シャモニで描いたエギーユ・ド・ミディ南壁|筆とまなざし#390
成瀬洋平
- 2024年09月12日
シャモニの風景のなかで唯一アクリル絵の具で描きたかったもの。
今回のシャモニ、オルコへの旅には、いつもの水彩絵具のほかにアクリル絵具を持っていった。大きな絵を描きたいと思ったからである。水彩のスケッチブックだと携行できるサイズに限りがあるが、キャンバスなら大きなものも丸めて持ち運べる。しかしキャンバスには水彩絵の具がうまくのらない。そこで使い始めたのがアクリル絵具である。アクリルは乾くと色が落ちないのでじっくり描く塗り重ねにも適していて、じっくりと大きな絵を描くことができる。水彩よりも色が鮮やかでパキッとした印象が特徴だ。
アクリル絵具はチューブも大きくてなかなか重たい。せっかく旅に持っていったのだけれど、実際にはアクリルで描くことはなかった。それというのも、シャモニの風景はどことなく霞んでいて、直感的に水彩で描きたいと思ったからである。
そのなかで、アクリルで大きく描きたいと思った風景がある。氷河から見上げるエギーユ・ド・ミディ南壁だ。真っ青な空を背景にそびえる高さ200mの岩峰。花崗岩だがオレンジ色に輝くその岩壁は堂々とした存在感で、淡い水彩よりもアクリルのほうがピンときた。バックパックにキャンバスを外付けして持っていったのだが、体調不良のせいもあって現地では水彩で簡単なスケッチをするので精一杯だった。帰宅し、少し落ち着いてからアトリエで制作に取り掛かった。
水彩画の下絵は鉛筆で描いているが、キャンバスだと鉛筆でうまく描けないので油性ペンを用いている。アクリル絵具にもいろいろな種類がある。塗り重ねると下の色が消える不透明なものが一般的だが、ぼくが使っているのは透明水彩のように透明感の高いもの。塗り重ねても下の色が透け、下描きのペンも消えない。強さはないものの、重ね塗りをすることで微妙な色彩が立ち現れてくる。
雨続きで湿度が高いからか、絵の具がなかなか乾かず、3日ほどかかってエギーユ・ド・ミディ南壁のアクリル画を描いた。氷河の部分は絵の具を塗らず水彩画のように余白として塗り残した。大胆に絵筆を使って大きな絵を描くのは気持ちいい。そして、大きな絵はそれだけで存在感がある。仕上げたといってもこれからまた描き加えるかもしれない。そのときどきの印象を画布にしたためていこうと思う。
いま、水彩画でも大きめの絵を描き始めている。モチーフは、シャモニのワイドクラックをトライした帰りに出合ったエギーユ・ベルトとドリュ。時間をかけてじっくりと。旅で出合った風景を描いていきたい。
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