEの半分くらいになっています。なので、同じウエアで比較すると違いは感じられると思いますよ」(大貫さん)
そこでちょうどいい比較対象として、片桐さんがパタゴニアの「トリオレット・ジャケット」を見せてくれた。これは今シーズン(2023秋冬)からePEを採用しているが、それまでは旧来のePTFEを使っていた。メンブレン以外の製品仕様は大きくは変わっていないので、違いがわかりやすい。
「重量はメンズMサイスで510g。旧来モデルは550gなので、40gほどの軽量化になっています。数字的にはわずかに聞こえますが、風合いが大きく変わりました。前のモデルは硬めの着心地だったんですが、ePEになってかなりしなやかになりました」(片桐さん)
さわってみると確かにしなやかだ。トリオレット・ジャケットというとハードユース向きという印象があったが、このしなやかさなら活用範囲はもっと広がるかもしれない。防風性や耐久性などウエアの性能としては変わらないというのだから、これはePEがもたらすメリットといっていいだろう。
「ここは数字で説明できない感覚的なものなので、実際にさわって感じていただくしかないところなんですが、ePEになることで、ウエアの風合いとしての差は感じられるんじゃないかと思います」(大貫さん)
2025年までにすべてがゴアテックスePEメンブレンに。
さて、このePE、現状はまだ過渡期にあり、市場にあるすべてのゴアテックスウエアがePEを採用しているわけではない。しかし2025年までには、ePEに切り替わっていく予定だという。
「アメリカでは、REIが2025年以降はPFCフリーでないアパレルは販売しないという決定を出しました。REIはアメリカ最大手のアウトドアチェーン店ですから、すべてのウエアメーカーがPFCフリーに取り組むほかないという状況なんですよ」(片桐さん)
環境によいものは価格や機能にデメリットを抱えるものも少なくない。しかしそこに一切犠牲を強いずにPFCフリーを実現したePEの登場は、ゴア社の技術力とパタゴニア社の理念あってこそだと感じる。
ユーザーにはわかりにくい変化だが、その裏側で進行していたのは歴史的な大きな進化。今後、そんなところにも注目してみると、ウエア選びが奥深いものになるのではないだろうか。
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PROFILE
PEAKS / 山岳ライター
森山憲一
『山と溪谷』『ROCK & SNOW』『PEAKS』編集部を経て、現在はフリーランスのライター。高尾山からエベレストまで全般に詳しいが、とくに好きなジャンルはクライミングや冒険系。個人ブログ https://www.moriyamakenichi.com
『山と溪谷』『ROCK & SNOW』『PEAKS』編集部を経て、現在はフリーランスのライター。高尾山からエベレストまで全般に詳しいが、とくに好きなジャンルはクライミングや冒険系。個人ブログ https://www.moriyamakenichi.com