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剣山 登山

穏やかな山容、だけれど「剣山」。その由来を紐解く山旅|山本晃市の温泉をめぐる日帰り山行記 Vol.4

温泉大国ニッポン、名岳峰の周辺に名湯あり! 
下山後に直行したい“山直温泉”を紹介している本誌の連載、「下山後は湯ったりと」。

『PEAKS No.164』では、徳島県の松尾川温泉にて、“こっぱいい”美人の湯に入湯しました。
今回はそんな四国が誇る名峰、剣山へ。

なだらかな平原をもつ穏やかな山容なのに、剣山。
はたして、どういうワケで「剣」の山名を冠するようになったのか。

平安時代にまでさかのぼる歴史と、おなじみ“水平志向”の山行踏査から、その由来を紐解きます——。

山直温泉の記事・情報は
『PEAKS 3月号(No.164)』の
「下山後は湯ったりと」のコーナーをご覧ください。

編集◉PEAKS編集部
文・写真◉山本晃市(DO Mt.BOOK)

対照的な山容を有する四国の双璧。

四国には日本百名山が二座ある。四国山地の西端と東端に鎮座する、西日本(白山より西)最高峰の石鎚山(いしづちさん)と第二峰となる剣山(つるぎさん)だ。標高は前者1,982m、後者1,955m。

山の高さが拮抗し、登山人気も二分する四国の双璧だが、その山容は大きく異なる。双璧といえども、両雄や竜虎といった比較にはとうていならない。むしろ険と穏、厳と優、父と母といった対照的な表情を持つ。
共通点を挙げるなら、いずれも山岳信仰の山。古来、深く敬われてきたという点だろう。

石鎚山は日本七大霊場のひとつ。厳しい修験の場として名高く、最高標高地点の天狗岳は天に向かって突き出す岩塊。頂へと向かう稜線は両側が切り立っている。垂直のようなガケのクサリ場やそそり立つ天柱石などもあり、「石の鎚(かなづち)」という名に違わぬ険しい様相を呈している。

一方、剣山はというと、由緒ある寺社仏閣が随所にあるものの、その山容は「剣」の名とはかけ離れている。山頂周辺には丸みを帯びた穏やかな平原が広がり、訪れるものすべてを優しく迎え入れてくれる。
にもかかわらず、なぜ「剣」山なのか? その疑問を紐解くべく、剣山へと向かった。

剣山 ハイキング
▲緑の平原に複数の散策路が設置され、いずれも山頂に通じる。とても歩きやすい。

なぜ「剣」? 四国剣山の由来をたどる。

「剣」と名のつく岳峰は日本各地にあり、「駒」についで多い。北アルプスの剱岳や中央アルプスの宝剣岳が有名どころか。剱岳は一般登山ルート最難関の山。宝剣岳は人ひとり立つのが精一杯といった小さな岩場を山頂とする。いずれも鋭い岩峰で、「剣」という名にふさわしい。

ではなぜ四国剣山は、「剣」の山と呼ばれるのか?

安徳天皇ゆかりの御剣を山頂に埋め、御神体としたことが由来だという。その言い伝えが、見ノ越(みのこし)の古刹、剣山円福寺に寺伝として残されている。

安徳天皇は、数え年8歳という幼い身で入水崩御した悲運の人。源平合戦壇ノ浦の戦いの際、三種の神器の草薙剣(くさなぎのつるぎ)と八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)とともに母方の祖母である二位尼(平時子)に抱かれ、「波の下の都、極楽浄土」へと旅立つ。天皇は小さな手を合わせ、祖母とともに壇ノ浦の冷たい海のなかへと吸い込まれていった。
『平家物語』の一節である。

だが先の寺伝では、安徳天皇は阿波国祖谷山(いややま)の地で生き延び、「清浄なる高山へ剣を納め守護すべし」との遺言を残したとされている。御剣は、遺言どおり剣山山頂に埋められた。
四国に数多ある平家落人伝説の如く、円福寺の寺伝もそのひとつなのかもしれないが……。

だがもうひとつ、剣山の由来として知られる理由があった。

国内有数の「水平志向」ルートを歩く。

剣山山頂へのルートはいくつかあるが、見ノ越(標高1,420m)の登山口から歩き始め、山頂を目指すのがポピュラーかつ最短のコース。さらに見ノ越から観光登山リフトを利用すれば、標高1,750mの西島駅までわずか15分でアクセスできる。ここから山頂までは、高度差200mほど。「水平志向」の山旅にうってつけのルートとなる。

西島駅と山頂を結ぶルートも複数ある。山名の由来をたどるなら、剣道コースを登り、遊歩道コースで西島駅へ戻るルートがおすすめだ。下の登山道案内図でいうと、往路は濃い青のライン、復路は黄色のラインとなる。

剣山登山道 地図
▲剣山登山道の概念図。見ノ越の第1駐車場に車を停め、好みのルートで山頂へ。
リフト 西島駅
▲観光リフト西島駅。左側斜面の登山道は、円福寺・劔神社から約1時間のルート。

 

西島駅の前方、登山道入り口に鳥居が立つ。一礼して、さっそく歩き始める。緩斜面のシングルトラックがしばらく続き、周囲は緑に覆われている。シコクシラベやダケカンバといった亜寒帯植物が分布する剣山は、四国では珍しい植生を楽しめる。学術的にも貴重な植物の宝庫であり、名勝天然記念物に指定されている。

剣山 鳥居
▲西島駅前の鳥居。上方を見上げると、剣山山頂手前の山肌を望める。
剣道コース
▲樹林帯のなかを進む剣道コース。森のフィトンチッドにあふれている。

 

歩を進めること数十分、右手の視界が一気に開け、大劒神社に到着する。ここに山名の由来があるという。神社を守護するかのように、社の後方に巨石がそびえ立つ。ご神体の御塔石(おとうせき)だ。お参りするのも忘れ、思わず見入ってしまうが、これが剣? そうは見えない。なんだか釈然としない……。

大劒神社
▲剣山中腹に立つ大劒神社。ご神体の御塔石が、社の奥に先端部分を覗かせる。
剣山 御塔石
▲大劒神社から登山道を少し登ると、御塔石を裏側から眺めることができる。

 

お参りをしたあと、モヤモヤした気分を抱えながらも、また歩き始める。しばらく進むと、山頂直下に建つ剣山本宮宝蔵石神社の前に出る。安徳天皇をご祭神の一神とする由緒ある神社だ。かの御剣は、神社背後の巨石、宝蔵石のもとに納められているという。手を合わせ、山頂へと向かった。

宝蔵石神社と剣山頂上ヒュッテの間を抜けると、別世界が待っている。樹林帯が終わりを告げ、緑の絨毯が一面に広がる。遮るもののなにもない平原、白い雲を浮かべた青空へ吸い込まれるように散策路が続いている。進むのがもったいないほど心地よい。

そして、頂上三角点のある山頂へ。周囲を見渡せば、四方八方、どこまでも四国の山々が連なっている。条件がよければ、石鎚山も目にできる。穏やかな日和、「剣」とはかけ離れた安らかな景観に癒される。

剣山本宮 宝蔵石神社
▲霊峰剣山頂上の宮、剣山本宮宝蔵石神社。左側の建物は、剣山頂上ヒュッテ。
剣山 頂上
▲木道に囲まれた石積みがある剣山頂上。標高1955m。四国中を見渡せる。

次郎笈へと続く優美な稜線と迫力の御塔石。

山頂でおにぎりをほおばり、ひと休み。その後、次郎笈(じろうぎゅう)へと続く稜線を歩く。ミヤマクマザサに覆われた稜線上には、小指の先でなぞったかのような最小限の道が敷かれている。自然のキャンパスに描かれた優美なラインは、本コースを象徴する景観だ。

次郎笈 太郎笈
▲滑らかな曲線が標高1,930mの次郎笈へと続く。太郎笈の別名を持つ、剣山山頂より。

 

稜線上の道をゆっくりと下る。そのまま進み、次郎笈の山頂を踏んで折り返してもいいのだが、今回は途上の分岐を右へ曲がり、遊歩道ルートを使って西島駅を目指した。山の斜面やガケ沿いに敷かれた細い登山道をしばらく進む。と、先に感じたモヤモヤがついに氷解する。

大劒神社の後方に屹立する御塔石が突然現れ、その全貌を目にできる。まさに巨石、間近で見ると圧倒される。「剣」の由来、象徴にふさわしい。これを見れば、うなずける。

御塔石 大劒神社
▲遊歩道ルート側から見上げる御塔石。巨石左側の赤い屋根は大劒神社。
剣山 遊歩道ルート
▲眺望のよいトラバース道やガケ沿いの登山道を進む遊歩道ルート。

 

この先、御塔石の余韻とともに西島駅までのんびりと歩く。森林浴を楽しむ最後の下り、道がほぼ平坦になると間もなくスタートした鳥居の脇の道に出る。剣山の北麓を周回する今回のコースは、わずか2時間程度の行程。穏やかな山容、四国中を見渡せる展望を楽しみ、歴史や文化にも触れながら散策する至宝のルートだ。

見ノ越に戻り、いま登ってきた剣山を改めて見上げてみた。日はまだ高く、爽やか風が吹いている。無事下山できたことに感謝していると、ふと安徳天皇の悲話が頭をよぎる。孫を抱き「波の下の都」へと向かった祖母の慈愛に、剣の山はいまも見守られている……。優しい山容の剣山が、そう語っているように思えた。

 

コースデータ 剣山

コース:剣山登山リフト西島駅~大劒神社~剣山本宮宝蔵石神社・剣山頂上ヒュッテ~剣山~二度見展望所~名水百選御神水~剣山登山リフト西島駅
標高:1,955m
コースタイム:約2時間
距離:約4km

下山後のおすすめの温泉 徳島県/松尾川温泉

松尾川温泉
▲美肌効果の高い成分を多く含んだ、全国的にも希少な“こっぱいい”美人の湯。

松尾川温泉
徳島県三次市池田町松尾黒川2-1
TEL.0883-75-2322
入浴時間:日帰り10:00~19:00
定休日:水曜・12月30日~1月3日
入浴料 日帰り520円(大人)
泉質:アルカリ性単純硫黄温泉
アクセス:見ノ越(剣山 見ノ越第1駐車場)より車で約1時間50分

 

山直温泉の記事・情報は
『PEAKS 3月号(No.164)』の
「下山後は湯ったりと」のコーナーをご覧ください。

 

▶「山本晃市の温泉をめぐる日帰り山行記」一覧はこちら

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PROFILE

山本 晃市

PEAKS / 編集者・ライター

山本 晃市

山や自然、旅の専門出版社勤務、リバーガイド業などを経て、現在、フリーライター・エディター。アドベンチャースポーツやトレイルランニングに関わる雑誌・書籍に長らく関わってきたが、現在は一転。山頂をめざす“垂直志向”よりも、バスやロープウェイを使って標高を稼ぎ、山周辺の旅情も味わう“水平志向”の山行を楽しんでいる。頂上よりも超常現象(!?)、温泉&地元食酒に癒されるのんびり旅を好む。軽自動車にキャンプ道具を積み込み、高速道路を一切使わない日本全国“下道旅”を継続中。

山本 晃市の記事一覧

山や自然、旅の専門出版社勤務、リバーガイド業などを経て、現在、フリーライター・エディター。アドベンチャースポーツやトレイルランニングに関わる雑誌・書籍に長らく関わってきたが、現在は一転。山頂をめざす“垂直志向”よりも、バスやロープウェイを使って標高を稼ぎ、山周辺の旅情も味わう“水平志向”の山行を楽しんでいる。頂上よりも超常現象(!?)、温泉&地元食酒に癒されるのんびり旅を好む。軽自動車にキャンプ道具を積み込み、高速道路を一切使わない日本全国“下道旅”を継続中。

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